第4話 同級生の回想
二、三日くらい前に、クラスメイトの子と一緒に『天使さま』をやったの。
え? 『天使さま』がなにかって?
『天使さま』っていうのは、最近、ちょっと噂になってる降霊術だよ。
『こっくりさん』に似てるけど、守らなきゃいけないルールも少ないし、手軽かなぁって思って、オカルト好きの子たちに声かけて、挑戦してみたの。
まぁ、最初はぜんっぜん答えてくれなかったんだけど、それは想定済みだったから何度も呼びかけ続けてたのよ。
そしたら、ほんとに『天使さま』が降りてきたみたいで、質問に次々答えてくれたの。
ただ、最後はなかなか帰ってもらえなくて……え? それよりも次の日に何か変なことなかったかって?
私はなかったんだけど、佐奈――誘ったクラスメイトの一人が、誰かに後をつけられていたような気がするって話してたの。
ほら、最近、近所の小学校の周りで不審者が出たっていう話があったじゃん。
それなんじゃないかっては思うんだけど、一応、警戒するように話したんだよ。
で、その日の放課後なんだけど、わたしも帰り道に誰かにつけられてるような気がしたの。まぁ、気のせいだと思うんだけどね。
問題はその日の夜。
なんか、寝苦しいというか、夢見が悪くって何度も目が覚めちゃったのよ。
そ。だから今日はすっごく眠くてさ……授業中に寝ないようにするのが大変だったわよ……。
え? 夢の内容?
う~ん、はっきり覚えているわけじゃないんだけど、周りに明かりがない道を、わたしが一人で走ってるの。
なんでかわからないけど、止まったらいけない、止まったら捕まる。そんな気がして、がむしゃらに。
うん、捕まることはなかったんだけど、息が切れて、もうだめって思った時に耳の奥で声が聞こえてきたの。
『――れ。――を――れ。――我を、――。』
って、耳元ですっごくざらざらした感じの男の声が聞こえて、目が覚めたの。
で、気が付いたら目が覚めてて、息もしづらくって気分も悪かったの。
水飲んだりお手洗い行ったりして、ちょっと気分変えてからもう一度、布団に入って目を閉じたんだけど、またおんなじ夢を見ちゃって。
で、そんなこと繰り返してたら、すっかり寝不足ってわけ。
文香が自分の身に起きたことをそこまで語り終えると。
「まぁ、もしかしたら気にしすぎてるだけかもしれないけどね」
そういいながら、苦笑を浮かべながらそう締め括った。
文香自身、オカルトや怪談、不可思議現象といったオカルトめいたものには興味がある人種ではあるが根底では、実際にあるはずなどない、と思っている。
ナチスドイツや日本旧陸軍のように、不可思議な力や伝承に語られるような兵器や薬が実在し、強力な兵器として利用できる、などとは考えていない。
そもそも、今は二十一世紀。
インターネットという、世界中だけでなく、全国各所がつながり、世界中の人と人が交流でき、物流にも大きな革命を起こした情報伝達網が生まれたことで、漫画や映画の世界の中だけのものと思われていた人工知能を生み出そうとするだけでなく、仮想空間や現実空間にデジタルな空間を落とし込もうという研究すら始まっている。
七つの威力を持っている人間の心を持った少年ロボットや、ドジでマヌケだが誰よりも心優しい小学生の未来を変えるために二十二世紀からやってきた猫型ロボットのような、SF漫画に描かれているロボットたちの誕生が目前に迫っているのではないかと感じさせるこの時代だ。
妖怪変化、魑魅魍魎、悪鬼悪霊、呪詛怨念といった科学では説明も存在の証明もできないオカルトの存在や現象を信じている人間のほうが少数派であり、文香もその少数派には属していない。
そのため、『天使さま』で呼び出された霊が何かしらの悪さをしているとは考えておらず、深くは気にしていないようだ。
「なんか、話したらすっきりしちゃった! ありがとうね、聞いてくれて」
「……あぁ、うん」
文香は桔梗に礼を言うが、返ってきた言葉は、心ここにあらずといった様子だ。
桔梗のその態度に文香は首を傾げ、桔梗の名を呼ぶ。
すると、桔梗は真面目な顔で文香に問いかけてきた。
