第19話 女子高生、己が野望に他者を巻き込まんとする

 自販機へと向かう道中、桔梗はふと思い出したように文香に問いかけた。

「で、どう?」

「え?」

「本物を目の当たりにして、本当の怪異に遭遇して。文香のオカルト趣味はこれでおしまいかな? って思ったの」

 その問いかけに、文香は腕を組み、これまでのことを振り返りながら考え込んだ。

 たしかに、今まで生きてきた中でこれ以上ないほどの恐怖を味わった気がする。

 だが、だからと言ってオカルトに対する情熱が消えるわけがない。

 むしろ。

「わたしの好奇心、めちゃくちゃ燃え上がってるのよ!」

「へ?」

「なんというかね、わたしの知らない世界ってのがまだまだあるんだなぁって実感したっていうのかな? 本とか雑誌とかネット記事とか色々読んできたし、実際に心霊現象が起きた場所とか訪ねてみたことはあったけど、あんなことが実際に起こるなんて夢にも思わなかったもの!」

 どうやら、一歩間違えば命の危険があったという事実を。

「まぁ、実際問題、命の危険にさらされたわけだから、今後はそんなことに巻き込まれるのはごめんだけれどね」

 忘れていたわけではないようだが、それまで実在するはずがないと考えていた妖怪の類が自分の目の前で、しかも見習いとはいえ本物の霊能力者が戦っている姿に、一種のアトラクションのような興奮を覚えてしまったらしい。

 普通ならば、命の危険にさらされたり、科学的、論理的に説明のつかない現象に巻き込まれたりすれば、最悪の場合、トラウマとなってしまい、金輪際、関わりたくないと思うようになる。

 ところが、文香の場合はその反対で、好奇心に火をくべてしまったらしく、焚火どころか城一つが焼け落ちするほど、燃え上がってしまったようだ。

「そ、そうなんだ……へぇ……」

 これまで遭遇してきたなかで最も珍しいケースに遭遇したからか、それとも文香のオカルト関連に対する好奇心の強さに、少しばかり引いてしまった。

 目の前にいる同級生の好奇心の強さは、天井と言うものを知らないのだろうか。

 そんな感想を抱いていた桔梗に、文香は追い打ちをかけるように自分が計画していることを口にする。

「実はさ、わたし、部活を作ろうと思ってんの」

「へ、へぇ……どんな部活?」

「オカルト探偵部。まぁ、オカルト研究部みたいなものかな?」

「はいぃぃぃぃっ⁈」

「いやぁ、もしかしたらもっと刺激的なことに遭遇するかもしれないって思ったら、こりゃ部活にするしかないなぁって!」

 カラカラと笑みを浮かべながら宣言する文香に、桔梗はもはや笑みを浮かべることすらできなくなっていた。

 それどころか。

――いや、なに自分から地雷原に突っ込んでってタップダンス踊るようなことするわけ⁈ 普通、『もうヤダ怖い! おうち帰る!』みたいな風になるんじゃないの⁈ ほんと、この子の神経、どうなってんのよ⁈

 自分から危険に足を突っ込むようなことをしている文香の神経が正常なのか疑ってしまっていた。

 危険な目に遭うことを承知で行動してしまう人間と言うものは、幾人か存在し、傍観者たちはそれを挑戦者チャレンジャーと呼んでもてはやしている。

 その挑戦に成功した人間には、傍観していた人々から成功者としての多大な称賛が送られてきたため、その称賛欲しさに多くの人間が無謀な挑戦を行ってきた。

 だが、文香の場合、自身の健康を害したばかりでなく、命の危険すら感じる場面すらあったというのに、なおも平気そうな顔をしている。

 好奇心が強すぎる、と言えば聞こえはいいのかもしれないが、度が過ぎているように桔梗は感じているようだ。

 もはや関心を通り越して、呆れすら覚えるようなその態度に、桔梗はため息をついた。

――あぁ、もうやめよ。この子のことで色々考えても仕方ないわ……

 考えること自体が自分の心身に支障をきたすものであることを理解したのか、それ以上、文香の好奇心について考えることはやめたが、思考を停止させたところで文香が桔梗を巻き込むことをやめるわけではなかった。

「あ。そうだ、桔梗に一つ頼もうと思ったことあったんだった」

「……え?」

 何やら嫌な予感を覚えつつ、桔梗は文香の頼み事を聞く姿勢に入る。

 案の定、文香の口から妖退治以上に厄介になるであろう言葉が飛び出してきた。

「部活を立ち上げるのに、メンバーが三人必要なのよ」

「……まさかと思うけど、そのメンバーの一人に」

「うん。桔梗も参加してもらうかなと思って」

 文香のその言葉に、桔梗はめまいを覚え、壁に手をつく。

 予想していたとはいえ、まさか本当に部活に勧誘してくると思ってはいなかったのだ。

――いや、たしかに相談に乗ったり成昌紹介したりしたけども! よりにもよってメンバー勧誘とかってある⁈ ほかにもメンバーいたでしょうが!

