獣人たちの国

ベスティア城下町

 眼下に城下町が見えてきたところで、ロアルディオは地に降りて人の姿に戻った。従者たちとメイド二人もそれに倣い、セレスティアの傍につく。

 ジョゼフに掴まれて荷物のように運ばれていたエディは、久々の空の旅でご機嫌になっている。


「セレスティア嬢、気分は悪くなっていないか?」

「ええ。お気遣いありがとうございます」


 背中から降りたとき一瞬ふらついたものの、歩くのに支障はない。セレスティアはしっかり頷き、ロアルディオを見上げて微笑んだ。


「! そ、そうか。ならば良い」


 ふいと顔を背けてしまったことを不思議がりつつも、セレスティアは特に追求することもなく傍で褒めてほしそうに目を輝かせているエディに向き直った。


「ありがとう、エディ。重かったでしょう」

「へいきですっ! あたしは強い子なので!」


 礼を言って優しく頭を撫でると、エディは満面の笑みでセレスティアの手のひらに頭をすりすり押しつけてきた。もしも彼女の尻尾が見えていたなら、毛並みを大きく膨らませて喜びを表していたことだろう。


「ジョゼフもありがとう」

「どういたしまして」


 涼しげな顔で幽かに微笑むジョゼフ。

 表情は変わりにくいが、セレスティアにはその僅かな変化がとてもうれしかった。


「城下町を抜けたらすぐ私の家につく。もう少し歩かせてしまうが、ご容赦願う」

「はい」


 再度エスコートの形を取ると、森を歩いてきたとき同様に従者が先導し、その次にセレスティアとロアルディオ、その後ろにメイド二人が続く。

 城下町入口では兵が見張りをしており、ロアルディオたちの帰還に気付くと姿勢を正して敬礼した。


「無事のお戻り、お疲れさまでございます」

「街に変わりはないか?」

「はっ!」


 背中に剣を差し入れているかのように真っ直ぐな姿勢で応答していた兵士が、ふとロアルディオの傍らにいる少女たちを見た。


「失礼ですが、其方の方々は……」

「私の客人だ。森で行き会ったのだが、少々迷惑をかけてしまったのでな……詫びも兼ねて当家へ招待するところだ」

「然様でございましたか。失礼致しました。お客人方、ようこそベスティアへお越しくださいました」


 兵士たちから歓待の敬礼を受け、セレスティアは恐縮しながらお辞儀をした。

 門を抜けると其処は賑やかな城下町で、行き交う人々は人の姿だけでなく、半獣の姿だったり獣の姿だったりと様々だ。狼や兎や猫などの哺乳動物型の他に、人の背に鳥の羽が生えた状態の鳥人や、肌に鱗が浮かび上がった竜人の姿も見える。

 獣人族は、全体的に人族の平均よりも背が高くなる傾向にあるためか、街の作りがセレスティアの見知っているものより大きく感じる。

 僅かにいるエディのような小型の獣人族は踏み台や梯子を使ったり、大型の獣人に抱えてもらったりして過ごしているようだ。


「一言に獣人の国といっても、色々な方がいらっしゃるのですね」

「そうだな。中には其方の方々と同様、上位魔獣も街で暮らしている。多くは他国で居場所を失った者や、戦に巻き込まれて家族を失った者などだな」

「……そう、ですか……」


 いったい、いま笑顔で日常を謳歌しているように見える民のどれほどが過去に傷を受けたのだろうかと、周囲を見て思いを馳せる。

 もちろんセレスティアは自分たちだけがつらい目に遭っているなどと思い上がっていたわけではないが、それでもこうして実際に話を聞くのと想像とでは実感が違う。


「だが、いまはこうして幸福に暮らしているのだ。私の役目はその生活と安全を守ること」


 街を奥へ奥へと進みながら、ロアルディオは語る。

 民の安全と生活を守るのが仕事とは、彼はお城で務める騎士様なのかも知れないとセレスティアは思った。門兵があれほど真っ直ぐ敬っていたのは、騎士団でも偉い人だからだろう。なにより、森での一太刀は見事だった。いま思えばだが、ジョゼフが両手で剣を持ったのを見たのは、久々だったから。


「ロアルディオ様は、とてもお強くてお優しい騎士様でいらっしゃるのですね」

「うん?……ふふ。そうだな、ありがとう」


 尊敬の眼差しで屈託なく言われ、ロアルディオは可笑しそうに笑いながらも敬意を受け止めて穏やかに礼を返した。

 その背後でジョゼフとエディが小さく「マジか」「まだなのですか」と囁いていることにも気付かずに。セレスティアは眩しいものを見る目で、民たちで賑わう街を、ロアルディオを見つめている。セレスティアは知る由もないことだが、先を行く従者たちもメイドたちと似たようなことを思い、似たような顔をしていた。


「さあ、着いたぞ」


 その言葉と共に指し示されたのは、ベスティア王国の王城だった。

 城に良い思い出がないセレスティアだが、道具以下の悪辣な扱いをした王子たちと気高い志を持って城勤めをしているロアルディオを同率に考えるなどあり得ないことだと、過去を振り切るように小さく深呼吸をした。


「さて……隣国から歩いて来られたのなら、まずは体を休めたほうが良いな。お茶をお出しする前に、湯を用意させよう」


 そう言うとロアルディオは近くのメイドを呼び止めて何事か指示を出した。

 年かさのメイドは「あらあら」とうれしそうに言い、セレスティアを見てにっこり笑った。


「ご機嫌よう。私がお客様を湯浴み室へご案内致しますわ」

「はい。よろしくお願いいたします」

「私は挨拶と報告を済ませてから、先に西側サロンで待つ。ゆっくり休んだら当家のメイドに案内してもらってくれ」

「畏まりました。お心遣い、ありがとうございます」


 ロアルディオと別れ、一行は湯浴み室へと案内される。

 其処は白で統一された滑らかな質感の石材と色とりどりの花が見事な、まるで天の楽園に湧く神泉かと見紛うほど美しい部屋だった。

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