「その『天使さま』で使った道具、ちゃんと処分したんだよね?」
「え? う、うん……紙は細かくちぎって家の灰皿で燃やしたし、十円玉は近所の神社のお賽銭に入れたよ? それがどうしたの?」
「……神社になんてもの納めてるのよ……うん、少し気になってね」
「え? 桔梗、もしかしてそっち方面の話、本気で信じてる系?」
クラス一の世話焼きがオカルト方面を本気で信じている様子に、文香の目は少しばかり緩んだ。
だが、桔梗の方はいたって真剣なようで。
「夢の声が言ってたことって、それだけなの? ほかに、何かを知ろとか、何かを供えろ、みたいなことは言ってなかった?」
「言ってなかったはずよ? ていうか、桔梗、気にしすぎ。どうせ夢のことなんだから、何か起こるなんてないわよ」
「……だと、いいんだけどね」
気にする必要はない、と夢を見た本人が言っているというのに、桔梗はまだひっかかるものがあるようで、まだ何かを考えている様子だ。
相談に乗ってほしいと言った手前、強く言うことはできないが、そこまで深刻に考えなくてもいいのではないか。
文香がそう感じた瞬間。
「まぁ、もし何か変化があったら教えてよ」
「え? まぁ、いいけど……もしかして、桔梗、まじでオカルト方面に興味あったりするの?」
「ん~? まぁ興味がないわけじゃないけど、わたしは神社の家の子だからねぇ」
「え、そうなの?」
意外な告白に、文香は目を丸くする。
文香も含め、クラスメイトの大多数が互いの両親がどのような仕事に就いているのか、どのような家庭で育ってきたのかを知らない。
ある程度、親しくなれば教えてくれるかもしれないが、ほとんどがどこかの企業に就職しているサラリーマンか、パート勤めだろうというのが、文香の勝手な予測だ。
だが、桔梗の両親は神社の関係者であるというのだ。
普通に生きていれば、まずあまり関わることはない。
まして宗教関連の仕事をしている家の子がクラスメイトになるということもなかなか起こることではない。意外なところで縁ができたと思った一方、真剣に考えている理由も南斗なしに察しが付く。
神社の生まれだというのなら、すぐ近くでお祓いも見ていただろうし、その類の相談を引き受けることもあったろう。
その中には、到底、科学では説明しきれない不可思議なものもあったり、何かしら後味の悪いものがあったりしたからこそ、こうして気にかけてくれているのではないか。
そんな予測が容易にできる。
「なら、何かあったらその時は教えるね」
「うん、お願い。まぁ、いよいよっていう時が来ないことを祈るけど、その時は任せてね」
「……そ、それはそれでなんか怖いわね」
桔梗からの言葉に、文香は苦笑を浮かべながら返す。
そうこうしているうちに、最終下校を告げる放送が流れ始める。
その放送を聞き、文香と桔梗は手早く身支度を整えて、教室を後にする。
その後、文香と桔梗は校門まで他愛ない話をしながら歩いていたが、門の外へ出た瞬間、桔梗は周囲を見回し始めた。
「どしたの?」
「うん……なんか、誰かに見られてるような感じがしたんだけど」
文香の問いに返しつつ、桔梗は油断なく周囲を見回す。
だが、物陰からこちらを見てくる人影はなく、まして動物も上空を飛んでいる鴉くらいなもので、ほかは猫の子一匹見当たらない。
「大丈夫じゃない? ほら、さっきわたしが変なこと話しちゃったから、気にしすぎてるだけだって」
「……そうみたいね」
視線の正体がわからなかったためか、桔梗はあっさりと警戒を解き、文香と一緒に歩き始める。
途中、家の方角が分かれる道にさしかかると、桔梗と文香はそれぞれの家路に就く。
「それじゃ、わたしこっちだから」
「うん。それじゃ、何かあったら電話してね」
「大丈夫、大丈夫! それじゃ、また明日ねぇ」
念のために、と桔梗から電話番号を教えられた文香だが、他人に話して少しばかり気が楽になったのからしい。
普段の明るさを取りも出した様子で桔梗に別れを告げ、自分の家へと向かった。
その背中を見送る桔梗だったが。
――ほんとに、何も起きなきゃいいんだけどね……手に負えなくなった時に備えて、あいつに連絡しておこうかな
