12 侯爵令嬢、意識を失うこと【12歳――あと3年】

 オレール夫妻と私が覚悟を決めて計画を立てたのが、六日前。

 我が領の領都まで、早馬で三日弱かかる。急いでふみを送り、ファビアンを呼び寄せて、到着したのが昨日の夜だ。

 計画というのは、言ってしまえば簡単なことだ。

 ファビアンの名前を入れたジェデオン子爵の紹介状を、偽造すること。

 私の能力で、子爵家の家紋印とサインを入れた書類を偽造できる。

 これまでに侍女たちを紹介した書類がいくつも家宰室に保管されているのだから、見本には事欠かない。

 もちろんすぐに母から子爵への、「代官候補が見つかったので、紹介は不要になった」というふみも偽造して送ってある。

 自分の息のかかった使用人は増やしたいが、採用後にはその人間にも紹介してもらった実家にも関心を失うのが母の常だから、まずこれで怪しまれることはない。

 領地から上がる税収が大きく減少しない限り、夫婦とも当分は注意を払わないはずだ。

 実を言うとファビアン本人には、書類偽造の事実を伝えていない。代官就任の箔をつけるために子爵の紹介をもらい、形ばかりの面接をする、と説明しただけだ。


「先日からの野菜の栽培は、軌道に乗っていますか」

「ええ。何しろ農民たちは自分と家族が無事冬を越せるかという切実な状況ですから、取り組みの真剣さが違います」

「でしょうね」

「しかしこんな都合がいいと言うか、効果のある作物が隠れていたとは、驚きです」

「どうも近年各地で品種改良や研究が進んで、そういう情報が王都に集まってきているようなのです。他にも探せばあるかもしれませんので、しばらくはこちらで調査して情報を送れればと思います」

「期待しています。こちらでも気を入れて頑張りますので」

「よろしくお願いします」


 そんな打ち合わせで、ファビアンは領地へとんぼ返りしていった。

 こちらは三人で、ほっと安堵の息をつく。


「何とか、なりましたな」

「でもこれで私たちは、立派な書類偽造の犯罪者だよ」

「いざというときには、私が責を負いますので」

「それは無理でしょ。叔父上と母上にバレたら、こんなことができるのは私の能力しかないって、すぐに分かってしまう」

「ですか――そうですな」

「この三人、一蓮托生だね」

「望むところですよ」


 茶道具を片づけながら、ヴェロニクも気丈に笑っている。

 合わせて笑い、私は家宰の顔を正面から見た。


「でも、偽造犯罪物語の本編はこれからだね」

「そういうことになりますな」


 代官として母の息のかかった者ではなくこちらの指示が通る人物を据えたのは、下降気味の領地経済を持ち直すためだ。

 領主に入る税収を大きく減らさず、産業振興に資金を回したい。

 そのためにはもしもうまく収入増を実現する方策をとれたとしても、領主夫妻に勘づかれないようにしなければならない。税収が増えたらすべてこちらに回せ、と言うに決まっているのだ、あの人たちは。

 そうすると――毒をくらわば皿まで、と言う。

 領主夫妻の懐ではなく領地を富ませるには、税収増を知られないように図るしかない。

 つまりは、二重帳簿だ。それが、私とオレールが組めばほぼ怪しまれない形で実現できてしまう。

 領地から送られる決算報告などは、必ずまずオレールのもとに届く。

 それを私の能力で、実物と変わらない様式で偽造できてしまう。

 二人相談の上、領主に入るのはギリギリいつも通りを割らないように、残りは産業振興に回せるように、という数字を捻出することになる。

 もちろんそのためには、少しでも実際の税収を増加させていかなければならないわけだけど。


「旦那様にしつこくと言いますか辛抱強くお話ししまして、この冬は領民を死なせて将来にわたって税収を減らすことになるのは愚策、一冬は辛抱しましょうと納得いただいていますので、その期間は多少税収が減っても責められないはずです」

