27 侯爵令嬢、儀式に臨むこと【15歳――当日】

 翌日は、朝から正装をして。

 フラヴィニー侯爵家の家族四人は、揃って馬車で王宮に移動した。

 この四人では後にも先にもこれきりの経験、ということになるのかもしれない。叔父の継承儀式のときは、子どもたちが小さくて出席していない。今日のこれが母たちの望み通り終わったら、正式に私は家族から外されるだろう。

 時間に余裕を持って到着すると、そこそこ広い控室に貴族たちが集まり始めていた、

 今日の儀式には侯爵以上の当主が全員と、それより下でも役職持ちの貴族当主が出席するのだという。なお夫人や子どもたち対象には、後日お披露目の宴を開くことが予定されている。

 それでもものすごく珍しいとか、荘厳な意味を持つという儀式ではない。そもそも出席する貴族たちは皆経験済みのものなのだから、まだ始まらないこの時間には気楽に寛いだ雰囲気だ。

 フラヴィニー侯爵家の一行が控室に入ると、一応は主役たちなのだから、そういう挨拶がかけられた。


「やあ、おめでとう」

「いよいよですな」

「アルバン殿は今まで、ご苦労様でした」


 といった声が気さくに飛び交い。

 母はミュリエルを連れて挨拶して回る。


「こちらが長女のミュリエルですの」

「やあ、本日の主役ですな」

「これからもご贔屓に、よろしくお願いいたしますねえ」


 自然にというか何と言うか。私は入口近くに立って、ぽつんと一人になっていた。

 特に紹介されたり尋ねられたりということもない。

 何人かは王宮で顔見知りの人もいるけど、いつもは男性文官ということになっていたのだし今日は服装がまるで違っているのだから、おそらくほとんど同一人物とは思われていないだろう。

 ルブランシュ侯爵とオリヴェタン公爵は私の正体を知っているけれど、そもそも知っていること自体秘密なのだから、知り合いとして近づいてくることはない。

 ルブランシュ侯爵の執務室には、数日前挨拶に出向いた。


「長らくお世話になりました」

「うん、何と言うか名残惜しいねえ。こちらもいろいろ助かったよ」


 叔父が侯爵位を外れて王宮での職務もなくなるのだから、これまでのように私が文官として来ることもなくなる。

 次の侯爵が王宮で職務を持つことになるのかどうかも、今のところ未定だ。


「何とかして、写本の仕事は受けてもらいたいんだが。屋敷の方にこちらから運搬する形でも、できないかな」

「その辺どうも、一度落ち着いてみないと分かりません」

「まあそうだろうね」


 叔父と妹が私に写本をさせたいという気は、あるかもしれないけど。

 今までこの侯爵がその仲介をしていたことは知らないし、知ったとしても自分で注文をとる方法を探すのではないだろうか。

 ということで、私からははっきりした約束のしようがない。

 そういうやりとりで、部屋を辞すことになった。


 母と妹が賑やかに挨拶して回っているのを目で追っていると、入口の方から「お前」と声をかけられた。

 振り返ると、完全には部屋に入らず立っている、クロヴィス王子だった。

 無表情で、私は礼をとった。


「王子殿下、ご機嫌うるわしゅう」

「何事もなく、ここに来たのだな」

「はい?」

「噂によれば今後、苦しい立場になるのだろう。何かしら騒ぎを起こすか姿をくらますか、と思っていたんだが」

「私は何だと思われているのでしょうか」

「少し面白みを期待していただけだ。ここまで来たら、何もしようがないだろうな。あとは時間が来たら儀式が始まるだけだ。書類が重要な儀式だが、到底お前が近寄ることはできない。お前の妙な能力でも、どうしようもない」

