刃と牙

 両者のあいだに、張り詰めた弦の如き緊張が走る。

 ジョゼフは言うまでもなく剣を構えたまま相手を力強く睨み据えており、エディはセレスティアを傍で庇いながらも、襲撃者たちを油断なく窺っていた。

 どれほどの時間が経ったのか。先に切っ先を下ろしたのは襲撃者のほうだった。


「……失礼した。私はベスティア王国より参った、ロアルディオという。其方の……セレスティア嬢に謝罪したいのだが、お許し頂けるだろうか」


 丁寧な礼を受け、ジョゼフは相手を見据えたまま静かに切っ先を下ろした。

 それを是と取ったロアルディオが、同行者に剣を預けてセレスティアたちのほうへ歩み寄ってくる。一歩、また一歩と近付くにつれて、ジョゼフは睨みを利かせるが、相手の顔がはっきり見える距離まで来るとそれを崩した。


「あなたは……」


 思わずといった様子で言葉を漏らしたジョゼフに、ロアルディオはフッと微笑って見せる。そして地面に座り込んでしまったまま動けずにいたセレスティアに手を差し伸べると、出来る限り優しい声音で語りかけた。


「先ほどは失礼した。お怪我はないだろうか」


 セレスティアは、事態が飲み込めない様子でロアルディオの手とジョゼフを何度も見比べ、ジョゼフが一つ頷いたのを見ると怖々手を取った。


「……っ!」


 瞬間、ぐっと力強く手を引かれ、セレスティアは勢いのままロアルディオの胸へと飛び込んだ。

 忌まわしい城にいたときでさえ、これほど異性と近付いたこともなければ、優しく抱き留められたこともないセレスティアは、未知の感覚に混乱し固まってしまった。


「すまない。少々勢いがつきすぎたか。手を痛めてはいないか?」


 握られていたほうの手を優しく撫でられ、セレスティアは慌てて何度も頷く。


「失礼ながら、セレスティア嬢はお声を出せない病かなにかなのだろうか」


 ロアルディオがジョゼフに問うと、ジョゼフは静かに首を横に振ってから「発言の許可を頂いていないので」と答えた。

 その言葉に驚いたのは、ロアルディオだ。先ほど自分が斬りかかったときにさえ、セレスティアは悲鳴一つあげていなかったことを思い出した。怯えて腰を抜かすほど戦いに慣れていない淑女が、刃を向けられてもなお「発言の許可をもらっていない」などという理由で声もたてないとは、どういうことなのだろうか。


「事情はわからないが……ならば、私が許可しよう。セレスティア嬢、痛むところはないか?」

「っ、は……はい……」


 野の花が風に揺れるような、あまりにも幽かな細い声だった。わざと小さく囁いているのではない。長いあいだ声を出すということをしてこなかった人間の、痩せ細り衰えた声だ。

 瞠目したロアルディオを、セレスティアの不思議そうな双眸が見つめる。


「そうか。なら良いのだが……」


 ふいと目を逸らし、考え込む。

 それからセレスティアの身形と伴を順に見て、ロアルディオは一つ頷いた。


「……そうだ。刃を向けたお詫びに我が家へ招待しよう。年若い令嬢が護衛の騎士も馬車もなく『此方側の』森にいるなど、なにか訳があるのだろう」


 セレスティアの体が僅かに強ばり、眉が哀しげに下がった。

 見るからに訳ありの三人娘に、わかりやすい表情。事情があるのは明白だが、森の真ん中で立ち話をすることでもない。


「お、お邪魔しても、よろしいのですか……?」

「ああ。お付きの方々も構わなければだが」


 セレスティアが思わずジョゼフとエディを見ると、二人は「ティア様が決められたことなら」と、声を揃えた。


「では、参ろう。此処からはだいぶ歩くゆえ、疲れたら遠慮なく申し出てほしい」

「はい……ご親切に、ありがとうございます……」


 やはりまだ声は小さいままだが先ほどに比べれば喉の震えも収まり、多少はマシになってきた。

 離れたところで待機していたロアルディオ側の従者が先導して露払いをして進み、その後ろをセレスティアとロアルディオが、最後尾をエディとジョゼフが続く。

 此処は魔獣蔓延る暗闇の森。だがセレスティア一行は聖女の結界の加護があって、何事もなく進んでこられた。ならば彼らはどうなのだろうと、共に暗闇を歩きながらセレスティアは疑問に思った。

 現在地は、森のストゥルダール王国側に近い位置だ。森を抜けるのに徒歩では数日かかるため、少なくとも彼らはそれだけの日数を森の中で無事に過ごしてきたということになる。供を連れているということは、それなりの地位にある人物のはず。

 いったいなにがあって、そんな人が森を歩き回っていたのだろうか。馬車もなく、この森にいることが不自然なのは、向こうも同じなのだ。

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