第6話 同級生からの贈り物

 桔梗の口から、文香が『こっくりさん』を行ったという事実を聞き、めまいを覚えたのか。

 成昌は額を抑え倒れないよう踏ん張る様子に、思わず大丈夫か声をかけたが成昌の返答は、何を考えているのか、というものだった。

 その言葉の意図が分からず、文香が目を丸くしていると、成昌はため息交じりにその意図を語り始める。

「『こっくりさん』なんてやったら、呼びたくなくても呼んじまうだろうが」

「呼ぶって……え? 幽霊とかのこと?」

 ぽかんとした様子で答えを返す文香に、成昌の堪忍袋が切れてしまったのか。

「それ以外に何があるってんだよ!」

 校庭にまで届くような怒鳴り声で文香に返してきた。

 とっさに耳をふさいだため、あまり被害を受けなかったが、いきなり怒鳴られたことには腹を立てたらしく。

「でも、『こっくりさん』にしてもウィジャ盤にしてもターニングテーブルにしても、降霊術なんて成功率そんなに高くないんだから、別にそんな気にしなくてもよくない?」

 自分なりに調べ、それなりに安全であるという根拠を口にした。

「そもそも、わたしたちがやってたのは『天使さま』。呼び出すのは天使であって、『こっくりさん』みたいに浮遊霊や動物霊を呼ぶわけじゃないのよ?」

 『こっくりさん』は日本で最もメジャーな降霊術と言えるためか、『こっくりさん』には数多くのバリエーションが存在している。

 『権現様ごんげんさま』、『エンジェルさん』、『キューピッドさん』など、呼び方こそ様々なものがある。

 おそらく、『天使さま』という呼び名もそのうちの一つなのだろう。

 だが、怒鳴り声こそ出さなかったが、そんなことは関係ないとばかりに成昌は続ける。

「成功率が高くないからこそ、当たった時が怖いんだっての。つか、『天使さま』だか『天使さん』だか知らんが、結局は降霊術の類。『こっくりさん』と大して変わらん」

 成昌のいうように、『こっくりさん』も『天使さま』も用意するものや行うこと。さらに言えば呼び出す存在を指定しないという点も同じだ。

 そもそも、『こっくりさん』の「こっくり」とは、狐狗狸こくり。狐、やまいぬ、狸の三種の動物を指すとされている。

 『こっくりさん』が呼び出す霊は狐などの動物霊、というイメージが強い理由はこのためだという。

 対して、『権現様』、『エンジェルさん』、『キューピッドさん』はいずれも神そのものか神の使いをイメージさせる名前である。

 そのため、『こっくりさん』と異なり、危険が少ないと認識されているのだが、呼び出す霊を指定しているわけではない。

 いくら名前からのイメージが先行しているからといっても、結局、何を呼び出しているのかがわからないということに変わりはなく、危険度が低くなるというわけでもない。

 だが、文香はまだそのことに納得できていないようで。

「え~? ほんとでござるかぁ?」

 と、ふざけた様子で成昌に反論をしていた。

 その態度が、成昌の怒りに触れたらしい。

「……お前、自分がいま置かれている状況わかってんのか?」

 大声をあげたり怒鳴ったりこそしなかったものの、その声色に込められた感情は、決して優しいものではない。

 ともすれば、腹の底が冷えるような。体の芯から震えるような感覚すら覚えるような声色で、成昌は文香に問いかけてきていた。

 成昌の声から感じ取った恐怖にどうにか抵抗しつつ、文香は成昌の問いかけに、わかっているつもりだ、という意思を伝える。

 だが、その答えに成昌はため息とともに。

「いいや、わかってないだろ。わかっていてそんな態度を取れるんだっていうなら、よっぽどのお調子者か大バカ者ってことだ」

「あ! いま馬鹿って行ったわよね⁈」

「事実だろ。それともなにか? 別に困ったことは起きてないし、いまのところ実害もないから放っておいて大丈夫だと思うけど、せっかくお節介焼いてもらったんだから会うだけ会ってみようってか?」