「うん、来春からが勝負だね」

「そういうことになります」

「それにしても、もう少し資金がほしいなあ」


 産業振興の前に、それに必要な態勢を整えたい。

 ある程度信用できる代官を就任させたからには、もう少しあちらとの連絡を円滑高速にできないか、と思うのだ。

 幸運にも、その機会が直後に訪れた。



「この写本を明朝までに、三冊できないか」

「えーと――かなり厚いですね」

「ああ。なので、まず君以外には不可能だ」

「ですか……」

「報酬は、これだけ用意されている」

「は、え?」


 ルブランシュ侯爵の提示した金額に、目を疑ってしまった。

 いつもの標準より、一桁以上多いんだ。


「まちがいでは、ないんですか」

「ああ。まちがいなくそれほど価値のある書物だし、依頼してきた某貴族も、特急料金を承知している」


 侯爵に呼び出しを受けたのはもう叔父の勤務時間が終わるところで、家に帰って作業をするしかない。厚さを考えると、今度こそほぼ徹夜が必要になりそうだ。

 しかしまちがいなく、この思いがけない収入は今後に向けてありがたい。


「承知いたしました」

「頼んだ。それとこれは、いつも以上に情報秘匿してくれ。絶対他人に見せないように、三冊を超えて写本は作らないように」

「分かりました」


 持ち帰り中を開いて、その必要の一端は察せられた。

 どうも内容は、外国製の兵学書らしい。軍の関係者が身内だけで情報を徹底できるようにという配慮なのだろう。

 なお翌日は叔父の出仕日ではないので、朝早くディオンがフラヴィニー侯爵屋敷まで取りに来る手筈にした。

 おそらくほぼ完徹になるはずで、終了次第私はくたばり、後をオレールに託す予定の打ち合わせをした。

 オレールもヴェロニクもこちらを案じてくれたけど、こればかりは手伝ってもらいようもなく、徹夜を付き合ってもらっても仕方ない。先に休んでもらって、一人灯りをつけた家宰室でペンを走らせる。

 それでもどうも二人は、夜中に何度か覗きに来ていたみたいだ。

 朝陽が射してきた頃三冊の書写を終え、私は意識を失った。

 無事オレールはその三冊を文官に渡し、ヴェロニクは私を部屋に運んで、具合が悪いので屋敷での叔父の手伝いを休ませる、と告げてくれた。

 さすがに12歳児に徹夜は応えるようで、私は夕方まで目を覚まさなかった。


「こんな無理は、これっきりにしてください」


 ヴェロニクに眦を吊り上げての説教をされた。

 今回はルブランシュ侯爵とおそらくそれ以上の身分の人からの依頼で、それもすでに引き受けてきた話なので、反対のしようもなかったんだ。

 私は神妙に正座して、その説教を聞いていた。


――それにしても、この収入はありがたい。


「これで、伝書鷹を手に入れたい」

「伝書鷹、でございますか」


 私の希望を聞いて、オレールは目を丸くした。

 伝書鷹というのは比較的最近普及してきている、鷹の魔物を調教したもので、決まった場所に文書や荷物を運ばせることができる。

 王都からうちの領都まで、一日かからず飛ばせるはずだ。

 ただかなり高価なので、王宮や上級貴族しか所有していない。我が侯爵家も上級の端くれと言えるのだけど、お察しの事情でこれまで所有していなかった。

 現状ではもったいない支出という判断になるかもしれないけど、長い目で見ると必要と思われる。

 先日野菜の種を早馬で運んだ件で考えても、あの程度の荷物なら鷹で運搬可能だ。かかる時間と早馬を雇う経費が節減できることを換算して、絶対無駄ではないはずだ。

 オレールも納得して、調べてみると今回の収入で鷹を二羽購入できると分かった。専門家に調整を任せて、王都屋敷と領都代官所の両方から交互に飛ばせる態勢を作った。

 当然ながらこれも領主夫婦には秘密で、オレールだけが知る屋敷裏の小屋で飼うことになった。

 今さらながら、だけど。最近のこうした一連のことが当主に知られず実行できる見込みが立ってしまうこと。改めて感心と言うか、驚き呆れる他ない気がしてしまう。


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