優しい街の優しい人々

街と民の姿

 発注した平服が完成しレイラーニのドレスを借りずに済むようになった頃合いで、セレスティアはロアルディオに付き添ってもらいながら城下へ降りることになった。

 いまにも倒れそうだった顔色も健康的になってきており、いまなら大丈夫だろうと医師やレイラーニが判断したのも後押しになった。


「ジョゼフ、エディ、言ってくるわね」

「はいっ! 行ってらっしゃいませ!」

「ゆっくり楽しんでおいで」

「ええ」


 メイド二人に見送られ、ロアルディオのエスコートを受けて、セレスティアは実に十日ぶりに城を出た。

 ロアルディオは普段、セレスティアに気遣っているのか人の姿でいることが多い。エディとジョゼフの話では、獣人族は獣の姿であることも大切だったはずなのだが、セレスティアの知る限りでは半獣の姿にすらなっていない。

 きょうのエスコートも、美しい黒髪を背中で一つに纏めた美男子の姿だ。


 見張りの兵士たちに敬礼されてはロアルディオが片手をあげて返すのを見て、彼がどれほど城の者たちに慕われているのかを実感する。兵士たちは皆、城の守りという任務への誇りと緊張感を持っているものの、ロアルディオに対して必要以上の畏怖を抱いていない。そのことは、セレスティアが初めてこの街を訪れたときに門番が彼にすんなり疑問を口にしたことからも窺える。

 以前いた城では、疑問を口にすることは即ち王族のなすことに不信を抱いているに等しいと言われ、ひどいときは解雇を通り越して処刑されることもあった。主にその被害に遭っていたのは地位の低いメイドで、エディとジョゼフが殺されなかったのは単に彼女たちが王子を肉体言語で追い返していたからだ。


 城下に広がる街は、何処を向いても獣人や上位魔獣で溢れていた。

 人の姿をしている者もいれば獣の特徴を表している者もおり、中には殆ど獣の姿で生活している者もいるという。人の街と変わらないところもあるが、セレスティアの目線で見ると、やはり全体的に建物の作りが大きいように感じられる。


「わたくしがいた街に比べて、建物が高くて扉も大きいのですね」

「そうだな。獣人族は種族にもよるが、体格が大きい者が多い。エドウィージュ殿のように小柄な種族もいるのだが、其方に合わせると生活がままならなくなるのでな。小柄な者は踏み台や梯子などを使っているようだ。片方の種族に不便を強いる現状を良しとするつもりはないものの、これ以上の案がないのも事実だ」

「そうですわね……わたくしたちの目から見れば不便かも知れませんが、エクルイユ種は確か、高いところに登るのが好きな種族でもあったはずです。梯子を使うことも不便というより、楽しんでいる方もいらっしゃるのではないでしょうか」


 普段のエディを思い浮かべながらセレスティアが返すと、ロアルディオは「それは考えつかなかったな」と零し、近くにいたエクルイユ種の男性を呼び止めた。


「これはロアルディオ様。いかがなさいました?」

「今し方、此方のセレスティア嬢と話していたのだが……」


 紹介を受けたセレスティアがカーテシーをしている傍らで、ロアルディオは先ほどセレスティアと話した内容を添えつつ日々の不便について訊ねた。


「確かに、我々にとって平均的な獣人族に合わせられた街は大きいですね。ですが、それを足場などで補う生活を不便と思ったことはありませんよ」


 そうロアルディオに答えてから、エクルイユ種の男性はセレスティアに向き直り、穏やかな微笑を浮かべた。


「其方の聖女様が仰った通りです。我々は元来樹上生活を好んでおります。踏み台や梯子に登る程度を不便などとはとても。子供たちに至っては寧ろ用もないのに登って遊んでいるくらいです」

「そうだったのか……まだまだ他種族に関しては学ぶことが多いな。突然呼び止めてすまなかった。感謝する」

「いえ、お役に立てましたなら」


 エクルイユ種の男性は丁寧に一礼すると、四つ足であっという間に駆けていった。


「お恥ずかしい。我が国の民について、もっと知らなければならないな」

「わたくしも、エディが傍にいたから知っていただけで……他種族の方のことまではまだ殆ど存じ上げませんもの」

「ならば、共に学んで参ろうか。我々について。そして……セレスティア嬢。私は、あなたのことも知りたいと思う」

「わたくしの……?」


 ぱちりと目を瞬かせ、首を傾げつつ見上げてくるセレスティアを愛おしげな表情で見下ろしながら、ロアルディオは頷いた。


「あなたにとって此処を訪れたことは本意ではないかも知れないが、しかし如何なる事情であっても、私はセレスティア嬢と出逢えたことを喜びたいと思う」

「あ……ありがとうございます……」


 淡く頬を染め、俯きながら細い声で礼を言うセレスティアの手を取り、恭しく唇を寄せる。そして再びエスコートする形で歩き出すと、二人は職人街を訪ねた。


 旅人や商人に向けた店が多く建ち並ぶ商人通りと違い、職人街は無骨な印象の家が多い。住居兼作業場として作られた建物が多く、中には店舗も兼ねたものもあるが、殆どが自分で直接売らずに街へ卸しているという。

 セレスティアは華やかで活気のある商人通りとは趣の異なる職人街の雰囲気に息を飲み、感心した様子で辺りを見回した。


「此処で、数多の工芸品や道具たちが作られているのですね」

「そうだな。我々の体に合わせて作ったものが多いゆえ、セレスティア嬢にとっては大ぶりなものが多いかも知れないな」

「そうですね。とても作りがしっかりしていて、道具一つをとってもこれほどまでに違うものかと感心致しました」


 周囲の工房からは、作業の音や指示を出す声などが聞こえてくる。時折工房を出てきては雑物を運び入れたり、完成品を荷車に積んだりする様子も見られて、作業員がロアルディオに気付く度、気さくに挨拶していった。

 この国では、王家と民が近すぎず遠すぎない。

 街を歩けば民が話しかけ、ロアルディオもそれに優しく答えている。以前の城ではメイドや従者が高貴な者と会話をするだけでも緊張が走っていたというのに。

 職人街を抜ければ、今度は人々の憩いの場と思しき広場に出た。その先を見るに、丁度住宅街との境目にあるようだ。

 大きな噴水の周りには休憩用のベンチが並び、無数の花が風景に色を添えている。花のいくつかは王城でも見たもので、その中にセクアナの花もあった。


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