25 侯爵令嬢、バチが当たること【14歳~15歳――あと数ヶ月~数日】

 年が明けても何回か、不義理にできない宴があるという。

 年末のとき誰かに当て擦りでも言われたのだろうか、母は私のドレスが一着なのはまずいと言い出した。

 それでも新調するということではなく、ミュリエルの着古しを見直している。結局やや色のくすんだ濃いめの青のものが、私に合わせて直された。

 そのドレスを着て、王室主催の新年の会に連れ出された。

 毎年恒例の催しらしいけど、私が出るのは初めてだ。当然ながら他の貴族主催のものと規模は桁違いで、私にとって気が重くなる以外の何ものでもない。

 我が国の国王陛下には、王子が二人、王女が三人いらっしゃる。正妃第二妃を加えて王族一同様が前で挨拶をする間、私はかなり後ろでぼんやり聞いていた。

 母と妹は、いつも以上に張り切って周りと会話を交わしている。

 貴族上位から順に王族に挨拶に立つ慣わしらしいけど、私は呼ばれず叔父と三人で行ったようだ。

 なるべく目立たず、と私が息を潜めているのは、王族の近くで歓談している公爵兄弟に見つからないように、という意味もあった。

 周囲の関心を惹きたくないし、何よりあの弟君に近づきたくない。前回のことで妙な誤解をされていたら、何とも面倒だ。

 しかしそんな不純な思いを抱いていると、バチが当たるものらしい。


「ふむ。それなりの格好をしていると、それなりなものだな」


 後方から、低い声がかけられた。

 びくり振り返ると、金髪長身の若い男がこちらを見下ろしている。


――しまった。こっちへの注意を忘れていた。


 慌てて膝を折り、淑女の礼をとる。


「これは王子殿下、ご機嫌うるわしゅう」

「確かに、侯爵息女でまちがいなかったらしいな。以前の小僧か娘か判別のつかぬさまとは、見違えた」

「それは――光栄、のいたり?」

「まあ当分は、俺の興味の範疇に入らんが」

「光栄でございます」

「そこだけははっきり答えたな、こいつ」

「は」


 この殿下のご尊顔を拝するのは、一年半ぶりくらいか。確かにいくら遅いとはいえ、私も少しは成長したはずだ。

 加えてこんなドレスを着せられて、女に見えなければそれはそれで困ってしまう。

 そんなことを思っていると、王子は変わらない皮肉げな笑いで、私の前髪辺りに視線を注いでいるようだ。


「その、お陰様で図書室を使わせていただき、たいへん助かっております」

「ああ。どうも予想以上に活用されているようだな。フラヴィニー侯爵領の活況が話題になっているが、その辺から来ているのだろう」

「私などは、何も」

「侯爵自身が何もしないうちにあちこちから幸運が舞い降りているらしい、と不思議がられているが」

「幸運が寄せられているのは、ありがたいことでございます」

「ふん、まあいい。それで、もう一つの願いはまだいいのか? それこそそのうち忘れてしまうぞ」

「申し訳ありません。おそらく近いうちに、お願いすると思います。今年中になければ、忘れていただいて構いません」

「そうか。段取りをつけておこう」

「よろしくお願いいたします」

「ああ」


 肩をすくめて、離れていく。一応いろいろな貴族と話をするようだ。

 何故こんなに、他より先に声がかけられたものか。

 訝しみながらほっと息をついていると、聞き慣れた声が近づいてきた。


「何よあんた、今度は王子殿下となんて」

「王宮の仕事の関係で、お顔を拝見したことがあるだけ」

「そりゃそうでしょうけどね。何よ、公爵に王子殿下に、なんて。そんな方と知り合えるのなら、あたしも王宮に行くんだった」

「はあ」


 さすがにここで「何よ気の抜けた返事して」などと火球をぶつけられることはなかった。

 それにしても相変わらずこの妹、王宮で男装をしている私がこんなドレス姿で見つけられる不自然さまでには、頭が回らないようだ。


 年明け始め頃にはさらに二回、新しいドレスで夜会に臨んだ。

 もうかの侯爵家次男とも、公爵家弟君とも、もちろん王子殿下とも顔を合わせることなく、つつがなく義務的出番をこなした。

 なお侯爵家次男のかたについてはその後めっきり華やかな場所で姿が見られなくなったと、新たな話題になっているらしい。それこそ寄親の公爵家と、何かあったのかもしれない。

