28 侯爵令嬢、認められること【15歳――当日】
一瞬の沈黙の後。
「ええええーーーー?」
ミュリエルの大声が響き渡った。
「嘘おおおーーー!」
「おかしいです、宰相閣下!」
「読みまちがいです、閣下!」
妹の絶叫に、母と叔父の声が続いた。
荘厳な雰囲気を一瞬で破壊されて、宰相はすっかり顔をしかめていた。
「控えおれ、まちがってなどおらぬ」
それでも宰相は、律儀に今読んだ紙を見直し、下の紙も確認した。
「まちがいなく出生届けでも継承承認書でも、長女マリリーズとなっておる」
「そんな馬鹿な!」
「あり得ません!」
叔父と母が口々に叫び。
ミュリエルの血走った目が、こちらを振り返った。
「あんた!」脳天から
叫び声とともに、右手が振り上げられた。
「やめなさい、ミュリエル!」
「やめろ!」
「許すかあ!」
制止も聞かず手が振られ。
私に向かって、火球が投げつけられた。
一歩下がった、だけで、呆気なく手で振り払われる。
いつものギリギリの距離より、遠ざかっているんだ。効果があるはずがない。
――学院で真面目に魔法制御を身に着けていれば、せめてここで目的を果たせたかもしれないのに。
「無礼者、捕らえよ!」
「はあ!」
宰相の声がけより早く、両側から衛兵が飛び出してきていた。
たちまちミュリエルの両腕を押さえ、その場に膝をつかせる。
「放せ、無礼者、放せ、あの女、殺す!」
金切り声を潰さんばかりに背を押さえ、捕縛していった。
当然だ。
国王の面前、なんだ。
こんなところで魔法、それも攻撃用の強力なものを放つなど、国への反逆行為に等しい。
慌てて、叔父と母はその場に平伏していた。
「申し訳ございません!」
「娘の無礼、お詫びいたします!」
私も無言で、その後ろに膝をついた。
宰相の顔は苦りきり、憤怒の表情で睨み下ろしている。
その横の国王や王子たちも、顔をしかめきっている。
両側に座る貴族たちも声を発しないままだが、不快さを隠そうとしていない。
叔父と母の無礼極まりない発声に続き、妹の信じがたい蛮行。
どれも貴族たちの常識を完全に打ち破るものと、目に映ったことだろう。
何度か息を落ち着けるようにして、宰相は口を開いた。
「前フラヴィニー侯爵、何か申し開きはあるか?」
「
「まだ言うか」
顔をしかめ、宰相は義務感にかられたかのように羊皮紙を見直した。
そうして、横手の国王に向けて確認する。
「ご覧のように、まちがいなく正式な出生届と継承承認書です。用紙や様式、内容もまちがいございませぬ」
「であるか」
国王も、渋い顔で頷いた。
そこで、私がちらりと視線を送ると。
国王の隣で、第一王子が口を開いた。
「陛下、よろしいでしょうか」
「何か」
「実は事前にある者より、このような騒ぎが起こるかもしれないと言われておりまして、しかと事実を確認できるように証人を呼んでおります。ここに呼んでよろしいでしょうか」
「うむ」
苦笑いのような渋くしかめた顔のまま、国王は宰相に声をかけた。
「これほどに混乱の生じた儀式は、例を見ない。遺恨を残さぬためにも、ここで事実を確認できるならできることをした方がよいのではないか」
「御意にございます。王子殿下、お願いできますか」
「うむ」
後ろから側付の者らしい男を呼んで、王子は指示をした。
男は、急ぎ足で退室していく。
見送って、王子は落ち着いてはいるものの全員に聞こえる程度の声を上げた。
「呼んでいる証人は、私の母方の伯母なのですが。先代のキュヴィリエ伯爵夫人で、夫の死後一時期、十年ほど前にフラヴィニー侯爵家長女の家庭教師を勤めていたということです」
「なるほどな」国王が頷く。
「その後身体を壊してずっとキュヴィリエ伯爵領で療養をしていましたが、最近健康を取り戻しております。先日私が声をかけて呼びまして、昨夜王都に到着しました。念のため申し添えると、私の他にはここにいる者と一切会っておりません」
「うむ」
「私が質問すると私情が入るかもしれませぬので、あとは宰相にお任せします」
「承知いたしました」
宰相が頷いているところへ。
先触れがあり、会場の後ろの扉が開かれた。
小柄な老婦人が入ってくる。
遠い記憶に、覚えがあるような、気もする。
使用人が椅子を運んできて、我々よりかなり後方に座らせた。
少し距離があるが、宰相が声をかけた。
「先代のキュヴィリエ伯爵夫人ですな」
「さようにございます」
「端的に伺います。十年ほど前にフラヴィニー侯爵家長女の家庭教師を勤めていたということに、まちがいはありませぬか」
「まちがいございません」
「この場にそのときの、フラヴィニー侯爵家長女はいるでしょうか」
「はい」頷いて、夫人は指さした。「もう面影もあまりありませんが、赤っぽい髪の色、まちがいありません。そのお嬢様です」
指先が、私に向けられている。
宰相が、深く頷いた。
「それともう一人、フラヴィニー侯爵家次女は分かりますか」
「確か、薄い金色の髪をしておいででした。よく分かりませんが、そこに伏せられているお嬢様が近いと思われます」
「そうですか、ありがとうございます」
頷いて、宰相は国王に向き直る。
顔をしかめたまま、国王も細かい頷きを続けていた。
「陛下、お聞きの通りです」
「うむ、まちがいなかろうな」
「前フラヴィニー侯爵、何か申すことはあるか?」
「……いえ」
「先ほどからの言動、さらに
「は――」
「預りを依頼する貴族はここにいる方々の中からが望ましいと思われるが、
宰相が一同を見回すと、一人の男が手を挙げた。
オリヴェタン公爵だ。
「我が
「うむ、適任であろう。頼みたい」
宰相が厳かに低い声を返した。
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