「別にそういうつもりじゃ……」

「そういうつもりじゃなくても、お前の態度がそう言ってんだよ……もういい」

 成昌はため息をつき、カバンを持って立ち上がるとそのまま教室の外へと出ようとする。

 桔梗に声をかけられて立ち止まり、桔梗と話はしたが、席に戻ることはなく、教室を出て行ってしまった。

 その様子に、さすがに文香も。

「あぁ……調子に乗りすぎたかなぁ」

 と反省の言葉を口にする。

 その言葉が耳に届いたのか、桔梗はため息交じりに文句を言ってきた。

「ほんとだよ。いくらいままで霊障らしい霊障に当たったことがないっていっても、今度はそうもいかないんだから、もうちょっと真剣になったほうがいいよ?」

「え~……? けど実際、夢見が悪いだけだからなぁ」

「まぁ、一週間くらい放っておいて悪い夢を見なくなったらそれはそれでいいことなんだろうけどね」

 何か悪い病気にかかってしまったのではないか、と心配になって医者に診察してもらった結果、薬を飲むくらいで治すことができる病気であったというのなら、それに越したことはない。

 だが、もし何か重大な病気の初期症状であったら。下手をしたら、命を脅かすような病気の前触れであったら。

 原因が病原菌やウィルスではなく、幽霊なのかもしれない、という点で違いはあっても、今回、桔梗が文香を成昌に引き合わせた理由は、そうした不安を取り除く手伝いをしたいと思ったからだ。

 成昌も実家が神社であるという都合、お祓いや霊的な相談で訪れた参拝者の顔を見たことがある。

 その顔は憔悴しきっており、頼ることができるものが、もはや心のどこかでは小ばかにしている霊的な存在しかなくなってしまっているという印象すら受けるその雰囲気を、成昌は幼いころから感じ取っていた。

 そのためか、心の奥底でどう思っているかはわからないにしても、頼ってくるのであれば、相応の態度で応じ、全力で問題に取り組む程度の気概は持ち合わせるように育っていたのだが、文香の態度には苛立ちを覚えているようだ。

 そもそも、よく考えてみれば文香はお祓いや霊的な相談を持ち掛けに来た参拝客たちのように憔悴しきっているというわけではない。

 霊的な存在を呼び出す遊びを面白半分に行った時期と、今まで見たことがないような悪夢を見た時期がたまたま重なっているだけで、何かしら被害が出たというわけではなく、奇妙なことが起きているから相談しておきたいというだけで。文香本人は気軽に構えている。

 その気軽さから出てきている態度が、成昌の怒りに触れているようだ。

「そう思うんだったら、一週間くらい放っておけ。その間に相談されても、俺は何もしないし、するつもりもない」

 はっきりとそう宣言すると、成昌は立ち上がり、教室から立ち去ろうとする。

 それを桔梗が止めに入るが、成昌は二言三言、桔梗と言葉を交わしてから教室を出て行ってしまった。

 その態度に、さすがに軽率だっただろうか、と反省する文香に桔梗が歩み寄り、声をかけてくる。

「大丈夫?」

「まぁ、うん。けど、さすがに軽率だったかなぁって気はしてる」

「……うん、確かに軽率だったかなぁ」

「えぇ? そこは『そんなことないよぉ』って慰めてくれるとこじゃ……」

「わたしにしても、成昌にしても、実家の仕事には誇りを持ってるからねぇ。そこに関わるようなものを軽く見られたら、そりゃ怒りもしたくなるでしょ」

 そう語る桔梗の顔も、どこか怒気をはらんでいるような印象を受ける。

 興味本位とはいえ、降霊術を行ったのならばまだしも、それによって引き起こされているのかもしれない現象をそこまで深刻に考えていないし、そもそも自分に霊障が起きるとも考えていない。

 事態をできる限り軽く見て、あまり気苦労をしないようにしようとする自己防衛であるのかもしれないが、他人を頼るのであれば、それなりに真剣になってほしいというのが桔梗の思っているところなのだろう。