何も起こらないことを祈ってはいるのだが、何かしら起こるであろうことは予期しているようだ。
一応、桔梗自身もオカルト方面の知識は持っているし、科学では証明しきれない現象に対処する方法を持っていないわけではない。
だが、世の中に絶対というものはないし、事態というものは刻一刻と変化するものだ。
特に、こういった科学では証明できない現象は、何かの拍子に取り返しのつかない事態になってしまうことが多い。
もしかしたら、自分では対処しきれない状態になってしまう可能性もあるのだ。
その事態に対する備えとして、桔梗は自分よりもうまく対処することのできる人物に連絡を取ることにした。
「もしもし? うん、いま帰ってるとこ。あぁ、ちょっと待って。すぐ相談したいことがあるの」
スマートフォンから聞こえてくる声に、桔梗はにこやかに答えるが、電話の相手はすぐに通話を切ろうとしたのか、桔梗は慌てて引き留めた。
不機嫌そうなため息を聞き流し、桔梗は文香から聞いた話を相手に共有する。
「なんてことがあったらしくてね。一応、何かあったら頼ってほしいっては伝えてあるんだけど……え? 変に関わるなって?」
相手からの言葉に、桔梗は目を丸くする。
桔梗の交友関係やその間での交流について、相手はあまり口うるさく指摘するほうでない。
だが、今回に限って、相手は桔梗にあまり関わるなと忠告をしてきた。
そのことが意外であり、桔梗は思わず。
「どういうこと? 別にあなたを巻き込むようなことになるとは思えないんだけど? え? ここで関わると、あなたも面倒事に巻き込まれる?……いや、占いでそう出たからって、必ずしもそうなるとは限らないでしょ」
文句を返すが、相手も相手でそれなりに根拠を持っていたようだ。
もっとも、桔梗の口から出てきた言葉から、科学万能時代の現代においてあまり信用鳴らない、根拠としては薄すぎるものであることは、すぐに察しがつくのだが。
それから数回、桔梗は電話の相手と同じようなやり取りを続け。
「ひとまず、うちに帰ってからじっくり話しましょう。ひとまず、急いで帰るから。うん、それじゃ」
電話で話していてもらちが明かないと判断したのか、桔梗は電話を切り、家路を急ぐことにした。
その表情は、活発さがありながら上品な印象を受ける普段の桔梗とはかけ離れた、般若という表現が似つかわしい、非常に険しいものになっている。
とてもではないが、年頃の乙女がするような表情ではない。
しかし。
――普段はわたしのことなんて気にかける素振りすら見せないのに、ほんとこういうことが絡んでくると口うるさくなってくるんだから! というか、自分から絡んでいったことのないかもしれないけど、クラスメイトが困ってるのに人助けしないって、どういう神経してんのよ! こうなったら絶対あいつも巻き込んでやるんだから!
その表情を浮かべた原因が、文香が怪奇現象に困っているということを、おそらくわかっているのに無視しようとしている相手の態度にあり、桔梗の優しさがその態度を許していないことにある。
同い年くらいのクラスメイトや他人であれば、呆れた表情を浮かべるか、同じように怒るにしても目くじらを立てる程度であるというのに、今にも角が生えそうな勢いで怒りをあらわにするあたり、桔梗の人の良さがうかがえる。
とにもかくにも、そう心に決めた桔梗は、いつまでも道端で怒りをばらまいているわけにもいかないため、深く息を吐いて少しばかり気持ちを切り替え、家路を急いだ。
もっとも、完全に怒りが収まったかと言えばそうではない。
表情こそ少しばかり収まりはしたが、まるでサイヤな異星人の戦士が戦闘時に吹き出させる闘気のようなものと触れれば爆発するような雰囲気が桔梗にまとわりついている。
その闘気と雰囲気から、遠目で桔梗を見かけた知人や友人たちが普段は穏やかな桔梗に何かあったのではないかと、あることないこと推察し、様々な噂が広まることになるのだが、それはまた別の話である。
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