同じで違う

「ロアルディオ様だ! こんにちはー!」


 セレスティアが見事な景観に見入っていると、正面から一人の少女が元気よく駆け寄ってきた。褐色肌と赤い髪が特徴の、やや筋肉質な少女だ。ヘソ出しの服装と短いパンツスタイル、ショートブーツに太ももに巻かれたナイフベルト。どれをとっても見る者に活発そうな印象を与える。


「ご機嫌よう、アルティオ。今日も狩りに行くのか」

「うん。ねえロアルディオ様、そちらのお姉さんは?」

「セレスティア嬢だ。当家の客人としてお迎えしている」

「初めまして。セレスティアと申します」


 ロアルディオの隣でお辞儀をすると、アルティオと呼ばれた少女は「はわ……」と溜息を漏らしてから、慌ててがばりとお辞儀をした。


「あっ、お、俺、じゃなくって、私、アルティオっていいますっ!」


 慌てた様子で咄嗟に引っ込めた一人称。活発を通り越して男勝りな少女のようだ。

 セレスティアは優しく微笑んで「いつも通りで良いのよ」と答えた。それを聞いた少女は、ホッと安堵の表情を浮かべて「ありがとう」と笑った。口の端に覗く犬歯が笑うとよく見えて、それが彼女のあどけなさを良く表している。


「アルティオは、良く狩りに出かけているの?」

「うん、趣味なんだ。狩った獲物はちゃんと自分で加工してるし、骨とか牙で作ったアクセサリーを知り合いの工房に置いてもらったりもしてるんだ」

「素敵な趣味ね」


 セレスティアがそう返すと、アルティオは少し表情を曇らせた。


「どうしたの……? わたくし、嫌なことを言ってしまったかしら……」

「う、ううんっ、違うんだ。ほんとに、変な趣味って思わない?」


 アルティオの言っている意味がわからず首を傾げ、素直に「思わないわ」と重ねて答える。本当にお世辞のつもりではなかったので、何故彼女がそんなふうに思うのか想像もつかなかったのだが。

 迷った末に吐き出された彼女の言葉に、セレスティアは言葉を失った。


「人間に、言われたことがあるんだ。獣が獣なんか狩って、馬鹿みたいだって」


 思わず傍らのロアルディオを見上げると、彼は小さく「過去にそういう人もいたというだけの話だ」と低く零した。


「俺も、人間全部嫌いなわけじゃないけどさ、でも、殆どの人間は獣人と獣の区別もついてないんだって思ってた」

「とんでもないことだわ。わたくしの幼馴染は二人とも上位魔獣なの。あの子たちも獣人も、人も獣も、みんな同じ命で違う存在よ」

「同じで、違う……」


 アルティオは噛みしめるように呟いてから顔を上げ、真っ直ぐセレスティアの目を見つめて頷いた。


「ありがとう、セレスティア様。俺、いままで以上に大事に獲物を加工するよ。俺と同じ命をもらってるんだもんな」

「そうね。今度、あなたの作品を見せて頂きたいわ」

「ほんとっ? それなら一等いいのを作んなきゃ! じゃあ、行ってきます!」


 ロアルディオとセレスティアが見送る中、アルティオは元気に手を振って街の外へ駆けていった。


「ロアルディオ様は民の方々にとても慕われていらっしゃるのですね」

「ありがとう。セレスティア嬢からもそう見えるなら光栄だ」


 はにかみ微笑むロアルディオに、セレスティアもうれしそうな微笑を返す。この頃僅かずつではあるが、セレスティアの表情がやわらかくなってきた。追放されてきたばかりのときは、まるで全てに怯える戦災孤児のような有様だったのだから、それを思えば大きな変化だ。


「ロアルディオ様、この国にも孤児院はあるのですか?」

「ああ。戦や魔獣狩りなどで家や両親を失った子供は、未だに後を絶たないからな。このあと訪ねてみるか?」

「よろしいのですか?……その、伺う旨をお伝えしていないのに突然お邪魔しては、ご迷惑ではないでしょうか……」

「それなら心配いらない。私も時々、所用のついでに訪問しているんだ」


 セレスティアは目を丸くして、小さく「まあ」と零した。

 王族が庶民の施設を訪ねるのに、手紙も先触れも出さないとは。

 しかし思えばいまセレスティアと共に行っている城下視察も、特に前もって告知をしていたわけではなかった。


「それに、手紙を出しての視察となると大仰になるだろう。あまり私は王族だからともてなされるのが好きではなくてな。父はある程度の垣根も必要だと言うし、それもわかってはいるのだが……」


 そう言って、ロアルディオは街を見回した。

 広場では、誰もが自由に日常を謳歌している。ロアルディオが訪ねてきたからと、列をなして頭を垂れ、仰々しい挨拶を述べたりしない。目が合えば微笑を向けて軽く頭を下げ、呼び止められれば知人にそうするかのように応える。


「私は民とこうしているときこそ、自分もこの国の一員なのだと実感できるのだ」


 そう話すロアルディオの表情はこの上ない民への慈愛に満ちていて。

 セレスティアは、現王と在り方こそ違えど、ロアルディオもまた民に愛される良い君主になるだろうと感じた。


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