第20話 そして男子は女子高生に巻き込まれる

 桔梗の口から、文香が自分を部活に勧誘しようとしているという話を聞いた成昌はため息をついていた。

 成昌が部活動に参加していない理由は、実家である神社を受け継ぐうえで必要となる知識を蓄え、技術を磨く必要があり、その修行に時間を割くためだ。

 加えて、神主の資格取得を行うことができる大学に進学するため、ある程度の学力も今のうちに身に着けておく必要がある。

 部活動に使う成昌の時間は、ほとんど存在していないと言っても過言ではない。

 その数少ない時間の中で、成昌は寄せられた依頼をこなしているというのに、このうえさらに部活までとなると、手が回らなくなってしまう。

「だから部活にゃ入らねぇって決めたのに……こりゃ、放課後あたり、そのことを説明した方がいいな」

「う~ん、けどあの勢いだと文香、理由は聞いても納得しないかもよ? それに、せっかくの高校生活なんだから、もうちょっと人とコミュニケーション取る場所があってもいいんじゃない?」

「いやだから……」

「それに、実際には名前を貸すだけでも全然問題ないみたいだし、依頼の窓口みたいにして文香を利用しちゃえば、依頼人から直接話を聞く必要もないじゃない?」

 部活を立ち上げるために成昌を利用しようとしているのだから、逆に成昌も文香を利用してしまえばいいのではないか。

 桔梗はそう提案してきていることに気づき、成昌は言葉を返さずに、沈黙する。

 確かに、いままでは桔梗が相談を持ち掛けられ、霊的な対処が必要と判断した時になって初めて、成昌本人が依頼者の話を聞くという体制になっていた。

 だが、そのためには成昌本人が依頼者と話をしなければならないという、成昌本人の精神的な労力と、依頼を聞くために使う時間が必要となる。

 成昌としてはそのどちらも、節約できるというのならば節約したい。

 もし、その相談が文香の部活の一端として扱われ、彼女の方へ持ち込まれるのであれば、ある程度の調査は文香が意気揚々とやることになるだろう。

 それに加えて、自分の持っている知識で解決できる範囲のものは自分で解決するようになれば、成昌が呼び出される機会はよほどの時だけということになる可能性が高い。

――そうなったら、俺自身は修行と勉強に専念できるし、桔梗にかける負担も減るか……

 これでも一応、桔梗にはそれなりに負担をかけていたことを気にしてはいたらしい。

 桔梗の負担も減るのであれば、はっきり言って避けたいけれども。正直な気持ちを言えば、関わり合いになりたくないのだけれども。

 名前を貸す程度のことはしてやってもいいかもしれない。

「……わかった。名前だけでも貸してやることにする」

「ん。で、どうする? 成昌から話す?」

 桔梗のその質問に、成昌は渋い顔をして腕を組みうなり始めた。

 どうやら、できることならあまり文香と関わり合うことはしたくないらしい。

 だが、桔梗のことを信頼しているとはいえ、他人の口で伝えてもらうというのは、少しばかり筋が違う。

 加えて、文香には名前を貸す条件を伝えておかなければならない。

「……そうする。念押しする必要もあるだろうし」

 五分とかからない時間ではあったが、考えを巡らせた結果、自分で話した方がいいと結論を出し、そう話した。

 成昌の結論に桔梗は、りょーかい、と軽い口調で返す。

「あ、一応わたしからメールしとこうか?」

「そうしてくれ……さすがに放課後まで待っているなんてことは避けたい」

 ため息をつきながら、成昌は桔梗にそう返す。

 依頼を受けた立場ではあったが、連絡先の交換はしていないらしい。

 もっとも、連絡先を交換していたからと言って、成昌の方から連絡はしないため、このまま放課後になるまで待っていても文香と合流できないという可能性もある。

 その可能性があることをわかっていて連絡を使用としない成昌に。

「もうそろそろ、ほかの人とも連絡とったりおしゃべりしたりしたらいいのに」

 呆れながらそう苦言を呈していた。

 だが、成昌にも思うところがあるようで。

「そうしたいのはやまやまなんだがな……普通に話すってどうしたらいいんだよ」

「別にいまの話し方でも問題ないと思うけど」

「いや、ドン引きしてたっていうか、怖がってただろ。あれ」

「まぁ、そうね」

「下手に怖がらせて変な噂になるのはごめんだ」

「え、そういうもの?」

「そういうもんだ」

 一応、他人と話すときに自分が知らず知らずのうちに相手を怖がらせていることに気づいてはいたようだ。

 いたずらに相手を怖がらせたくない、というよりも怖がらせた結果、妙な噂が流れてしまうことを気にしているようではある。

 そんなことを今更に気にしても仕方がないような気がしている桔梗は、成昌の言葉に首をかしげはしたが、成昌がどうしても気になることらしく、自分がどうこう言っても聞き入れないだろうことは想像できるため、それ以上は何も言わなかった。

