買う側、買われる側(後編)

 ルームといってもクラブの一角いっかくにソファーとまるテーブルがあるだけで、仕切しきりのかべはない。そのほうせい犯罪はんざいなどの心配しんぱいもなくていのだろう。私としちゃんははこばれてきたおさけ乾杯かんぱいをする。おきのくろスーツ女性じょせいだれ一人ひとりいってきもアルコールをまなかった。


「まだおそ時間じかんじゃないし、電車でんしゃもあるけド……ホテルの部屋へやってるヨ。おねえさん、あたしと一緒いっしょに、まってくれル?」


 やや緊張きんちょうした面持おももちでしちゃんがって、三人さんにんくろスーツ女性じょせいも私をつめてくる。そんなにあつけなくても、私がことわ理由りゆうなんかかった。


「ええ。私でければ、よろこんで」


 そうつたえる。しちゃんが両手りょうてくちおおって、ちょっとなみだぐんだ。くろスーツ女性じょせいたちが私にあたまげてくる。


「ありがとうございます。おじょうさまにわって、私たちからもれいわせてください」


「いえ、おれいだなんて、そんな。私も彼女のことがきですから」


かったですね、おじょうさま」


うれしいヨー。みんなもよろこんでくれて、ありがとネー」


そとにリムジンをたせています。そろそろ退出たいしゅつしましょう」


 たりまえのようにしちゃんが会計かいけいませて、クラブをる。そとくらくなっているが、まだ午後ごご八時はちじぎのようだ。そとまっているくるまは、さきほどったものとは車種しゃしゅわっていた。


今度こんどのリムジンは送迎そうげいサービスのを利用りようしてるヨ。ここからは、あたしとおねえさんの二人ふたりきりになるからネ」


 そうしちゃんがう。「もう私たちは邪魔じゃまをしませんので。どうぞ、ごゆっくり」とくろスーツ女性じょせいたちがあたまげて、くるまった私たちを見送みおくってくれた。




「ねぇ、いていい? まず、おかね大丈夫だいじょうぶなの? カードを使つかってたけど限度げんどがくとか」


 ホテルへとかう車内しゃないで、しちゃんに私はたずねた。とんでもない支払しはらいがくになっているはずで、その半分はんぶんですら私ははらえそうにない。


大丈夫だいじょうぶ、ラグジュアリーカードをってるかラ。あたしのは家族かぞく会員かいいんカードだから、ねん会費かいひやすいんだヨ」


「もう薄々うすうすかってるけど。ひょっとして、貴女あなたいえって」


「お金持かねもちなのかってコト? うん、そうだヨ」


 いやー、ありえないでしょ。そんなが、どうしてコンビニでバイトをしているのか。


「だって貴女あなた、日本にりゅう学生がくせいじゃないの? それでバイトをして、故郷こきょう親元おやもと送金そうきんしてるんじゃないの? そんなマジメそうなはたらきぶりじゃなかったのはたしかだけど」


なんはなし? あたし、五年ごねんくらいまえから、家族かぞくみんなで日本にほんらしてるヨ。日本にほんてからはインターナショナルスクールにかよってたネ。二十才はたちぎてから、最近さいきんまでアメリカに留学りゅうがくしてたヨ。パーティーやクラブのたのしみかたせい多様性たようせい、いっぱいまなんできたネ」


 おかげで日本語にほんごが、たどたどしくなっちゃったヨ。敬語けいご以前まえから使つかってなかったけどネ。しちゃんは、そうってわらった。


 リムジンはホテルのまえまって、りた私たちはなかのバーへと移動いどうする。おさけとお寿司すしたのしめる場所ばしょで、もちろんすべて、しちゃんのおごりである。その状況じょうきょうれてしまった自分がこわい。


「あたしのいえって、おねえさんがってたとおり、お金持かねもちデ。だからはたら必要ひつようなんかいんだヨ。あたしは一杯いっぱい、お小遣こづかいをもらってテ。それで株式かぶしき投資とうしして利益りえきしてたしネ」


 もぐもぐとお寿司すしべながらしちゃんがう。私は只々ただただっていた。


「それでアメリカ留学りゅうがくからもどって、あたしは日本にほん派手はであそびしてテ。港区みなとく女王じょおうなんてばれて、いいになってたヨ。そしたら、おかあさんから生活せいかつ態度たいど問題もんだいされてネ。『社会しゃかい勉強べんきょうしなさい』ってわれて、コンビニでバイトさせられたヨ。意味いみからなかったネ。やるなんか、わけないヨ」


 私はなんとなく、しちゃんが敬語けいご使つかわずコンビニではたらいてるのに、それを上司じょうしとがめられない理由りゆうかった。おそらくしちゃんのおやが、店長てんちょう圧力あつりょくけているか、もしくはおかねはらっているのだろう。適当てきとう接客せっきゃく態度たいどでも、しちゃんだけは特別とくべつあつかいで放置ほうちされるわけだ。


「で、コンビニのバイトをつづけて、かったこともあったヨ。港区みなとくはやされてたのは、あたしがおかねっていたからってだけの理由りゆうだったネ。コンビニのきゃくだれもあたしのことなんか注目ちゅうもくしなくて、本来ほんらいのあたしはただ小娘こむすめだっタ。なかかわずだったあたしは、現実げんじつという大海たいかいったヨ」


 しみじみとしちゃんがう。しちゃんはワサビをべられないようで、ひとひとつ、お寿からはしのぞいていた。可愛かわいいなぁ。


「でも、ある、あたしはコンビニのバイトちゅうにおねえさんと出会であったヨ。おねえさんはマジメにはたらいてるひとだって雰囲気ふんいきがあって、たかくて、キリッとしてテ。なにもかも、あたしにいものをおねえさんはってタ。一瞬いっしゅんあこがれたヨ。そしておねえさんは、レジ会計かいけいしたあたしに『ありがとう』って微笑ほほえんでくれテ。そんなこと、あたしは未経験みけいけんだったヨ。おねえさん、おぼえてル?」


おぼえてるわ。私は私で、貴女あなた可愛かわいいとおもってたのよ。かれってたのかな、おたがいに」


「あたしはさとったヨ。ひと価値かちは、おかねじゃなくて人間性にんげんせいなんだっテ。おねえさんをどんどんきになって、そんなあたしにおねえさんは『何処どこかにかない?』ってさそってくれタ。これはあい告白こくはくなんだってかったヨ。あたし、こうえてかんはいいかラ」


 お寿司すしえて、私たちは部屋へやへとかう。室内しつないまどからはライトアップされた東京とうきょうタワーがえた。最高さいこう夜景やけいで、らせばほしえるのだろう。


「あたし、よる東京とうきょうタワーってきだヨ。なかつらいことが一杯いっぱいあって、だからみなくらなかでもかがやほししをもとめるんだネ。おねえさんは、あたしがつけた最高さいこうしだヨ」


素敵すてき夜景やけいね。でも貴女は、どんな夜景やけいよりも東京とうきょうタワーよりも素敵すてきよ」


本当ほんとうニ? あたしのこと、綺麗きれいだとおもウ?」


「ええ、このなによりも。そらかぶつきほしよりも」


 お世辞せじじゃないし、っぱらいの戯言ざれごとでもない。しちゃんは私を下方かほうから、うるんだひとみげている。どんな星々ほしぼしだって、こんなかおで私をつめてくることはないのだ。


 あい恋人こいびと同士どうしが、ただスムーズに距離きょりめていく。そののことも隅々すみずみまで私はおぼえていて、おさけつよくてかったとこころからおもった。

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