 その後しばらく、妹と母は外出の機会が減っていた。

 この年の最大の予定はミュリエルの侯爵位継承で、その準備を全力で進めていくという。期日は本来の私の生まれ月、七の月ということになる。

 大量のドレスや調度品などが、惜しみなく取り揃えられる。

 新当主の住居棟を、今の屋敷に増築するという。

 屋敷の使用人も増やさなければならない、そうだ。

 母と妹がそうした準備を大騒ぎで進め、叔父は私に手伝わせながら領主引き継ぎのための書類整理などに励んでいる。

 今までになく領地の収支決算などにしっかり目を通し、「こんなに税収が増えているのか」などと驚嘆している。


「昨年の同時期と比べ、段違いではないか」

「さようでございますな」


 済まして答えるオレールの顔が、少し可笑しい。

 何しろ昨年同時期の数字が低いのは二重帳簿のからくりによるもので、税収増はこの二年あまりで段階的に進んできているんだ。

 この辺の改竄した資料については、当主引き継ぎのどさくさですべてなかったことにする、とオレールと話してある。

 そのあと始末しまつの決着に私が関われるかどうかは、今から分からない。

 事の次第によってはその処理を最後に、オレール夫妻もこの家から身を退くことになるかもしれない。

 何よりその財政的余裕を理由に母と妹の抑えが効かなくなっているのが、何とも何とも、だ。

 オレールとヴェロニクも母たちの検討に加わって、進める準備の優先順を考えることにしたという。

 屋敷の増築は間に合わないので、後日徐々に進める。

 使用人の追加も、必要なところを見ながら。


「当然、ドレスと私の侍女が最優先だものね」

「そういうことですね」


 ミュリエルが鼻息を荒くし、母が追認していたようだ。

 叔父と母は隠居よろしく、屋敷のいい部屋で君臨を続ける気満々だ。

 私についてはどうするか、意外なほど話に出ていないらしい。

 以前ミュリエルは「このまま文官仕事でこき使う」と言っていたので、居室などもそのまま、特に何も変更しないということか。

 一方で私は、オレールたちを相手に相談して、いざというときの行動について検討を進めている。

 原則、この家を出る方向で考える。一人で生活するための資金は、かなり貯め込んである。

 その際、三人に対して正式に挨拶をして屋敷を去るのは、難しいか。何だかんだで妨害して部屋に軟禁、なども考えられる。

 何しろ公称ではまだ私は13歳、今年14歳になっても未成年で、保護者の命に従わなければならない。ミュリエルが侯爵位を継いだら、彼女が保護者ということになる。当分はあちらの好き勝手のままだ。

 その辺を考えると最悪に事態が進んだ場合、家人の目を盗んで夜逃げをするという選択になるか。

 できるだけ最悪にならないように手を打っておきたい、とは思うものの。ふつうに考えて運命の進行方向は明らかだ。


「家を出て、写本か事務仕事の口を見つけるか、だね」

「そうですな」


 ルブランシュ侯爵辺りに頼んでおけば、写本の依頼を回してもらえるように続けていけるかもしれない。

 しかしフラヴィニー侯爵家とも付き合いのあるあの侯爵に、かくまってもらうように頼むのは難しい。

 とにかく私は未成年の扱いなのだから、フラヴィニー侯爵家から引き渡すように要求されたら、断ることはできないのだ。

 もちろん王族や公爵家ならそのような要求を撥ね付けることもできるだろうが、そんな頼みを持ち込むわけにもいかない。

 結局は何らかの方法で、当分身を隠す算段をすることになるだろう。そう考えると面倒すぎて、やっぱりそんな羽目にならない道を探りたくなってしまう。


 そんなぐだぐだと迷い続けているうち、七の月が近づいてきていた。

 たちまちのうちにその月は訪れ、実際には私が、公称で妹が、成人を迎えた。数日後、王室で爵位引き継ぎの儀が行われる予定だ。

 そんな日、王宮の執務から帰宅したところで叔父に呼びつけられた。


「お前、執務室に来なさい」


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