 別に文香と一緒に何かをしたくないというわけではない。

 だが、桔梗がしたい『何か』というのは、ショッピングモールで買い物をしたり、同じ映画を見たり、アイドルグループやアーティストのライブに行ったりという、一般的な女子高生が楽しむことだ。

 確かに部活もその中の一つに分類されはするが、よりにもよって厄介事の種を持ち込んでくるであろうことが目に見えていることをしたいとは、桔梗は思っていない。

 できることならば断わりたいところだ。

 断りたいところなのだが。

――捨てられた子犬とか猫みたいな目で見られたら、助けたいって気持ちになっちゃうじゃない!

 なんだかんだ言っても面倒見がいい性格をしている桔梗は、文香の目を見てしまい、『手助けしてやりたい』という衝動がこみ上げている。

 お人好しの性格からその衝動に抗うことができず。

「……わかった。ひとまず名前だけ貸してあげる。でも活動はしないからね?」

「やった! ありがとう!」

 名前だけを貸す、という条件で部員となることを承認したのだった。

 人の気持ちも知らずに喜んでいる文香を横目に。

――あ~、もう……なんでこんな面倒くさい性格になっちゃったかなぁ、わたし……

 心中で溜息をつく桔梗であった。

 だが、ここでさらにもう一つ、文香に聞かなければならないことができ、桔梗は恐る恐ると言った様子で文香に問いかける。

「ね、ねぇ、文香? まさかもう一人のメンバーって……」

「うん。安倍を誘う予定」

 あっけらかんとした態度の返答に、桔梗は心中で。ですよねぇ、と返し、苦笑を浮かべた。

 オカルト研究と銘打っている以上、当然、自分と部員が怪異や怪異にまつわるトラブルに巻き込まれる可能性は考慮しており、その解決を行うための人員が必要となることもわかっている。

 そこで、まっさきに思いついた人間が成昌だった。

 怪異関連のトラブルの解決をしてきたという噂だけでなく、実際に文香自身の目の前で怪異の元凶であった妖狐を封印して見せた。

 その実力を高く評価してのことのようだ。

「それにさ、もしかしたら部活をきっかけに安倍も多少は人とコミュニケーションを取ろうとするようになるかもしれないじゃない?」

 多少強引な感じは否めないが、文香は自分たちの身を守るためだけの理由で成昌を勧誘しようとしているわけではなかったらしい。

 依頼を通じ、桔梗を通してではあるが、文香は少しだけ、安倍成昌という人間の人となりを知ることができた。

 決して悪人であるというわけではないが、過去の経験から露悪的にならざるを得なかった同級生に、桔梗と家族以外の人間が敵ばかりと言うわけでは決してない、ということを気づいてほしかったようだ。

 その点に関しては桔梗も同意見であり。

「……わかった。それじゃ、成昌にはわたしから話しておくから」

 と、先ほどよりは前向きに対応することを約束していた。

「よろしくねぇ~……あ、けどその前の報酬渡しておいた方がいいか」

 そもそも、成昌に報酬として何を渡したらいいかを相談するつもりだったのだが、すっかり話が脱線してしまっていたことに気づき、文香は桔梗に改めて報酬のことを問いかける。