「まぁ、いいけど……で、今日の放課後に教室ってことでいいの? 文香を呼び出すの」

「あぁ、頼む」

「ん。それじゃメール……って思ったけど、直接伝えたほうがいいかもだから、あとで話して」

 メールで伝えてもいいのだが、これからまた授業があるため、スマートフォンを見ている暇がなくなってしまうことは目に見えている。

 入れ違いになる可能性を考えて、直接、伝えた方がよさそうだと判断し、直接話をすることに予定を変更した。

 いや、変更しようとしたのだが。

「なぁに二人して話してんの?」

 いつの間にかやってきていた文香の方から声をかけてきたため、その手間が省けた。

 すぐ近くに佐奈を含めて二人ほど、クラスメイトがいるところを察するに、彼女たちはさっさと昼食を終えて教室に戻ってきたようだ。

「成昌にあの話についてちょっとねぇ」

「あの話……お! てことは、安倍も参加して――」

「やらん」

「くれると思ったのにまさかの否定⁈」

 桔梗が説得すれば、成昌でも簡単に参加してくれるのではないか、という文香の期待が一瞬で崩れた瞬間である。

 桔梗に文句を言おうとする文香であったが、桔梗は話をしておく、としか言っておらず、説得して入部届にサインさせるとまでは言っていない。

 そのことを思い出し、喉の奥までせりあがってきた桔梗への文句の言葉をどうにか押さえつけ、文香は成昌に詰め寄った。

「お願い! 安倍の協力が是非にも必要なのよ!」

「知らん。そもそも俺には部活に参加している時間がない」

「そこを何とか! なんだったら、あまり顔出さない幽霊部員ってことでもいいから!」

「……神社の人間が幽霊って、ちと笑えねぇぞ」

「そういう意味じゃない!」

 文香なりに説得を試み、成昌に言葉を投げるが、投げ返されてくる言葉はどれも色よいものとはいえない。

 少しの間、二人は周囲にいるクラスメイトのことを気にすることなく、会話を続けていたが。

「桔梗、安倍ってあんなに喋れたっけ?」

「いつもならすぐ会話切り上げちゃうような気がするけど」

「まぁ、珍しいっちゃ珍しいよ? 成昌があんなに他人と話しするのは……ていうか、なんでわたしに聞くのかな?」

 成昌の保護者として扱われているのか、それとも成昌と桔梗が何かを話している場面を多く見かけることがあったからなのか。

 文香と一緒に行動していた二人が問いかけてきた言葉に、桔梗に苦笑を浮かべながら返す。

 それにつられたのか、それとも文香と成昌のやり取りに呆れているのか。

 佐奈も桔梗と同じように苦笑を浮かべていた。

 そうこうしているうちに、昼休み終了五分前となったのだが。

「なら、名前だけは貸してやる。けど活動には参加しないからな!」

「オーケーオーケー! まったく問題ない、大丈夫!」

 ため息交じりになっている成昌の口から出てきた言葉に、文香は満面の笑みを浮かべながらそう答えていた。

 どうやら、名前を貸すことで決着したようだが、心なしか成昌の顔から、桔梗は疲労を感じる。

 どうにか自分の意地を貫き、部活動に参加することも、名前を貸すことも阻止しようとしたようだが、文香の意地と持久力がそれを許してくれなかった。

 意地の張り合いと言えばそれまでだが、成昌としては貫きたい意地だったのだろう。

 その意地を貫き通すために戦い続けたが、その戦いに敗れたことで敗北感と戦いで使った体力の疲労が一気に襲いかかってきたのだろうと、桔梗は勝手に予測し。

「なんというか……お疲れ様」

 ねぎらいの言葉を成昌に贈っていた。

