3 侯爵令嬢、加護を賜ること【10歳――あと5年】

 この国では、子どもがおよそ10歳になった時点で、教会に行って加護を賜る儀式がある。

 平民の中にはいい加減な場合もあるようだが、貴族の家庭ではまず例外なく実施されている決まり事だ。

 加護というのはその人ごとに固有の、他人より突出した能力のようなものだ。

 多くの場合、火、水、風、光のどれかを生み出し操る魔法のような力を授かる。ただほとんどは、例えば火なら目の前のまきに点火するのがやっとという、生活で少し便利かという程度のものだ。

 その中でもごくまれに――貴族ではやや割合が高いと言われる――少し強力だったり変わった種類の能力を得る場合がある。

 同じ火や水にしても、攻撃に使用して敵を撥ね飛ばすことができる威力がある、とか。

 まったく方向性が変わって、農業で作物の栽培方法が自然に頭に浮かぶ能力、とか。

 こういう変わった能力に関しては、前例もなくて可能性や限界などがよく分からないものも多い。


 四年前。

 フラヴィニー侯爵家では、実年齢9歳ながら公称10歳の長女ミュリエルと、実年齢10歳で公称9歳の次女マリリーズ、二人同時に教会に連れていって、加護を賜ることになった。

 二人の誕生日はそのまま入れ替えられているので、本来私が10歳になる七の月に、ミュリエルが10歳を迎えた、という扱いだ。

 一人ずつ神の像の前に進み、跪いて祈りを捧げる。

 神官が神の声を聞き、本人と家族に伝える。

 この儀式を経て、加護で得られた能力が使えるようになる。

 結果。

 ミュリエルは、攻撃レベルに強力な火魔法を授かった。

 一方私が授かったのは『ブンカン』という名の加護だった。


「凄いわミュリエル、侯爵家当主に相応しい加護です」

「本当、お母様?」


 どうも火、水、風、光の加護で強力なものは、貴族の威厳を示すのに有用だということになっているらしい。

 特に火は、見るからに人の目に脅威を示すことができる、ということで重んじられるのだとか。

 ということで、母は大喜び。

 叔父も大いに喜んで、それから私に目を向けた。


「それにしても、マリリーズの『ブンカン』というのは何なんだ?」

「初めてのもので、分かりかねます。おそらく文官の仕事に役立つものではないかと思われますが」


 儀式を担当した神官も、首を傾げていた。

 神官さんどうも責任めいたものを感じたみたいで、教会の執務室に案内された。


「試しに、いろいろ実際の文官執務に近い作業をしてみましょう」

「はい」


 書類を読んでみた→どうも文字の読みやすさに依らず、文書を人より速く読むことができる。

 書類と未使用の筆記版を用意して→思いもしない速さで、文書を書き写すことができる。

 さらに、何となくできる気がしてやってみて、驚いた。

 羊皮紙や筆記板などにペンで書かれた文字を、一部消すことができる。そればかりか、頭に念じるだけで消した箇所をペンを使わず新たに書き直すことができる。

 これにはさすがに限界があって、文書一面すべてを一度に消すとか、ペンなしで大量に書き込むとかは無理のようだ。


――それにしても、何とも驚きだ。


 しかしやはりと言うか、家族の反応は今イチだった。


「本当に、文官執務にだけ特化した能力ではないか」

「貴族に相応しいものとは到底言えませんね」

「それでもこの、文字を消して書き直す能力というのは、傑出したものですぞ。他人には到底真似できません」


 叔父と母は失望を露わにし、神官は取り繕いのような言葉を口にした。

 しかしそんな付言も、二人の心には届かない。何と言われても、文官にとって便利だろうということにしかならない。

 貴族も机で文官に近い執務をする場合はあるが、やはり専従の文官は貴族位を外れた子弟や少し優秀な平民がつく職務なのだ。

 なお他にも試してみて、計算力が人より優れている、という傾向も見られたけど。私について、同年代の子どもより読み書きが速いことと計算力が高そうだというのは家庭教師からも従来指摘されていたことで、何処まで加護の効果なのかは判然としないところだ。


