ペアリング

1件のファイルを受信しました。


___________________________________


あれは大学三年の、うんざりするような夏の事。

俺はオカルト研究サークルに所属していた。


とは言っても大した活動はしてなかった、メンバーは俺を入れてたった3人。

オカ研を名乗ってたけどほとんど遊んでいて、

誰かの家に集まってホラー映画を見ながら駄弁るのがいつもの風景で。


「『ほの暗い井戸の底から着信音』中々面白かったな」


そう呟くのは一応サークル長の田代。


「そうか? なんかどっかで見たことあるような演出ばっかで

入りきれなかったんだけど」


俺はなんでも楽しめる田代の感性を羨みつつそう返す。


「……まぁ、所詮B級だし。

監督も悪い評判が多かったから、期待してなかったよ」


最後のメンバーである黄村がスマホを齧り付くように見ながらそう吐き捨てる。


「相変わらずだな、つまらないと思った瞬間に低評価レビュー書き出す癖」


「そう言うな黄村、さて次は……あれ」


「どうした?」


「今ので家にあるDVD最後だった」


「マジか。こんなクソ暑い中レンタルビデオ屋に行かなきゃいけないのかよ」


「普通にネトフリとかアマプラで良いだろ……」


「黄村! この馬鹿野郎が! ホラー映画は実物を手元に置くのが至高なんだよ!

リアリティが出るからな! DVD……いや、出来ればVHSが理想!」


また始まったか……田代の地雷を刺激した黄村に俺は恨みの視線を送る。

こいつ良い奴なんだけどこういう謎のこだわりがあるんだよな……。


「まあ、そうだな。田代、お前の考えは良くわかる。

だからさっさとビデオ屋に行こう? な?」


田代をなだめて外に連れ出す。

黄村もブツクサ言いながら立ち上がる。


このまま田代の高説を聞かされるよりは外の方がマシだ。

その思いだけは黄村と一致した。



「臨時休業……だと」


「残念だったな、今日はもう解散と行くか?」


俺達はレンタルビデオ屋にたどり着いた。

しかし、俺達を出迎えたのは店員でもビデオでも無く。


「臨時休業」と書かれた張り紙だった。

田代はガックリとして、紙が張られたガラス戸に両手をついている。


「いや解散なんて駄目だ……俺のホラー欲はまだ満たされていない……!」


「そうは言ってもなぁ。

おい黄村、スマホいじってないでお前もなんか言えよ」


「あぁ? ……そうだな。たまには課外活動もいいんじゃないか?

正直ホラー映画には飽きてきた所だし」


「課外活動って?」


「俺達オカ研なんだし、肝試しとかだろ。常識的に考えて」


「肝試し……! 確かに言われて見れば究極のリアリティーだ!」


田代が調子を取り戻してこちらに来る。


「肝試しねぇ……あーそう言えば一応近所に心霊スポットが有るな」


俺は一つの噂を思い出す。


「そうなのか? 俺も黄村もこの辺住みじゃないから分からんのだが」


「俺が車出すからさ、語りながら向かわせてくれよ。

その方が雰囲気出るだろ?」



「いやー車内エアコンがありがたいな……」


「目的地は山の中腹だからな。たぶんエアコンがいらないくらい涼しくなるぜ」


慣れない山道でハンドルを切る。


「それでこんな寂れた山にどんな怪談があるんだ?」


「そう焦るなって黄村。

前もって言っとくがほんとに大した話じゃないから

あんまり期待するなよ」


この山にはとある廃墟がある。

二階建てのビルみたいな建物なのだが、

いつ誰がなんの為に建てたのかすらよく分かってない。


だから本当に色んな噂がある。

かつては病院で院長が医療ミスで女の子を死なせて畳んだとか、

警察から逃げてきた猟奇殺人犯が住みかにしたとか、

怪しい宗教団体の本拠地だったとか。


「でもそんなバラバラな噂話にも一つだけ共通点が合ってさ」


「共通点?」


「女の子? の幽霊が出るようになったってオチが共通してるんだよな」


「まて、女の子? ってなんだよ。なんで疑問形?」


「いや俺にもわかんないんだけどさ、普通の女の子じゃないらしい」


「そりゃあ幽霊になるような女の子が普通の訳ないだろう。

しかし随分アバウトな物言いだな、どう普通じゃないんだ?」


「それが分からないのが怪談の良い所だろ?

