θηρίον της κατάρρευσης

彼女の淹れてくれた茶を飲みながら、この崩壊した世界について聞くことができた。

あの空から舞ってくる灰は少量であれば問題ないが、多く吸い込むと重篤な呼吸器障害に陥ってしまうのだという。

一度そうなってしまうと、体に様々な悪影響が生まれ、やがて死に至る。


基地キープ内で暮らす人々の生活を支えているのは、研究所と呼ばれる街の中央地下にある施設らしい。

そこから定期的に食料や水などの配給がなされ、人々は飢えを凌ぐことができるようだが...それを語る彼女の顔はどこか物憂げものうげだった。


「缶詰に入ったお肉とか、スープとかが手に入るんだ。地下からベルトコンベアで運ばれてきて、それを警備の人たちが管理して配るの。でも...そのお肉、確かにおいしいんだけど...何でつくってるのかわからなくて」


私は、「牛や羊などを研究のために飼育して、それを潰しているのでは?」と考えを示してみるものの、彼女は眉をひそめた。


「そう、なのかな...?わたしは、それらの家畜みたことなくて。なんだかそれを昔から食べてる人ほど捨人すてびとになってるんじゃないかって思ってて...」


彼女は突然ソファから立ち上がった。


「あ、そうだ!お腹!すいてるよね...?缶詰じゃないんだけど、うちね、野菜とか栽培してて良ければ食べてみないかな?」


私は頷いた。

すると彼女は「まっててね!」と言い残し、足早にどこかへ行ってしまった。


カリンのいなくなった部屋で、私は高齢の男性の写真を見つけることができた。

それは戸棚に置かれており、厳つい顔の男性と優しい顔つきの女性が写っている。

彼女の両親だろうか?


しばらくすると、豊かな香りが漂ってきた。

それは新鮮な野菜の甘い香りと、スパイスの微かな刺激が混ざり合ったもので、

胃袋を心地よく刺激する匂いだった。


カリンが戻ってくると、手には温かいスープが入った陶器のボウルがあった。

蒸気が立ち上り、その香りがさらに強くなった。

彼女はにこやかにボウルをテーブルに置き、スプーンを差し出してくれた。


「はい、どーぞ!こんなのしかないんだけど...!」


彼女の言葉に促され、私はスプーンを手に取り、そっとスープを一口すくった。


それは驚くほど美味しかった。


柔らかく煮込まれた野菜の甘みが口の中に広がり、深い味わいが舌を包み込んだ。

人参、ジャガイモ、それに...セロリだろうか。

スープの温かさが体中に広がり、心まで温かくなるようだった。


カリンにおいしいと伝えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

その笑顔は何よりの馳走ちそうといえる。


「ここで野菜が採れるのは、お父さんのおかげなんだ。元々農学研究者だったみたいで室内での栽培から、飲料水の浄化まですごいんだよ!おかげで、私は配給品に頼らなくても生活ができてるの」


私はお父さんはどこにいるのか?と尋ねた。

カリンは少し困ったように笑った。


「もう、死んじゃったんだ。新しい野菜の種を見つけてくるんだ!って行ってそれっきり。もう何年になるかな...。実は本当のお父さんじゃなくてね、わたし商品だったから」


商品...?と私が聞きなおす。

カリンの顔は暗く、その視線はスープの野菜に注がれた。


「ここじゃ女の子はね、売られるの。家事を手伝ったり、働かされたりもするんだけど...一番多いのは性処理かな。首輪に繋がれて、逃げられないようにされて、ずっと...。子供が生まれたら取り上げられて、それで...」


彼女の声はわずかに震えていた。


「お父さんが買ってくれて、育ててくれたんだ。変なこともされなかった。厳しい人だったけど、それはこの世界を生き抜くために必要な事だったんだと思う」


彼女は深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。

目には涙が浮かんでいたが、彼女は泣かないように必死でこらえていた。


「そのおかげで、私は強くなれた。どんなに厳しい状況でも、希望を失わないように生きてこれたの。お父さんが私に教えてくれたこと、それが私の支えだったから」


辛い過去を話してくれた彼女に敬意を表すると、彼女は静かに微笑んだ。


「危険でも外に出るのは、冒険をしたいのと物資を集めたいのと、それからお父さんを探すっていうのもあるんだ。どこかにいるんじゃないかって。そんなときに見つけたのがキミ!」


彼女との楽しい食事はしばらく続き、心も腹も満たされた。

食事が終わり片付けが済むと彼女はガスマスクをひとつ、テーブルの上に置いた。


「これ、お父さんが使ってたものだけどよかったらどうぞ!さすがに布じゃ生きていけないからね!」


深い感謝を伝えると、カリンは何かを思いついたように手を叩いた。


「そうだ!キミ、守護神さま...みたことない?」


私は首を横に振り否定する。


「じゃあ見に行こうよ!なにかっていうのは...みてのお楽しみ!!」


そう言うと彼女に誘われ、家を後にした。


...

.....

.........


外に出てしばらく瓦礫の山を歩いていくと、街の中を裂くように、地表に大きな亀裂が走っている部分が現れた。

その中にはありえないことに、黒く深い海が流れていた。


波が打ち寄せる音が耳に響き、その異様な光景に一瞬足がすくんでしまう。

その様子を見たカリンが手を引いてくれ、その手の温かさが私を前に進ませた。


「こっちだよ」


彼女は微笑みながら言い、亀裂にかかる崩れた高層ビルの残骸へと導いてくれた。

そのビルは倒れて橋のようになり、亀裂を渡るための唯一の道だった。


私はその不安定な橋を見上げ、少しの間躊躇した。

だが、彼女の決意に満ちた目を見て意を決して一歩を踏み出した。


元が崩れそうな感覚に何度も恐怖を覚えながら、ビルの残骸を慎重に渡っていった。彼女は軽やかに進み、私はその後を必死に追いかけた。

ビルの上層へと進むにつれて、視界が開け、荒廃した街全体が見渡せるようになった。

瓦礫の中にかつて栄えた都市であっただろう形の名残が散らばり、

その中に存在する奇妙な静けさが漂っていた。


...