 その言葉を成昌は素直に受け取ったらしく。

「ありがとさんよ」

 と、お礼を言っていた。

 だが。

「けどよぉ、このままで終わると思うか?」

「え? どゆこと?」

「藤原が名前を貸すだけで満足すると思うかってことだよ」

 どうやら、成昌としてはこのまま名前を貸すだけで文香が満足するはずがないと考えているようだ。

 だが、他人に対してあまり信頼感を抱かない成昌とは正反対の性格をしている桔梗は、文香の言葉を素直に受け取ったらしく。

「え? 満足すると思うけど? だって、それだけで満足するから名前を貸すだけだって言ってもオーケーだって……」

 文香の言葉には裏がないと考えているようだ。

「んなわけないだろ」

 だが、成昌はその考えを真っ向から否定する。

「あいつの性格を考えてみろ。絶対、何かしらに首つっこむぞ?」

「……あ」

 そこまで言われて、桔梗はほんの数分前に体験した文香の尋常ではないほど強い好奇心を思い出す。

 彼女のあの好奇心であれば、確かに何かしらに首を突っ込み、収集付かなくなった結果、自分たちを頼ってくるという構図が生み出されることは、容易に想像できる。

 あまりのインパクトの強さとのこぎりでも切断が難しそうなほど図太い神経に呆れと強いストレスを覚えてしまったため、この十数分間ですっかり忘れてしまっていたようだ。

「……どうしよう、成昌。わたし、あっさり名前の使用許可、出しちゃった……」

「やっちまったもんは、もう仕方ねぇ……腹くくるしかないだろ」

「えぇ……」

「ったく……」

 肩を落とす桔梗の様子に、成昌は呆れたと言わんばかりのため息をつく。

 本当なら名前を貸す、という行為自体を成昌はあまりやりたくはなかった。

 名前というものは、目の前にある存在を人間が認識できる世界の中に迎え入れ、固定する楔のようなものだ。

 その楔がなければ、この世界に存在する生命体を含めた、ありとあらゆる物体と現象は、存在していても存在していないものとなってしまう。

 いや、そもそもこの世界に存在しているもので、名をつけることができないということは、この世界に『存在できない』ということになる。

 まさに『呪い』とも呼べるようなその特性ゆえ、二人の先祖は。

『この世のものの根本的な有りようを縛るものは名前であり、ものを縛ることは『しゅ』の働きによるもの。ゆえに名前とは、この世で最も短い『呪』である』

 と書き記している。

 むろん、名前をつけられなければ、この世界に存在できないというわけではないが、名前の有無で、その物体や現象、生命体の在り方を理解し、紐解くきっかけとなることに違いはない。

 その意味でも、名前とは非常に重要なのだと、成昌は解釈していた。

「それだけ大事なもんなんだから、特に霊とか妖とか化け物には安易に名乗るな。うちらの家訓なんだからよぉ」

「とはいっても、相手は文香だったし。それに、あのまま名前を貸すってことで了承してくれなかったら、しつこく迫られてたよ? わたしたち」

「……それは否定できない。というか、ありありと浮かぶな、その光景」

「でしょ?」

「まぁ、それを回避するために名前を貸したってのは、やっぱり俺たちの責任だろ」

「……やっぱり?」

 スイッチが入ったことで暴走状態になり、持ち前の好奇心と同等かそれ以上の強さの押しで迫ってくる文香の姿をありありと思い浮かべた二人は、名前を貸すが活動には参加しないという妥協案でどうにかできたことが、むしろ奇跡と思えてきた。