それに、もしかしたら俺達の目で真相を確かめられるかもしれないぞ?」


そこまで語った所で、件の廃墟の近くまでたどり着いた。

車を止め、三人で山道を登る。


廃墟の姿は直ぐに見えてきた。

元は白かっただろう壁は黄ばみ、大量のツタが絡みついている。


窓もかなり割れているが補修の痕跡は全く見られない。

管理するべき人間はとうに居なくなってしまったのだろう。


「うお……結構雰囲気あるな」


「ああ、夜に来たらもっとヤバかったかもな」


「それにしても中は暗いな……黄村、お前のスマホの出番だ」


「分かった、でも先頭はお前がいけよ。俺は後ろから照らしておくからな」


俺達はおずおずと廃墟を探索し始めた。

窓が有るのに不思議と光が少なく、

スマホで照らされた場所以外はほとんど見えない暗闇だ。


その上一歩踏み出す度にパリ……パリ……と枯葉や他の何かを踏んだ音が妙に響き渡って、なんとも言えない恐ろしい雰囲気がしてくる。


「なんだこのポスターは。人体模型か?」


田代が照らされた壁を見て言う。


「『人体部位罪集〜幸せの第一歩は自戒から〜』……えぇ?」


そのポスターは人体を描いたもので、右半身が全裸、

左半身が透けて筋肉や内臓が見えるようになっている。


一見、病院に良く有るものに見えるが、

ポスター上部に書かれた題名? からはスピリチュアルな雰囲気を感じた。

文字のフォントも紫色でキラキラしているし……


「普通とは違うな」


「病院にしてはオカルト過ぎるし、宗教団体だったのか?」


変だと思いつつもポスターを後にした。

廊下にはポスター以外気になるものは無かったので、部屋の探索も始める。

ほとんどは家具すら無い空き部屋だったが、

「資料室」とプレート書かれた部屋だけは違った。


「ゲホッゲホッ! ホコリとカビが充満している!

