第10話 距離
「お、ついに好きになってくれたか」
俺は優芽の言葉に感動を覚えていた。だってあの優芽がだ。今まで俺の事を無下に扱ってきたあの優芽がついにデレたのだ。
これまでの努力が実ったと言うべきか。
俺は今、この瞬間。優芽の真の家族になれた。このことにどうして興奮するなと言えようか。
いや、言えない。俺の気分は最高だ。
「ありがとう優芽。俺嬉しいわ」
正直な感想を優芽に述べると、何やら優芽は目を丸くして俺の事を見つめている。
反応が意外だったのだろうか。
俺は至って普通の反応をしたつもりだったのだが、あまりの興奮のせいで引かせてしまったのか。
「義兄さん。それ本気で言ってる?」
優芽は何を疑問に思っているか俺には分からないが、正真正銘俺の気持ちであり嘘偽りがないことは確実に断言出来る。
この状況で嘘を言うやつなんて基本いないと思うが。
「もちろん」
「え、そーなの?」
「うん」
俺は今どんな顔をしているだろうか。
きっと目を輝かせて小学生の頃の純粋無垢な目をしているに違いない。
「じゃぁ、私本気だすよ?」
本気だすというのは、アイドルとしてもっと力を入れるということだろうか。
優芽が有名になった原因であるSNSアカウントが俺のものだとわかった上で言ってくれていることを思うと、応援せざるを得ない。
そもそも応援しないなんて選択肢は存在しない。
「おう、頑張れよ。俺応援してるからな」
「う、うん。わかった。全力で行く」
俺は優芽に向けて笑顔を浮かべる。
「よし、そうと決まればとりあえずこれからのために今は寝ないとな。まだ3時だし俺はまだ眠いわ」
「そうだね義兄……結城兄さん」
優芽はそう言うと、俺の背中から退けると部屋から出ていった。
…ん?待てよ。今、結城兄さんって言わなかったか?
俺に再び興奮が襲った。
優芽が俺の事を真の家族として認めてくれてから数日が経った。
あれからの優芽は色々と変わった。
まず俺に甘えてくるようになった。
といっても幼稚園児のように甘えてくるような訳ではなく、何か困ったことがあったら俺に手助けを求めてくるようになったのだ。
具体的に言えば、歌の練習を手伝うとかだろうか。
つい昨日も歌の練習に付き合ったばかりで、生歌で聞く優芽の声は俺の耳だけではなく、脳まで溶かし尽くしそうだった。
次に優芽は俺の事を避けないようになった。これが1番嬉しいことだ。
以前までは「うん」やら「あそ」とかやたらに冷たい返答ばかり返ってきていたのが、今はなんと不思議、「わかった。ありがとう!」、「嬉しい。さすが兄さん!」といった理想の妹を具現化したような妹への進化を遂げた。
これがつい最近でギクシャクしていた兄妹の関係だろうか。
これからもこんな生活が続くことを切に願っている。
「今日も暑いな、くそ」
今日は日曜日。明日からはまた再び学校が始まると思えばため息が止まらない。
それに加えて、時期でもないくせに明日の体育でシャトルランがあるのを把握しているせいか、風邪にでもなってしまいたいと思っている俺さえいる。
俺は部屋の奥から扇風機を取り出すと、コンセントに接続しボタンの「強」を押した。
今日、優芽はライブに行っている。俺は午後から特別席で入れてもらえることが確定しておりものすごくワクワクしている。
俺はあれからも変わらず投稿と演説を続けていて、思っていることが1つある。
優芽のことを拡散したはいいが、それでは他のメンバーは?ということだ。
叶ちゃんは変わらずの人気があるから問題は無いだろうが、もう1人のメンバー。葉月ちゃんに関して俺は何も考えていなかった。
推しは優芽だが、俺はその前にシャーベットのファン。
メンバー全員に大人気になってもらいたい、という気持ちを忘れてしまっていた。考えてさえいなかった。
これは重要な問題である。アイドルファンとして致命的な傷。
今すぐに行動に移さなければ。
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