 ならば、その結果、発生してくる面倒事は引き受けるくらいのことは自分たちの責任の範囲内となる。

 面倒ではあっても、その面倒を呼び込む行為をしたのは間違いなく自分たちであるため、腹をくくって、文香が持ち込んでくるであろう面倒事を受け入れるしかない。

 それを理解したうえで、成昌はあえて自分の名前を貸すことに決めたのだ。

 そのことを理解した桔梗は、巻き込んだ張本人であるということもあるが。

――成昌がここまで覚悟決めてるんだったら、わたしも腹くくらないとじゃない……

 成昌の覚悟に引っ張られる形ではあるが、ようやく、自分も覚悟を決めたようだ。

「それはそれとして、早く支度しねぇと授業、始まるぞ?」

「うぇっ⁈」

 成昌の一言で、ほとんどのクラスメイトたちが次の授業の準備を始めていることに気づき、桔梗は急いで次の授業の準備を始めた。




 放課後になり、文香は早速、成昌と桔梗に教室で待っているよう伝え、職員室へと向かい、数分後に一枚の紙を片手に戻ってきた。

 どうやら、部活を作るために必要な書類を持ってきたらしい。

「さ、二人ともここにサインちょうだい! わたしのはもう書いてあるから!」

「わかったから、少し落ち着け……」

 鼻息を荒くしている文香の様子に、成昌はもうどうにでもなれと言いたそうなため息をつき、書類を受け取る。

 書類に示された場所に自分の名前を記すと、その書類を桔梗へと手渡す。

 書類を受け取り、桔梗も成昌の名前の下に自分の名前を書き、文香へと手渡した。

 二人の名前が記されていることに満足した文香は、二人に礼を言って、足早に教室を立ち去っていく。

 その様子に。

「……先が思いやられる」

「だね……」

 二人そろって、ため息をついていた。

 そんな二人の様子なんぞ知ったことではない文香は、意気揚々と職員室へと向かっていき、二人のサインが記された書類を担任に手渡す。

 書類を受け取った担任は、不備がないかを確認するため、じっくりと目を通すが。

「……うん、大丈夫だな」

 特に問題は見つからず、このまま受理しても大丈夫だろうという判断を下した。

「それじゃ……」

「あぁ、これで受理できるだろう」

 担任のその言葉に、文香はガッツポーズを取りながら、喜びの声をあげる。

 その声量が大きすぎたため、担任からは静かにするよう注意を受け、謝罪した。

 謝罪はしたのだが。

――こいつ、あんまり反省してないな……

 と担任から思われていたのだが、そんなことは気にする様子もなく、文香は担任にお礼を言って、職員室を後にした。

 職員室を退出し、廊下を意気揚々と歩きながら。

――さぁ、どんな謎でも怪異でもどんど来なさい! この美少女オカルト探偵藤原文香と愉快な仲間たちがびしっとばっちり解決してやるんだから!

 活動には参加せず名前だけ貸す、という条件で書類にサインしてもらったはずなのに、そのことをすっかり忘れているかのように、まだ見ぬ怪異との遭遇に文香は心躍らせていた。

 翌日以降、文香に巻き込まれ、二人は文香が創設したオカルト探偵部で、桜沢高校で巻き起こる怪異を解決することになる。

 そうして過ごすうちに、高校の中だけでなく、私生活の中で遭遇した怪異に関する相談も受け付けてくれる、オカルト専門の相談所として桜沢高校の名物となっていくのだが、それはまた別の話。

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女子高生の怪異奇譚 風間義介 @ruin23th

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