......

.........


ついに、私たちは目的地であるビルの屋上にたどり着いた。


そこには数人の人々が集まり、皆同じ方向を見つめていた。

彼らの表情は一様に緊張と驚きが入り混じっており、

私もその視線の先に目を向けた。


そこにいたのは、漆黒の巨大な竜だった。

ビルほどもあるその姿は圧倒的で、

全身から放たれる威圧感が周囲の空気を重くしていた。

竜の鱗は夜空の闇のように黒く、その目は冷たい光を放っていた。

翼を広げたその姿はまるで、街全体を覆い尽くすかのように巨大であった。


「すごいでしょ?あれがね、守護神さま。なんでか知らないけど、基地キープを守ってくれてるんだ。時々、セリオンって呼ばれてる大きな怪物がでるんだけど守護神さまを見て逃げてくんだ。まあ、たまにそれでも襲ってくる個体がいるけど、守護神さまが倒しちゃうの。だからみんな信仰してるんだ」


興奮するように語るカリンにうなずき、私は漆黒の竜を見つめる。

確かに威圧感を感じるが、それは恐怖の類ではなく、どこか頼もしさすら感じた。


辺りの景色をしばらく見渡すようにしていると、ふと目についたものがあった。

巨大なビルの残骸の上に横たわる灰色の何か。


初めは灰色の皮膚を持つため、巨大なアザラシのようにも見えたが、よく観察するとその大きさが竜ほどであることに気づいた。異常に巨大で、普通の生き物とは明らかに異なるその存在に、私は息を呑んだ。


「え...なに、あれ...?」


カリンも気づいたようだ。

私はあれも守護神さまのような存在なのか尋ねたが、彼女はすぐさま否定した。


その生き物はゆっくりと起き上がり、灰色の皮膚が滑らかで、光を吸収するように見えた。毛のない体はまるで毛をむしられた七面鳥のようで、その異様な姿がさらに強調された。


首が不自然に長く伸び、頭に当たる部分には顔がなかった。

代わりに、ヤツメウナギのような円形の口が開いており、その中には鋭い牙がぎっしりと並んでいた。

牙はギザギザで、不気味な輝きを放っている。


「セリオン...!それも、あんな大きさのやつ見たことないよ...!!」


彼女の声に焦りと恐怖がみえる。


その獣は大きな音を立てて立ち上がり、その動きに合わせて地面が揺れた。

ドシーンという音が周囲に響き渡り、他の人々も気づいたようで後ずさりを始めた。


獣の巨大な体は周囲の残骸を押しのけ、その存在感は圧倒的だった。

私の心臓は激しく鼓動し、その異様な生物の前に立ち尽くした。


「あぁあぁあああ!どうか!どうか守護神さま!我らをお助けください!!」


人々は必死に竜に向けて祈るように両手を合わせた。

だが願いは届かないのか、竜が動く気配はなかった。


私は迫りくる怪物の圧倒的な姿に呆然と立ち尽くしていた。

その巨大な体が一歩踏み出すたびに、地面が揺れ、恐怖が全身を貫いた。

足がすくみ、動けなくなったその瞬間、カリンが私の手を強く引っ張った。


「こっち!」


カリンの力強い手に引かれ、私はようやく我に返った。


足は震えていたが、彼女の決意に満ちた顔を見て、必死に動揺を抑えた。

そして彼女に導かれるまま、私たちは元来た道を急いで引き返し始めた。


ビルの残骸を渡る橋は、行きとは違って不安定さが増していた。


背後からは、怪物が近づいてくる音が聞こえ、その音は恐怖を煽った。

ドシーン、ドシーンという大きな音がどんどん近づき、

まるで心臓の鼓動と共鳴するかのように感じられた。


「急いで!」


カリンが再び叫び、私たちは全力で走り続けた。


橋を渡る間、足元の崩れた瓦礫に何度もつまずきそうになりながらも、

彼女の手は決して離れなかった。

彼女の強い握りが私を前へと引っ張り、恐怖に負けずに進む力を与えてくれた。

橋を渡り切ると、私たちは一気にビルの外へと飛び出し、さらに安全な場所を求めて走り続けた。


背後から怒号のような悲鳴のような音が聞こえてくる。


その時、何かが空から降ってきた。

それは、食いちぎられた人の上半身であった。


表情は絶望に染まり、眼球は飛び出していた。

それはさきほど祈っていた人々のものであったように思える。

私は吐きそうになり、こみ上げてくるものがあったが、カリンは「こっち見て!」と私の顔を両手でつかみ、視界には彼女の端整な顔だけが広がる。


「大丈夫だよ...だいじょうぶ」


彼女のおかげで落ち着きを取り戻した私は再び走り出した。


私たちはさらに速く走り、ついにビルの影から抜け出すと、地下に伸びる階段のようなものが見えた。

そこにはかつての地下鉄につながる通路があり、私たちはその場所を目指して最後の力を振り絞った。


中に飛び込むと、じっと二人で身を寄せ合った。


やがて、怪物の音が遠ざかると共に、息を切らせながらも安堵の表情を浮かべた。

だがすぐにカリンは表情を曇らせてしまった。

もはや基地キープは安全な場所ではなくなってしまったからだ――

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