第5話 巻き込んだ同級生
翌日。
文香はやはり寝不足であったらしく、顔色があまりよくない状態で登校していた。
桔梗に話したことでその時は多少すっきりしたのだが、他人に話したところで解決するようなことではないようだ。
――やっぱり話しただけじゃだめかぁ……使った紙も十円玉も全部正しく処分したはずなのに、なんでこんなことが起きるんだろう……
『こっくりさん』をベースにして作られたと思われる降霊術として話題になった『天使さま』は、ベースになった『こっくりさん』と同様、使用した紙と十円玉は正しい手順で処分しなければならないというルールがある。
そのルールに従って処分したにも関わらず、悪夢に襲われているこの現状に文香は不満を漏らし始めていた。
本格的にお祓いや拝み屋に相談した方がいいのではないか、と真剣に考え始めたその時。
「文香~」
背後から桔梗の声が聞こえてきた。
振り返ると、満面の笑みを浮かべた桔梗が男子を引っ張りながら自分の方へ歩み寄ってくる光景が目に入る。
「あ、おはよう。桔梗」
「おはよう! ほら、成昌。あなたも」
「関わる気があまりないってのに、なんで挨拶しなきゃならん……」
「挨拶は人としての基本でしょ? いいからほら!」
引っ張られてきた男子は、昨日、文香の顔を見て、本人の目の前で「つかれている」と言ってきた男子生徒、安倍成昌だった。
思春期の女子高生である文香は、異性と過ごすよりも同性と過ごすことが多く、目の前にいる成昌とも当然、交流があまりない。
だが、成昌がクラスメイトとあまり交流を持つつもりがない態度を取っていることはよく知っている。
そんな彼が、桔梗に促されたとはいえ。
「……おはようさん」
ぶっきらぼうな態度で文香に挨拶をしてきた。
「お、おはよう……」
他人と交流を持ちたがらないため、クラスで一番のお節介焼きに促されても挨拶をしないのではないか、という予想を裏切られたことで、文香は少しばかり動揺しながら、成昌に挨拶を返す。
だが、成昌本人はあまり気乗りしていなかったらしく。
「じゃ、そういうわけで」
「って、なんで勝手に行こうとするのよ!」
「今日は顔合わせるだけって話だったろうが……」
「でも、ちゃんと話を聞いてあげないと今後の方針を立てることとか対策を練るとかできないでしょ?」
「だから、仮に俺や桔梗の領分だったとして、そうなることは藤原も覚悟の上だったはずだ。なら、甘んじて受け入れる覚悟もできてるはずだから手出しはしないって話もしたよな?」
「けど、同じクラスメイトなんだよ?」
「卒業したら縁が切れるんだから今から切れててもおかしくないだろ?」
帰ろうとしたところを桔梗に引き留められ、そのまま口論になっていた。
内容を聞く限り、どうやら成昌もオカルト方面には詳しい人間であるようだ。
同時に、桔梗から悪夢のことを聞いていたということは。
文香は一つの予想を立てて、口論を続け得ている桔梗に問いかける。
「ねぇ、桔梗」
「え? あ、ごめん。どうしたの?」
「もしかして、桔梗が話してた『オカルト方面に詳しい知り合い』って、安倍のこと?」
その問いかけに、桔梗は満面の笑みを浮かべながら答えを返す。
「うん! 少なくとも、わたしが知っている中で二番目くらいにオカルト方面に詳しくて信頼できる人」
「え、一番じゃないんだ?」
「一番は成昌のお父さんだし」
「……ちょっと待って、色々と聞きたいことが山積みになってきたんだけど」
桔梗が相談できると言っていた人物が、今目の前にいる交流があまりない男子であることもそうだが、その男子と桔梗が個人的な知り合いであるかのような発言に、文香は混乱し始めていた。
だが、文香の困惑をよそに、成昌は。
「いまはどうでもいいだろ。それより、早く行かないと遅刻だぞ」
門限が迫っている事実を突きつけてきた。
遅刻をするわけにもいかないため、桔梗も文香も走り出しながら。
「それじゃ、放課後にもう一回、話してもらうから逃げないでよ?」
「色々聞きたいこともあるから、逃げないでよ⁈」
成昌が勝手に帰ってしまうことを前提にしているかのようなセリフを残していった。