「そうですね、あとは儀式だけ」

「ところで頼まれた件は手配したが、何に役立つものか見当もつかないのだが」

「ありがとうございます。最悪の場合の予防措置ですので、何もなく終わるかもしれません。そうなりましたら申し訳ありません」

「それは構わんがな」


 扉に半分隠れた格好になって、室内の人たちは王子の存在に気がついていないようだ。

 そのままの姿勢で王子は、欠伸をするような表情で首を振った。


「仕方ない、他の要因で何か騒ぎが起こるのを期待するか」

「こうした儀式は本来、騒ぎが起こるようなものではないと思いますけど」

「王宮は退屈だからな。何か刺激がほしいんだ」

「できましたら、他で探していただきたいです」

「他からにしても、お前みたいな奴じゃないと騒ぎが寄ってこない気がするんだよな」

「迷惑です」

「まあ、そうか」


 くつくつと笑っているところからすると、本当に退屈なのかもしれない。

 それにしても。


――15歳乙女に、そんなもの求めないでほしい。


 睨み返そうとすると、もう王子の姿は消えていた。

 おそらく儀式では国王陛下と並んで前方に座る役回りなんだろうから、他の貴族たちよりのんびりしていられないんだろう。


――退屈凌ぎ、かあ。


 羨ましいご身分だ、と思いながら、少し部屋の中方向へ移動する。

 と、ちょうど位置を変えようとしていたらしいオリヴェタン公爵と目が合った。

 目が合ったからには無視もできない、とでも言いたげな顔で、歩み寄ってくる。


「マリリーズ嬢だね、ご機嫌よう」

「公爵閣下、ご機嫌うるわしゅう」


 淑女の礼をとる。

 公爵の目が、少し柔らかくなった。

 一人無聊を託っていた主役の一端に、気を遣って声をかけたという態をとるようだ。


「今日はおめでとう、ということでいいのかな」

「はい、ありがとうございます」

「おめでたいことで、よかったな」


 薄笑いの顔で、母と妹の姿を目で追っている。

 そうしながら周りに耳がないことを確認して、声が低められた。


「君のことを案じていたんだが、大丈夫なのだろうか」

「何とも、分かりかねます」

「分からない?」

「はい。今日の儀式の結果がどうなるかも、今後の私の扱いも、一切話題にならないので」

「ふうん。それだけ君の立場は不安定なわけか」

「それも、分かりかねます」

「できれば何とか、力になりたいのだが」

「公爵閣下にご迷惑をかけるわけには参りません」

「そこは遠慮しないでくれ。君にはそれだけの恩がある」

「忘れていただければと存じます。とにかくこの儀式が終わらないと、何とも分かりかねますので」

「そうなのか」


 時間が経つにつれて、ちらちらこちらに送られる視線が出てきた。

 私は会釈して、公爵と距離をとった。

 もう少し中へ進むと、叔父が同じ侯爵位の人たちと交わしている会話が聞こえてきた。


「幸いなことに領地の産業が好調でしてな。姪に爵位を譲るのに当たって、安心できているところです」

「聞きましたよ、ずいぶん景気がよいようで」

「羨ましい限りです」

「ピパの栽培が進んでいるとか。一度参考にお聞かせいただきたいと思っていました」

「ははそうですな、今度改めて」


 機嫌よく話の花が咲いているようだ。

 母と妹からも、高笑いが上がって聞こえてきた。

 そこへ、王宮の職員が案内に入ってきた。

 説明によると、貴族当主の方々が先に会場の席に着き、フラヴィニー侯爵家一行は後から入っていくことになる。

 当主一同が部屋を出ていった。

 少し待たされて、我々への案内が来た。


「いよいよだわ」


 妹の弾む声とともに進み、会場に入る。

 大きな広間で、前に国王と王太子、第一王子が椅子に座っている。その脇に立つのは、宰相のはずだ。

 会場の両脇にずらりと椅子が並び、貴族たちが腰かけている。

 その間に空いた幅広い通路を、私たちは進んだ。

 国王よりかなり距離をとった地点で絨毯の色が変わっていて、そこに私たちは膝をついた。妹を中心に左に母、右に叔父が並び、私は叔父の後ろに腰を低める。

 王族や宰相までの間の距離、王宮なら執務室の奥行き一つと半分くらいはあるだろう。

 司会は、宰相が務めるようだ。


「これより、フラヴィニー侯爵位の継承の儀を始める」


 目の前の台に羊皮紙が二枚置かれている。その一枚を宰相は両手にとった。


「フラヴィニー侯爵の爵位は、次の者に継承される」


 ごくり。

 たとえ誰もが結果を知っていても、ここがこの儀式の最重要部分だ。

 会場全体が、息を呑んだ。


「前フラヴィニー侯爵の長女、マリリーズ」


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