ἀνώνυμος ἁμαρτωλός

今日は、何日だろうか。

いや日付の概念など、もはや意味はないか。


との遭遇から恐らく数日が経過した日の事。


野菜が思う様に育たなくなってきた。

これまでも灰によって遮られ日照不足による成長の阻害などがあったが。この所は特にそれが悪化しているように思える。やはり室内の環境では限界があるのか。


私はおもむろにテーブルに置いてある野菜をとりあげる。

それは縦長の紫色の葉をしており、シャキっとした食感を楽しむことができる。

おそらくはリーフレタスだとは思うのだが、正直な所、わからないというのが本音だ。


なぜならば、これらの"野菜"には名称がない。


この崩壊した世界で気づいたことの一つとして、"名前"が存在しない。

私の思い違いかもしれないが、誰かが誰かを呼ぶときに個体名を口にする機会がないのだ。それは、一つの例外の除いて。


「どうしたの?あ、わかった!野菜サラダでもつくりたいんだね?」


そう。


カリンだ。


彼女は自分の個体名を"カリン"とそうはっきりと私に告げた。

この世界で名を持つ者は彼女だけ、ということになる。


何と不可思議なことか?

このような考えはおそらく間違っているはずだ。

なぜならば、私も―――


―――私は、"何"だ?


待て。



自分の名が、思い出せない。



この世界に来た時に、彼女に名乗っていなかったか?

だが、カリンは...私の名を...


「...?元気、ないね。ごめんね、わたしがもっと食料調達できていればいいんだけど...君は男の子だから、もっと栄養ないとだよね!」


君。


彼女は私の名を呼んだことがない。

それは私が彼女に告げなかったからか?

それとも―――


疑念は浮かぶが答えはでない。

それならば聞けばいい。


私は料理の支度をする彼女の肩をたたく。

屈託くったくのない笑顔を私に向け彼女は「どうしたの?」と聞いてきた。

そこで私は自分の名を知っているかと尋ねた。

すると彼女はこう答えた。


「え?名前?あはは、どうしちゃったの急に」


彼女は前かがみになり、人差し指を出して見せた。


「君は―――」


そこで、私の意識は黒き海の底に呑まれるかのように沈んでいった。


深く、深く。


そして、崩壊世界にきた日に見た海底の"瞳"が私を覗いていた。


それは、まるで笑うかのように目を細めると、消えていった。

あの目を私は、見たことがある気がした。



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ハマルティアの扉 堕落 @Daraku2971

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