19 侯爵令嬢、死にかけること【13歳――あと2年弱】

 つまりは二人がかりで持ち上げられ、私は乱暴に運ばれていく。

 王宮の廊下、いつ人目につくか分からないのにいいのかよ、と思ったけれど。すぐ近くの扉を開いて、二人は飛び込んだ。この近さのため、強行したらしい。

 確かここ、オリヴェタン公爵の執務室だ。

 ついさっきの、ルブランシュ侯爵の言葉を思い出す。

 中には、若い男が一人いた。オリヴェタン公爵本人ではないと思う。一度遠くから見た限り、こんな黒髪ではなかった。それにしても服装は高貴に見える。公爵家の上級の家人か。

 今の件に絡んでいるのかは分からないけど、公爵はふだん別の軍務大臣室にいることが多いはずだ、


「おい、目隠しはしなかったのか」

「急ぐのを優先しましたので」

「まあ人に見られなかったのなら、いいか。予定通り、用意しろ」


 木の床に、私は転がされた。

 ここで改めて、両手両脚が縛られる。必要はないと判断されたか、目隠しはされなかった。

 脚の方を放した男は、部屋隅から大きな箱を引き摺ってきている。

 あれに私は入れられるのか。


「むぐ……ぐう……」

「騒ぐな。うるさくすると、ここで絞め殺すぞ」

「ここで絞めて失禁でもされたら面倒だけどな。運び出す手間は変わらない」


――乙女を相手に、下品なこと言っているし。


るのは予定通り、屋敷の離れでいいんすね?」

「ああ。見つからないように急いで運べ」


 やはり、黒髪の男が上役でまちがいないみたいだ。

 時間稼ぎで何か問いかけるとかしたいところだけど、とにかく声が出せない。

 見回すと、まあふつうの執務室だ。

 部屋の主用の大机に、紙が一枚載っているのが見える。


――イチかバチか。


 その紙に、念じてみる。

「救援を請う。オリヴェタン公爵屋敷離れ」

 何とか、筆記だけはできた。

 敵の本拠地の机の上、誰か味方に届く期待はまず持てないけど。


――何事かと慌てさせるくらいの効果はあるか、どうか。


 そうしているうち私はまた抱え上げられ、大きな箱に放り込まれた。

 周りにぼろ切れが詰められたのは、ゴロゴロしないための対策か。

 すぐに、蓋が閉じられる。

 抱え上げられた、感触。

 その後、上下したり、左右したり、揺れたり、衝突したり。

 しばらく、沈黙したり。

 要するに何やかんやで運ばれ、馬車の中にでも落ち着いたみたいだ。

 時間ができて。

 少し、考えてみる。

 オリヴェタン公爵――。

 写本を請け負っている文官――。


――何か、あっただろうか。


 数多く請け負った写本に、公爵に関するものがあったか。


――多すぎて、見当もつかない。


 オリヴェタン公爵――。

 軍務大臣――。

 ああ。


――あれかも、しれない。


 一つ思い当たっても、確認のすべもない。

 ましてや、解決の糸口も見えない。

「絞め殺す」とか「る」とか、言ってたよな。


――本気か?


 本気だとしたら、王宮内ならまだしも、公爵屋敷に運び込まれては、まずどうしようもない。

 声は出せない。

 暴れても、私の腕力体力ではほとんど意味ないだろう。

 諦める他、ないだろうか。


――まあ、十三年半の短い人生、未練が残るようなものでもなかったけど。


 ただ、殺される理由も分からないというのが、癪に障る。

 かすかに思い当たるものはあっても、殺される理由には行き着かない。

 何か、とっかかりはないものか。

 そんなことを思ううち、馬車が止まったみたいだ。

 少しして、また運搬が始まった。

 やがて、何処かに下ろされる。

 ここが、目的地だろうか。

 しばらく待つと。

 かすかながら、会話の声が聞こえてきた。


「本当にるんですか? こんな若い小僧」

「仕方ないんだ、火薬ができない以上」

「お家のため、ですね」


 聞こえても、何の助けにもなりそうにない。


「じゃあ、りますか。この箱の中でなら、面倒も少ない」

「だな」


 がくん、と揺れ。

 蓋が開かれた。

 その刹那。


「んが――」


 私は、思い切り身体を横に揺らした。

 勢いで、箱が倒れる。

 ぼろ切れごと、私は転がり出す。


「ん――ん――」


 そのまま転がり、殺人者たちから距離をとる。

 そこそこ広さのある部屋を、転がり続ける。


「おいおい」

「逃げても無駄だぞ」


 帯剣した二人が、余裕の足どりで追い縋ってきた。

 ゴロゴロ転がり。

 しかしすぐに私は、壁にぶち当たった。


「ほら、無駄だって」

「本当に」


 二人で無造作に抱え上げ。

 また私は、箱の中に戻された。


「ふうーーふうーー」


 もうなすすべなく、荒い鼻息だけが続いた。

 せいぜい恨みを込めて睨みつけても、ほとんど効果はありそうにない。


《悪いな》「悪いな」

「観念しな」


 大男二人が、両側から手を伸ばしてきた。

 私の、細い首に。


「ふうーーふうーー」


 荒い息が、止まらない。

 必死に睨み返す、他何もできない。

 四本の手が、目の前に、大きく迫る。

 睨み――返す。

 そこへ。


 バガーーン!


 と、荒々しい音が響いた。

 入口の扉が、開かれたらしい。

 身なりのいい男が、飛び込んできた。


「え?」

「あ!」

「兄上?」

「お前たち、何をしている!」


 灰色の髪の男性は、どうも公爵本人らしい。

 すると黒髪の男は、その弟か。


「その文官を、どうする気だ?」

「いえ兄上、この文官の口を塞がねば――」

「馬鹿者!」

「え?」

「その文官は、侯爵令嬢だ!」

「ええ?」

「女?」

「はあ?」

「侯爵家と、大問題を起こす気か!?」

「は、いや――」

「早くその縄を解け!」

「「は、はい――」」


 武官二人、ようやく私に手を伸ばしてきた。

 それにしても、この二人――。


――私を女と知って、驚いていたよな。


 さんざん抱えたり、転がしたりしていて。気がつかなかったらしい。

 今日いちばんの衝撃、かもしれない。


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