「マリリーズは、貴族から外れて職についた方がいいってことね」


 ミュリエルが、さも楽しそうに笑った。


 その後、ますますミュリエルは自分を次期侯爵と公言して、人に高圧的に接するようになった。

 私に対してはもちろん、屋敷の侍女たちにもしょっちゅう威張り散らし、気に入らないと火球を投げつける。

 さすがに叔父と母には注意されたが、「手加減しているから問題ない」とあっさり言い返している。

 事実火をぶつけられたこちらも火傷するというほどでなく、少し皮膚が赤くなる程度なわけだけど。

 しかしこんな行為、将来の侯爵家当主、つまり家の主の姿として他所様に胸を張って御覧に入れられるものでないことは確かだ。

 翌年になると王室からミュリエルに案内が来て、貴族魔法学院に通うことになった。強い魔法の加護を受けた貴族子女を受け入れる機関だという。

 本人は「貴族の中でも特別扱いだ」と喜んでいる。

 それでも中での学習内容を聞く限り、子どもをまず強力魔法を辺り構わず放つような存在にしないことを目的としているように思える。言ってみれば――


――野生の猛獣を大人しく馴らそうというようなものじゃないのか?


 まあとにかくそれでミュリエルの機嫌がしばらくよくなったので、私を筆頭に家の者たちはひとときほっと安堵できたものだ。

 一方、私については。


「マリリーズはこれから、私と共に王宮に通いなさい」


 妹の入学とほぼ同時に、叔父に言い渡された。

 詳しく訊くと。

 これは初耳ではないが、父の代から継続して、叔父は王宮に職位を得て執務のため通っている。

 侯爵以上になると、何々大臣とか、それに準じるような重い役職に就くのがふつうらしい。

 しかし暫定侯爵位についた当時の叔父には、そのような執務経験も素養もない。その辺を見極めて、おそらく公爵とか上の人が決めたのだろう、父の行っていた職務をそのまま引き継ぐことにはせず、とりあえず見習いのような形で宰相づきの補佐業務、文官のような仕事をすることになった。

 そしてさらに改めて聞いたところ。驚いた。

 その「とりあえず」が約五年前のことなわけだけど、未だにその状態に留まっているらしいのだ。

 つまり10歳の私が前述のような言い渡しを受けたとき、叔父は五年間変化なく一週間六日のうちほぼ四日ずつ王宮に通って、宰相の補佐として平の文官と大差ない執務を続けているというのだ。

 母とミュリエルにはあからさまに告げていないが、叔父は私の加護を知って「しめた」と思ったらしい。

 王宮での執務の手伝いをさせられる。

 王宮で働く貴族が自分で雇用している文官などを連れていくことは、珍しくもないらしい。当然給与などは自腹だけど。

 この点叔父にとって、私を使うなら無給でできる、という判断になる。加護でスムーズに業務をこなせるなら、願ってもない楽ができるというわけだ。

 ただ一つ、問題がある。

 王宮に執務で通うのは、爵位持ちの者以外で女性には許可が下りないのだ。もちろん同じ王宮敷地内の後宮などには女性使用人が大勢いるわけだけど、あちらは通いではない。

 そこで。


「お前はこれから王宮通いに当たって、男子として扱う。名前はマルスと名乗りなさい」

「は……」


 さすがにこれには、ぽかんと口を開けてしまった。

 用意周到というか、私のサイズに合わせた男性文官用の衣類まで用意されていた。

 母とミュリエルからも、特に反対はない。ミュリエルなどは「いい気味」と愉快に思ってさえいるようだ。

 二人とも、叔父の王宮勤務の実態がどうかまで、深く考えようとしていないらしい。


 そういうわけで。

 10歳にして私は、王宮に勤務で通う身分になった。


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