初めてのお見合い?
向かい合って席に着いてから、どれほどの時が流れただろうか。
ロアルディオはそわそわと落ち着かず、セレスティアもそんなロアルディオを前にして、どうすれば良いかわからずにいた。
ロアルディオは森で着ていた黒い外套を脱ぎ、立派な肩章の着いた正装に着替えている。暗闇の森ではセレスティアの目には殆ど顔かたちが見えなかったが、こうして明るい場所で見ると、目の覚める美男子だとつくづく思う。切れ長の金色の目は鋭い虹彩を湛え、夜闇の髪と合わせて見ると、夜空に浮かぶ月の如くである。大きな手を覆う白手袋も、綺麗に磨かれた靴も、長い髪を纏めている項の白いリボンも、全てが完璧に彼を引き立てている。
その姿は騎士様というより、王子様のようだ。セレスティアにとって、王子という肩書きの人物は、横暴の象徴だった。その印象は今後も変わらないと思っていたが、彼がそうなら誰からも愛されるお伽噺の王子様そのものだろうと思う。
ただ、いまの彼はなにか気になることがあるようで、落ち着かない様子なのだが。
「あ……あの、ロアルディオ様」
「……! あ、ああ、どうした?」
どうしたは此方の台詞だ。と、もしジョゼフがいたなら零していただろうが、生憎いまは席を外している。支度を終えるや、何故か「あとはお若いお二人でごゆっくりどうぞ」と言って従者たち共々退室してしまったのだ。
そうでなければ、今頃「なんか喋ったらどうです」と従者かエディから助けの声が掛かっていたものを。
「その……湯浴み室と、それから、此方のドレスなのですが……」
「ああ」
「メイドの方が、王妃様がわたくしにと仰ってくださったそうで……」
「そうだな」
「ほ、本当に、よろしいのでしょうか……?」
「ああ」
会話が続かない。
セレスティアは元々遠慮がちな性格の上に、ストゥルダール王国での奴隷にも劣る生活で拍車が掛かったために、気の利いた言葉どころか世間話すらもままならない。そしてロアルディオはロアルディオで、湯浴みを終えたばかりのセレスティアを直視することも出来ず、さながら空気は『初心な二人の初めてのお見合い』状態である。
「わ、わたくし、なにか粗相をしてしまったのでしょうか……?」
「!? なっ、何故そのような……」
セレスティアが恐る恐る訊ねると、思いの外慌てた声が返ってきた。
「お城に戻られてから、あまり目も合わせてくださいませんし、お話も……」
色々お世話になったお礼をしたいのに、これでは迷惑の上塗りではないか。
内省に内省を重ねて落ち込んだセレスティアを見、ロアルディオは「そんなことはないぞ」と焦りを帯びた声で答える。それから、なにやら悩んでいるような唸り声をあげていたかと思うと、意を決して両頬をパンと叩いた。
「……そうだな。私がセレスティア嬢に気を遣わせてはいけなかった。すまない」
「えっ、い、いいえ、そんな……どうか頭をお上げください」
深く頭を下げられ、今度はセレスティアが慌てる番となった。
ロアルディオは深く息を吐くと、照れくさそうにしながらもぽつぽつ話し始めた。
「実は……セレスティア嬢があまりにも美しく、柄にもなく緊張してしまったのだ。私は夜目が利くほうだが、暗闇の中で見るのと日の光の下で見るのとでは全く違う。あなたには、明るい場所が良く似合う」
それは、人生で初めて聞く甘い言葉だった。
思わず勘違いして、自分にも価値があるのだと思い上がってしまいそうなほどに。
なにより、暗がりより陽光の下で見る姿がより美しいというならば、彼のほうだとセレスティアは思う。
「……ありがとう……ございます……」
か細く幽かな声でどうにか礼を言うと、ロアルディオはうれしそうに微笑んだ。
それから紅茶を勧められ、一口含んで随分と冷めてしまっていることに気が付くと顔を見合わせて小さく笑い、それにも構わずお茶菓子と冷えた紅茶でティータイムを楽しんだ。従者を呼びつけて、紅茶を新しく淹れ直してもらうことも出来たのだが、セレスティアの「冷たいお茶というのも美味しいものですね」という言葉と花の咲くような微笑に、言葉を飲み込んだのだった。
気遣いだとわかってはいたが、この二人きりの時間を潰したくなかった。
「……ロアルディオ様。わたくし、ロアルディオ様にお礼を申し上げたいのです」
「うん? 礼? なにか言われるようなことをしただろうか」
ロアルディオは手にしていたティーカップを置くと、何となく居住まいを正して、セレスティアの言葉に耳を傾けた。
「実は……わたくしたちは、聖女を騙った罪で追放命令を受けて森にいたのです」
それから紡がれたセレスティアの話は、俄には信じ難い内容だった。
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