慈愛と信仰
セレスティアとロアルディオがが孤児院を訪ねると、丁度休憩時間だったらしく、子供たちが一斉に二人を取り囲んだ。
放り出されたおもちゃたちが寂しそうに転がる前庭には、子供たちが乗って遊べる頑丈そうな遊具も並んでいて、その全てに使い込まれた跡がある。
「ロアルディオ様だー!」
「こんにちはー!」
「今日はどーしたの? お散歩?」
「おねーさんだれー? ロアルディオ様のお嫁さん?」
十人いれば十人が一斉に喋り、その全てが全力の大声で、セレスティアは懐かしい気持ちになりながら目線を合わせるべく子供たちの前にしゃがんだ。
「ご機嫌よう、皆さん。わたくしはロアルディオ様のところでお世話になっている、セレスティアと申します。あなたからお一人ずつお名前を教えてくれるかしら?」
セレスティアが目を合わせた子が名乗ると、それに倣って次々に子供たちが名前を元気よく口にした。孤児院にはランドウルフの子やフレアバードの子、エクルイユの子にレイヴンナイトの子。様々な種の子が一つ屋根の下で暮らしている。
どの子も言われなければ孤児だとわからないほど毛並みを綺麗に整えており、黒い毛並みの子は日の光を受けて艶めき、明るい毛並みの子は風に揺れるたびふわふわと綿毛のようにやわらかく踊る。四足で生活している子もいれば、二足で生活している子もおり、鳥人の子の中には常に翼を露わにしている子も、鳥足で生活している子もいる。
人間の国ではせいぜい髪や肌、瞳の色程度しか違いがなく、体格差も大人になるにつれて狭くなっていくが、獣人族は違う。姿形も大きさも異なり、性質も全く違う。それなのに、一つの国で暮らしているのだ。
「セレスティア様、ロアルディオ様のお嫁さんじゃないの?」
「どうしてお城で暮らしてるの? よその国のえらいひと?」
「えっ、わ……わたくしは……」
子供たちの真っ直ぐな疑問は、セレスティアから返す言葉を奪った。
彼らは、高貴な身分の賓客が城に滞在することを知っている。将来お嫁さんになる人が一緒に出かけることも。幼いからといって全くの無知ではないことは、孤児院で働いていたのだからセレスティアもわかっていることだ。
けれど、だからといって子供たちに本当の事情を話すのは気が引ける。
まさか冤罪をかぶせられて追放され、行く当てがないからロアルディオのお世話になっているだなんて。
「どうしたの?」
「ええと……」
「皆、あまり私の大切な人を質問攻めにしないでやってくれ」
不意に、頭上から穏やかな低い声が振ってきた。
見上げればロアルディオが困ったように微笑って、セレスティアの隣にしゃがんで優しく肩を抱いた。
「正式なお話が出ていないことを人前で話すわけにはいかないのは、皆も知っているだろう? 彼女は私の大切な客人だ。いまはそれで許してはもらえないだろうか」
ロアルディオが内緒話をするようにそう囁くと、子供たちは目をキラキラ輝かせて「わかった!」と声を揃えた。
特に女の子は、二人が並ぶ姿を絵本の王子様とお姫様でも見ているかのような目で見つめており、セレスティアはますますなにも言えなくなってしまった。
まるでいつかは、正式なお話とやらが出てくるかのような物言いではないか。そのことに思い至った途端に、思考が真っ白になった。
「……すまない。勝手なことを言ったな」
「いえ……」
ロアルディオの手を借りて立ち上がると、セレスティアは真っ赤な顔を俯かせつつか細い声で答えた。
「だが……私がセレスティア嬢を大切に思っていることに偽りはない」
思わず顔を上げたセレスティアの目に飛び込んできたのは、街や民を見つめていたときとは異なる甘い熱を帯びた眼差しで自分を見つめるロアルディオの、蜂蜜色の瞳だった。繋がれた手のひらから体温だけでなく鼓動までもが伝わってしまいそうで、セレスティアは小さく身震いをした。
「ああ、そ、そうだ。養母殿にも挨拶をしなければな」
「え、ええ……そうですね。わたくしもご一緒します」
子供たちの好奇心に満ちた視線を受けながら、孤児院の建物に入ると、院の養母が二人を出迎えた。
以前いた国の孤児院と異なり、養母も職員もシスターの格好をしていない。信仰が異なれば院の方針も異なるのは当然で、此処の養母たちは星と牙を象ったロザリオを首から提げている。
「まあ、ロアルディオ様。ようこそお越しくださいました」
「邪魔をしている。近くまで来たものだから、寄らせてもらった」
「ありがとうございます。子供たちにはもう会われたようですね」
「ああ。相変わらず息災で安心した。不便があれば何なりと言ってくれ」
一通り挨拶を終えると、養母はセレスティアに目線を移した。
「ところでロアルディオ様、此方のお嬢様は……」
「当家の客人で、セレスティア嬢だ。彼女の他にエクルイユの娘とレイヴンナイトの娘がいるのだが、彼女たちはセレスティア嬢のメイドとして当家で働いている」
「まあ、左様でございましたか。ご挨拶が遅れまして。私は当院で養母長をつとめております、セルキーのダナエと申しますわ」
養母は胸に手を当てて一礼すると、にこやかに名乗った。
「初めまして。セレスティアと申します」
礼を返しつつ、セルキーとは海で暮らす種ではなかっただろうかとセレスティアが思っていると、顔に出ていたのか「不思議そうですこと」とダナエが笑った。
「私、此処の院長に一目惚れして押しかけて参りましたの。海へ戻る手段もすっかり焼いてもらっておりますのよ」
うふふ、と恥ずかしそうに笑いながら、ダナエは雑談のような口調でとんでもないことを言った。セルキー種はアザラシ獣人で、生涯を海で過ごす。大洋の中心にある小島を住処とし、海から離れた土地では見かけることもないとされていたのだが。
更に、彼女の言う海へ戻る手段とは獣人の姿の際に纏う皮のことだ。それを剥いでしまえば獣になることが出来ず、海にも帰れなくなる。しかも完全な陸上生活では、たとえ半獣になったとして何の利もない。
彼女は一目惚れした相手のため、獣人としての生さえ捨てたのだ。
「それほどまでに想える相手に出会えたなんて……」
「素敵でしょう?」
おどけて言ってから、ダナエは踵を返した。
「お時間はありますかしら? 院をご案内しますわ」
「ええ、是非お願い致します」
ダナエの案内で、二人はまず聖堂を訪れた。
其処には獣人族特有の信仰対象が祀られており、雄々しい獣の彫像と優美な女性の彫像が寄り添う形で聳えていた。
「わたくし、星獣王様の彫像は初めて拝見しました……こんなにも雄壮な方だったのですね」
「ええ。私たちの始まりの獣……それが星獣王ファルヴァシュ様ですわ」
獣人族の主な信仰対象は全ての獣人の太祖とされる星獣王であり、星獣王は完全な獣であったが人の娘と結ばれたことで獣人が生まれたと言われている。
「遙か昔、まだ空にいまほど星が輝いていなかった頃のこと……」
ダナエは子供たちに話し聞かせるような口調で、星獣王の神話を語った。
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