その背中を見送りながら。
「……勝手に引っ張ってきたくせしやがって、しまいにゃ自分一人で行くとか……ありか? そんなん……」
理不尽な扱いをされているような感覚に、ため息をつきながら同じ制服を着て周囲を歩いている若者たちと同じ速度で歩き始めた。
放課後になり、成昌は桔梗と文香に挟まれた状態で、割り当てられた自分の席に座っていた。
朝、逃げるなと言われていたにもかかわらず、勝手に帰ろうとしていたためにこうなってしまったのだが、ある意味で自業自得である。
そのことをわかっているからか、それとももともと運良く逃げられればいいな、という程度にしか思っていなかったためか、成昌は観念したかのように両手をあげて。
「わかった。わかったからひとまず俺を囲むことのは勘弁してくれ」
降参のポーズをとった。
その態度に桔梗は、最初からそうすればいいのに、とでも言いたそうにため息をつ。
「わかればよろしい……まったく、最初から逃げようとか考えなきゃ、こんな面倒なことにならなかったのよ?」
「いや、どっちにしても面倒事なのは変わりないだろ?」
「あら? 案外、思ったほど面倒じゃないかもしれないじゃない」
「思った以上に面倒だった。なんてこともありえるよな?」
「……なんでそうもひねくれてるのよ!」
協力する気があるのかないのか、今一つはっきりしない態度に桔梗は目くじらを立てる。
その様子に、文香は目を丸くしていた。
「……桔梗、あんた怒ることもできたんだ……」
「そりゃできるだろ」
「いや、いままで桔梗が怒ったところなんて見たことなかったから」
クラスで一番のお人好しとして知られている桔梗は、文香の言う通り、クラスメイトに対して怒るということ自体があまり――いや、滅多にあることではない。
少なくとも、いままでクラスメイトの相談に乗ったり話をしたりしている中で、桔梗の怒りを買いそうなことを言ったり、相談している本人でなくても怒りを覚えそうなことを聞いたりしても、彼女は常に笑みを浮かべている。
そんな桔梗が、目を吊り上げて怒りをあらわにしているのだから、驚きもするというもの。
だが、成昌はそう思っていないらしく。
「いや、桔梗はわりと怒るぞ? 教師にあいさつしなかったり頼まれたことを忘れたりしたときは特に」
「家業を継ぐために色々勉強しないといけないのはわかるけど、それでもおろそかにしちゃいけないことをおろそかにしてるんだから、怒るのは当然でしょ」
「ほれこの通り」
「何が、ほれこの通り、よ! いまのは成昌がおちょくってくるからでしょうが!」
「それを軽く受け流すくらいの努力はしたらどうだ? お節介焼きは別にどうとも思わんが、俺みたいな連中がいないとも限らんだろう?」
「大丈夫ですぅ! ひねくれて反論するのはあなたくらいなものですぅ!」
一見すれば、お節介焼きがひねくれものと口論をしている光景だが、文香は二人のそのやり取りに違和感を覚えていた。
桔梗が言うように、彼女がお節介を焼いて助言したり助っ人を申し出たりして、それらを拒否したり反論したりした人間は、少なくともクラスの中にはいない。
それができない理由を男子に限って言及するのであれば、桔梗の愛らしさも相まって反論する気がなくなってしまうというところが大部分のようが。
それはともかくとして、文香の知る範囲の中だけで言えば、桔梗に対して徹底的に反論してきただけでなく、忠告めいた反論を入れてきたクラスメイトは成昌が初めてだ。
かといって、二人の間に険悪な雰囲気が流れているわけでもない。
むしろ、他愛ない理由で言い争いをしているような、一日経てばお互いケロッと忘れて元通りの仲に戻るような。兄弟姉妹喧嘩でもしているかのような雰囲気だ。
「あ、あのぉ……」
「んだよ?」
「なに?」
言い争いを続ける二人に声をかけた瞬間、じろり、と少しばかり棘のある鋭い視線を向けられた文香だが、その威圧感に負けて引いてしまわないよう、ちょっとばかり勇気を出し、二人に問いかける。
「二人、なんか仲よさそうな感じがするけど、もしかして……」