マスクしてるお前が調べてくれよ!」


先陣を切った田代にそう言われ、俺は中に入った。

部屋の中は本棚と、読書用なのか小さな

椅子とテーブルが置かれているくらいで。

特におかしい所は見えなかった。


「黄村、スマホ貸してくれよ。本の題名とか調べるからさ」


スマホを受け取り、部屋を照らす。

置かれている本は日本神話についての

本に、怪しい健康法や自己啓発系で占められている。

随分偏った趣味だな……


「どれ中身はっと……あっ」


本棚から取り出そうとすると、とうに朽ちてしまっていたようで

本が崩壊してしまった。

盛大にホコリとカビが舞い、紙片が服にかかる。


「うわっ汚……」


部屋の入口で見ていただけの黄村が一歩下がる。


「勇敢に調べようとした奴にそこまで言うか……ん?」


顔を下に向けて服を払っていると、床に何かを見つけた。

本に挟まっていたのかな? そう思って拾いあげる。


「なんだこれ……」


写真はどこかの部屋を写したように見える……

窓も明かりも何もない恐ろしい程無機質な部屋、中心には椅子。


そして椅子に座っているのは、白い服で10歳にも満たなそうな女の子。

部屋の雰囲気とは反対に、女の子は嬉しそうにニコニコしていて。

それが返って不気味さを出していて、俺は思わず息を呑んだ。


「お? 収穫があったなら見せてくれよ」


田代の声で我に返り、写真を持って部屋を出る。


「「なんだこれ……」」


写真を見た田代と黄村は俺と同じリアクションをした。

俺達の中で「ここは本当にヤバい場所だったんじゃないか?」

という思いが強まる。


「可愛い子だな……着ているのは入院着か?」

「いや、俺には白装束に見える……あっ」

「どうした?」


白装束に見えるなどと嫌な事を口走った黄村が、更に何かに気づいたようだ。


「この子……左腕が無くないか?」

「えっ……」


確かに言われてみると右腕は服の袖口から覗いているのに、

左腕は見えない。


「なあ、噂に出る幽霊は女の子なんだよな……これ……」


黄村は続きを言うのが怖くなったのか口を紡ぐ。

しかし、そこまで言ってしまえば次がなんなのかは誰でも分かる話だ。

嫌な沈黙が場を満たす……。


「よし……こうなったら全部探索して回ろう。

俺達が噂の真相を確かめるんだ!」


沈黙を破ったのは田代で、そう言うと元気良く歩いていった。

俺は帰りたい気持ちもあったが、

同時に田代の言うような探求心が湧いてきたのも事実で。

田代の後を追う。


「お、置いてくなって!」


黄村も雰囲気に流されたのかついてきた。

田代はどんどん進んで行き、階段の前で立ち止まる。


「一階は探索し終えたしな、行くぞ!」


田代に続いて階段を上がり、二階にたどり着いた。

早速田代が目に付いたドアのノブを捻る。

……が、俺達の勢いに反してドアは開かない。


「むう……バールでも有ればこじ開けられたものの」


田代は続けて他のドアを調べるがどれも開かない。

彼の強引過ぎる様子を見ていると俺はだんだん冷静になってきて、

この階の異様な雰囲気に気づき始めた。


異様に涼しいのだ。

そもそも山だから夏にしては涼しい場所だったのだが、

ここは鳥肌が立ってしまう程だ。


何か……普通じゃない。

霊感の全く無い俺でさえ、そう感じて腕を擦る。


「おい、田代……やっぱり帰ろうぜ」

「あ、開いた」

「「は?」」


俺と黄村は揃って間抜けな声を挙げ、田代の方に歩く。

彼が手をかけていたのは廊下の突き当たり、一番奥にある部屋だった。


「なあ、もう良いだろ?」

「そうだよ、これ以上は本当にやばいって」

「最後にこの部屋だけは……」


俺達の静止を無視して田代はドアを開いた。


「ギャッ!」


ブブブゥン! と、大量の虫が部屋から飛び出してくる。

俺は思わず顔を背けるが、田代は意に解さず部屋に入っていく。


「おい、田代! お前なんか変だ……」


虫を振り払って田代の肩を掴もうとした。

そこで俺は一目見て分かる部屋の異常さに気づく。


部屋の中央に椅子、それを中心とした赤茶色の染み。

端には何にも接続されてないケーブル、それと台車があって、台車の上には錆びたノコギリや鉈、使用された形跡もある。

俺は不意に何かの映画で見た拷問部屋を思い出してしまった。


「いや……これは……」

「ピロン〜♪」

「ッ!?」


絶句していると謎の音が響く、心臓を掴まれたような感覚がした。

けれど直ぐに音が自分のスマホから発せられたものだと気づき、

少し安心しながらポケットから取り出す。


「……Bluetooth?」


画面に表示されたものを見て、一層血の気が引く。

aobakaikoという名前から接続を求められている。

電波なんて無い、こんな山中の廃墟で。

俺が固まっていると、突然部屋を照らすスマホの明かりが消えて真っ暗になる。


「うぅ……ぐっ……うぅ……」


直後に背後から泣き声が聞こえて、ゆっくりと振り返る。

泣き声の主は膝をつき、顔を両手で覆った黄村だった。

彼のスマホは地面に落ちている。


「黄村……どうしたんだよ急に」


「うん、うん、頑張ったねぇ。10年も一人で健気に……

頑張ってたんだねぇ……ちゃん」


「…………おい! 黄村! おい!」


黄村に呼びかけるが届いてる様子は無い。

彼のスマホを拾うと、Bluetoothが接続されていた。


「――お前もしかして、音にビビった拍子に接続押しちまったのか!?」


そうだとしたら……コイツに何か良くない事が起きたのは確実だ。


「おい、田代! お前何さっきから黙ってるんだよ!

とりあえずコイツ引きずってでも外に出んぞ!」


まるで今の騒動を認識していないかのような様子の田代に声掛ける。

まさか……コイツもおかしく……?


「ああ、そうだな。外に出よう。俺は右肩持つからお前は左を頼むぞ」


嫌な予感に反して、田代におかしな様子は無い。

むしろ怖いほど落ち着いている……

でも今はそれを気にしていられる状況じゃない。

田代の指示通り黄村を担いで外に急ぐ。


「良かったねぇ……ほんとに良かった……」

「どうしちまったんだよ本当に……!」


担いでいる間も黄村は泣き続けている。

俺は出来る限り何も聞かないようにしながら、廃墟を飛び出し、車に乗り込む。


「エンジンは……良し普通にかかった! 田代! そいつ見といてくれ!」

「ああ」


俺は一秒でも早く街に降りようと車を走らせる。

だが、グネグネとして細い山道が俺達を阻む。


「クソッ……こういう時ってまずお祓いだよな!

