3 ホンモノ②

「落ち着いた?」

「………うん」


 彼女はトイレの床など気にする様子もなく、体育座りをしていた。落ち込んではいるが、今なら冷静な話し合いができるかもしれない。


「じゃあ、話を整理しようか。 君はなんで男子トイレに」

「君って呼ばないで」

「…マドモアゼルはなんで男子トイレに」

「ふざけてる?」


 彼女はこちらをにらみつけた後


「私は花子 サン、16歳、堅苦しいのは嫌だから花子ってよんで頂戴」


 花子 サン? 苗字が花子で、名前がサン。花子なんて苗字は聞いたことが無かったが、いちいち突っ込んでいては話が進まない。


「了解、花子。僕は最上もがみ けん、17歳、とりあえず話を整理するために少し質問するね」

「早く始めなさい健、私も暇じゃないんだからね」


 いきなり呼び捨てかよ、と心の中で思いつつ僕は質問を始めた。


 Q1:あなたはなぜ男子トイレにいたんですか?

 A1:「さっき言ったでしょ? 分からないのよ!」


 Q2:今日の記憶はある?

 A2:「保健室で寝てたわ。私、授業嫌いだから基本は保健室で寝たり、本を読んだりしてるわね」


 Q3:自分の好きなところは?

 A3:「全部ね、全部好き! 特にこの髪型は最近の流行りなのよ!」


 ・

 ・

 ・


 Q19:え~っと、好きな食べ物は?

 A19:「やっぱりポポロンかな~って、その質問する意味あるの!?」


 ポポロン? 海外のお菓子か何かなのだろうか?


 様々な質問をしたが、結局彼女がなぜここにいたのか全く分からなかった。ガラス窓から見た外は、すっかりと暗くなっており、運動部がグラウンド整備をしている様子が見えた。


 もう帰ろう。彼女のことは忘れて、家でゆっくり休もう。今日はなんだか久しぶりに人と話した気がするし、少し疲れた。


 僕は別れを告げようと彼女の方を見ると、彼女は窓をじーっと見ていた。


「おっかしいわね?」

「どうしたんだ?」

「外が暗いのに連絡がない…」

「誰からの?」

「お・や・か・ら・よ!、いつもは日が落ちる前に車で迎えに行く連絡が来るのに。もう、いつになったら迎えが来るのよ!」

「じゃあ、こっちから連絡すればいいじゃないか? スマホは持ってるんだろ」


「はぁ~、何言ってるのよ! から連絡できるわけないじゃないの? 当たり前でしょう?」



 



 この単語にたどり着くまで1時間。噛み合わない会話を続けて1時間。ようやく噛み合った。今までの会話のすべてが繋がった、そんな気がした。


 なぜ男子トイレにいるのか分からない花子サン、おかっぱヘアー、異なるデザインの制服、さらにその制服には、先ほど付着したはずの汚れが一切見当たらない。


 最後に


 冷汗が首筋を伝り、顔が青ざめる。さっきまでに比べて寒く感じるのは、日が落ちたせいなのだろうか。


 僕は恐る恐る口を開いた。


「…花子さん、最後に質問してもいい?」

「またぁ? しょうもない質問だったら、ひっぱたくわよ!」


 Q20:今、西暦何年?

 A20:「何よその質問(笑) あんた未来から来たの? そんなの朝に新聞を読めば分かることじゃない」



「1970年よ!!」



 血色の良い笑顔で、彼女は自信満々に答えた。


 僕は新聞も読まないし、テレビのニュースも見ない、忘れてはいけない重要な用事もたいしてないためスマホのカレンダーも開いたことはない。


 そんな僕でも分かる。今年は2020年だ。1年や2年間違えることならあるかもしれないが、50年はあり得ない。


 彼女、花子陽は幽霊だった。


 性別、性格、育ち。すべてが異なる僕らは、生きている時代すら違っていた。

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