 その切り替えの早さと、そもそもの目的を忘れてしまっている残念さに、桔梗はため息をついていた。

 その後、成昌に何を報酬として奢ればいいのか桔梗と相談した文香は、肩の荷が下りたらしく、ニコニコ顔で食堂へ向かっていく。

 その背中を見送りながら桔梗は、本日、二度目のため息をついて。

「藪突っついたら蛇どころか八岐大蛇(やまたのおろち)が出てきちゃったなぁ……ごめん、成昌」

 この場にいない成昌に、両手を合わせて謝罪していた。

 なお、その謝罪を終わらせてから数十秒後。

「……あれ? そういえば、わたしの分のジュース……」

 自分の分の招集について話し合うことをすっかり忘れていたことに気づいた。

 だが、それに気づいたときには文香の姿は見えなくなっていたため。

――また今度にしよう……

 今はこれ以上、文香に関わるとストレスで胃に穴が開くような気がして、ひとまず距離を置くことを選んだ。

 だが、文香と距離を置いて、彼女から受けるストレスが減ったことは確かなのだが。

――成昌の説得、どうしようかなぁ……

 桔梗には桔梗で別の問題が存在していた。

 成昌の説得が一筋縄ではいかないことは、桔梗が一番よくわかっている。

 他者と関わることがあまり好きではない成昌にとって、部活動に参加するということは苦痛以外の何物でもない。

 文香のことだから、活動内容としてはおそらく、『こっくりさん』や『ウィジャ盤』のような降霊術の類を実験したり、実際に怪奇現象が起きたという噂がある場所を訪問したりということになるのだろう。

 その延長で、自分たちからオカルト的な内容の悩み事を解決することを宣伝し、成昌に事件を解決させようとしているのかもしれない。

 個人的に引き受ける分には構わないと思うのだろうが、文香や部活を通して依頼を引き受けるということになると。

『藤原にいいように利用されるみたいでなんか腹立つ』

 と文句を言ってくることが目に見えている。

 同じ理由で、部活への参加も渋ることになるだろう。

 我ながら安請け合いであったことを、今更ながら後悔する桔梗であったが。

――まぁけど、名前を貸すだけで実際に参加する必要はないってことにすれば成昌も納得してくれる、よね? たぶん……

 とりあえず、自分と同じく、実際に部活に参加するのではなく、立ち上げのために名前を貸すくらいのことであれば、さほど労力をかけずに成昌を説得することもできるだろう。

 そうであることを祈りながら、桔梗はひとまず、その方向で成昌を説得することに決め。

「って、早くしないと食べる時間なくなっちゃう!」

 自分がお弁当を食べる場所を確保するため、急いで自分の席に置いていたカバンからお弁当を取り出す。

 ふと、成昌のほうを見ると、成昌は一人で黙々とお弁当を食べている様子が目に入る。

 先ほどの文香からの頼みをさっさと終わらせるには今が絶好の機会だと感じ、お弁当を持ったまま、成昌の前に歩み寄り、お弁当箱を置いた。

 その瞬間、成昌は視線を桔梗に向けるが、特に何かを言うわけでもなく、再びお弁当の中身を食べ始める。

「成昌、ちょっといい?」

 そんな様子の成昌に、お弁当箱を広げながら桔梗が声をかけた。

 声をかけられた成昌は視線だけ桔梗に向けてくる。

 その視線の意図を察した桔梗は、お弁当箱を開きながら。

「さっき、文香がわたしたちを部活動に誘ってきたの」

「そうか……ん? わたし『たち』?」

「そ。あなたとわたし」

「は? ほんとか、それ」

「ほんともほんと。あんまりにもしつこかったから、わたし、名前は貸すことにしたの」

「それだけでいいって、本人が言ったのか?」

「うん。だから、成昌も名前だけ貸して、活動には参加しないって方向でいいんじゃないかなって」

「え、俺ゃお断りなんだけど?」

 何を言ってるんだ、と言いたそうな顔で成昌は箸を止め、桔梗に視線を向ける。

 その表情はものすごく嫌がっていることがわかるほど、嫌悪感に満ち満ちていた。

 わかっていたことではあったが、まさか本当に予想通りの顔をすると思わなかった桔梗は苦笑を浮かべ。

「けど、ここで断っても、多分、放課後とかに文香が直接、スカウトしに来ると思うよ?」

「……ありありと浮かぶな、その未来」

 桔梗の言葉に、成昌は額を指で押さえる。

 だが、それでも抵抗することをあきらめてはいないようで。

「俺が部活に入ってない理由、知ってんだろ? なんで話があった時に断ってくれなかったんだよ?」

「そりゃ、成昌が神社のこととか儀式のこととかいろいろ勉強しなきゃいけないから部活に入ってる暇がないってのは知ってるし、そのことは話そうとしたんだけどさ」

「話す間もなく、その場からいなくなった、と?」

「そゆこと」

 桔梗の返答に成昌は大きくため息をついた。

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