 そこまで言われてようやく、文香が少しばかり反省の意を示すと、桔梗は赤い糸で五芒星が描かれた白いお守り袋を文香に手渡す。

「え、なにこれ」

「さっき、成昌がわたしから渡せって言ってよこしたの」

「けど、なんでお守り? 渡すんだったらお札とか数珠とかじゃないの? 普通」

「いつも持ってて怪しまれたり変に注目を集めたりしないようにって、成昌なりの配慮みたいよ」

「ふ~ん……」

 最近は数珠をファッションとして身に着けることもあるが、アクセサリーの類は校則に触れてしまう。

 ばれなければ問題ない、という考え方もできるのだが、万が一、教師に見つかってしまった場合、没収されてしまうこともありうる。

 もちろん、放課後になれば返してもらえるし、まだ日が出ている時間でもあるため滅多なことで怪異に遭遇することもないだろう。

 だが、遭遇する心配は欠片も存在しないというわけでもない以上、お守りは常に携帯しておくに越したことはない、と考えてのことらしい。

 あんな物言いをしていた上に、普段から他人を気にかけたことがないような態度を取っている成昌がそんな気遣いをすることができたのか、とほんの少し感心していると、文香はあることに気づき、首を傾げた。

「って、なんでもう作ってあったの? まだ相談もしてなかったのに」

 まだ内容も何もわかっていないはずであったにも関わらず、こうしてお守り袋が用意されていることに、文香は奇妙さを覚えたようだ。

 文香のその疑問に、桔梗はきょとんとした顔で返してくる。

「この手の話の相談、成昌もわたしも初めてじゃないし、そっち方面の話かもって、昨日のうちに話しておいたからじゃない?」

「え、話したの?」

「そりゃ話すでしょ。内容まではわからなかったけど、なんとなく昨日の雰囲気で『あ、そっち方面なのかな』っては思ったし」

「あぁ……うん、まぁ、そりゃ話しておく、ものかなぁ……?」

 できることなら、自分の口で話すまで耳に入れておいてほしくはなかったのだが、相談したい内容はある程度、話しておいたほうがスムーズに進むこともある。

 おそらく、桔梗もそのあたりを考慮して、推測の域は出ないまでも相談内容がオカルト方面の内容であることを成昌に伝えたのだろう。

 もっとも、詳しい内容や相談するまでに至った経緯については、さすがに桔梗も知らなかったため、本当にそうであるかの確証はなかっただろうが。

「まぁ、ひとまずそのお守りは持ち歩いた方がいいと思うよ? 態度はあんな感じだったけど、あれで実力はあるみたいだから」

「あるみたいって……なんで推測なのよ」

「いや、だってわたしは直接見てないし。成昌がお祓いしたり占いを的中させたりするところ」

「……なるほど……まぁ、そうそうお目にかかることができるものでもないと思うけど」

「まぁでも、おじさまとおばさま、それにおじいさまのお墨付きだし。たぶん一週間くらいは大丈夫なんじゃない?」

「たぶんて……まぁ、けど、気休めにはなるか。うん、お風呂の時と寝るとき以外はできるだけ身に着けとく」

 いまひとつ信用できない言葉遣いではあるが、ひとまずないよりはましかもしれないと考えて、文香はできる限り身に着けておくことを宣言する。

 その宣言を聞き、桔梗は満足そうにうなずき、家路に就くことを提案してきた。

 その瞬間、文香の耳に最終下校時刻になったことを告げる放送が響いてくる。

「うっそ、もうそんな時間?」

「急がないと、先生とか用務員の人とかから大目玉食らうことになっちゃうよ?」

「なんであんたはそうのんびりしてんのよ⁉ 急ぐわよ!」

 桔梗の腕をつかみ、文香は急いで教室を出た。

 その慌てぶりに、桔梗は微笑みを浮かべながら、文香に引っ張られていった。

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