何処に行く!? 神社か? 寺か?」


『どっちでも良いよ、変わらないから』


知らない声がした、後ろを振り返る。

さっきまでの様子が嘘のように落ち着いた黄村と、田代が笑っている。

彼らの間、付き合わせた肩から、小さな女の子が同じ笑みを覗かせていた。


「あああああああああああぁぁぁ!!!」


そこからはどうやって帰ったのか分からない。

とにかく俺は絶叫を挙げて車を飛ばしたんだと思う。


気がついたら家だったし、二人に連絡してみたら普通に返信が有った。

だから俺は全部夢って事にして眠ったんだ。


でも次の日。

黄村と田代が大学を欠席して、次の日も、その次の日も来なかった。

結局、二人共まだ帰ってきてない。



以上が、俺が廃墟で体験した話だ。


あとから知ったんだけどさ、

あの廃墟に纏わる噂は全部合ってはいたんだ。


元々はエセ医学系の宗教団体が拠点にしていた場所で、

人死にが出るような事をしていたのも本当らしい。


でも、噂話には一個だけ決定的に間違ってる事が有ってさ。

あの女の子についてだ。


あの子……青葉海子ちゃんは元々あの宗教団体に居た子でね。

生まれつき左腕が無くて苦労が多かったみたいなんだ。


海子ちゃんの両親は何とかしてあげたくて、色んな所を巡ってたんだけど、

運悪くあんなカルト宗教に引っかかって。


そこで現人神として良いように祭り上げられて、

最後には頭のおかしい、拷問みたいな儀式で殺されちゃった。


今なら黄村があの時泣き出した理由も分かるな。

だって彼女が殺されたのは2014年7月19日、10歳の誕生日だったんだぜ。

あんまりにも海子ちゃんが可哀想じゃん。


でも奴ら、気は狂ってたけど腕は確かだったみたいでね。

儀式自体は成功してて、海子ちゃんの魂は本当に神様になった。


間違ってる事って言うのはこれ。

だって今のあの子は幽霊なんかじゃなくて神様なんだから。


……なぁ、なんで俺はこんなにも詳しく知ってると思う?


まだ事件については言い訳がつくよな。

誰か昔実際に関わった人から聞いたとかさ。


でも死んだ彼女が実際どうなったかなんて普通じゃ知りようがないよな?

ただ一つ、あの子自身に直接教えて貰う以外には。


黄村と田代が居なくなってから二日後に、

あのBluetoothが勝手に接続されてて。


そしたら俺の記憶が抜け落ちて、

代わりに海子ちゃんの記憶が流れ込んで来てさ。


あれだな、Bluetoothのファイル転送に似た感じ。

これは転送というより交換だけど。


さっきまでの語りで俺の名前出てこなかったろ? あれたぶん本当は名前呼ばれてたと思うんだよな。もう思い出せないだけで。


こういうのって自分の名前とかは最後に取られるもんだと

思ってたけど現実は違うんだな。


……ああでも、全然怖くはないんだ。

安心して欲しい。


あの子は酷い殺され方をしたって言ったろ。

でも、彼女は誰も憎しんでないし、

ましてや苦しめようなんて少しも考えてない。


カルトの奴らにノコギリで手足を落とされてる最中でも、自分が役に立てるならって笑ってたんだ、本心から。なんて純粋でいい子なんだろうな。


彼女はただあいつらに頼まれたお役目を果たそうとしてるだけなんだ。

教団のことを全世界に知らしめるっていう役割を。


たぶん田代と黄村も同じ事をしてるんだと思う。

俺も今お役目を手伝ってるんだ、彼女の力をBluetoothの電波に載せて広めてね。


あんたが今これを読んでるって事は、「ペアリング」を押して

俺のBluetoothに接続してくれたんだよな。


ありがとう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Bluetoothの神 芽春 @1201tamago

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説

はじめまして

★3 ホラー 完結済 1話