付き合っているのではないか、と問いかけようとした瞬間、桔梗は顔をトマトかりんごのように真っ赤に染め上げ。
「……そ、そそそそそんなんじゃないわよ!」
両手をぶんぶんと顔の前で振って全力で否定してくる。
交際していない、ということは事実であろうが、少なくとも、桔梗は成昌に淡い思いのようなものを抱いていることを推察させるには十分な態度だ。
一方。
「桔梗はうちに居候してるだけの遠縁だ。お前さんが想像しているようなお花畑な関係じゃないから安心しろ」
成昌の方は、何を馬鹿なことを聞いてるんだ、とでも言いたそうにため息をついて返してきた。
成昌の口から告げられた衝撃の事実に、文香は目を丸くする。
「え? ね、ねぇなんかすっごくびっくりなことを言った気がするんだけど、もう一回、言ってもらっていい?」
「あ? だから、俺と桔梗はお前さんが想像しているようなお花畑な感じ……」
「いや、それじゃなくて、その前!」
「……桔梗がうちに居候してる遠縁だってことか?」
「そうそれ! てか、遠縁ってのはともかく、桔梗が安倍くんの家に居候してるってどういうことよ⁉」
「いや、どういうこともなにも、そのままの事実なんだけど……」
文香の言葉に、桔梗が苦笑を浮かべながら返す。
曰く、桔梗と成昌は曽祖父の父、高祖父が兄弟同士で、そのさらに上の代をたどれば、もっと多くの血縁者がいるそうだ。
そのなかには当然、高祖父とは関係のない家の名字を名乗っている人間もおり、桔梗はそのなかの一人なのだという。
そして、居候している理由についてだが。
「わたしの実家ってさ、成昌のとこと同じで神社なんだよね。で、わたしも一応、跡取りとして勉強しておこうって思ってるの」
神社の神主になるには、神官の資格を取得する必要がある。
当然、日本国内で取得可能な資格ではあるが、現在、その資格を取得するために必要となる課程を修めることができる大学が国内には二校しか存在しておらず、そのうちの。
ちょうど血縁者もいるということで、一人暮らしをさせるより、血縁者のいる場所に居候させたほうがまだまし、と考えたようだ。
結果、成昌と桔梗が同棲することになったのだが、そのことについて桔梗はわざわざ外部に教える気はないし、成昌はそもそもあまり他人と話すことをしないため、学校内でこのことを知っている人間は教師以外ほとんどいない。
クラスメイトであるとはいえ、そこまで親しい仲というわけではない文香が知らないということは、無理からぬ事実であった。
そこまで説明されて、ようやく事情を呑み込むことができた文香ではあるが。
「う~ん……うぅ、ん?」
「理屈はわかるが、納得ができないって感じか?」
首を傾げ続ける様子に、成昌はため息をつく。
桔梗はその様子に苦笑を浮かべながら同意を示す。
「そんな感じだねぇ……いや、無理に納得する必要はない気がするけど」
「てかそもそも、他人の家の事情に首を突っ込むこと自体がおかしいということに気づいているのか? こいつ」
「興味本位で『こっくりさん』やっちゃうような人だし、人の家の事情だってことはわかってても首を突っ込まずにはいられないんじゃない?」
他人の家の事情について気にしている文香の様子に、呆れた、と言わんばかりの様子で溜息をついていた成昌だったが、桔梗の言葉に目を丸くし、素っ頓狂な声をあげる。
「ちょっと待て。今なんつった?」
「え? だから、人の家の事情ってわかってても……」
「そこじゃない。そのひとつ前……って、ベタなこと言わすんじゃねぇよ!」
売れない芸人か、使い古されたギャグのようなやり取りに文句を言いってくる成昌だったが、本気で怒っているという様子はない。
そのことをわかっているかのように、桔梗も笑みを浮かべながら、成昌が求めていた言葉を復唱した。
その言葉に成昌は気が遠くなったのか、額を抑え、倒れないように踏ん張る様子に、文香は目を丸くする。
「え? ちょ、大丈夫?」
「大丈夫? じゃねぇよ。お前、何考えてんだよ?」
「え?」
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