第2話
そんな綾小路ではあったが、両親と妹の京子、親友の聡、コーギー犬の小太郎、そして恋人の香織だけは眠ってしまうことはなかった。
「犬も猫も、僕が撫でただけですぐに眠ってしまう。動物園に行っても僕と目が合っただけで動物たちが眠ってしまうからちっともつまらないよ。パンダのチョンボ・チョンボだけはいつも背中を向いているから眠らないけど背中しか見えないし」
ライオン、ゴリラ、ペンギンにキリン、ゾウさんにワオキツネザルまでもが綾小路が来るとみんな眠ってしまう。
「ねえ無我、どうしてみんなアンタのことを催眠術師って呼ぶのかしらね?
催眠術師って催眠術をかける人のことでしょう? 綾小路はただ人を眠らせるだけで催眠術なんて出来ないのに」
「うん、そうだね?」
「だったら催眠術師はおかしいわよ、『睡眠術師』でしょう?」
「あはは、そうかもしれないね?」
だが、催眠術師という呼び名は妥当であった。
なぜなら綾小路は相手がREM睡眠に落ちてから、相手の潜在意識の中に入り込むことが出来たからである。
恋人の香織はそれを知らない。
睡眠にはnon-REM睡眠とREM睡眠があり、それは90分から110分間隔で繰り返される。
REMとはrapid eye movement、つまり眼球が早く動いて寝ている状態であり、それは半覚醒の状態なので、夢を観ている時なのである。
脳が半分起きているその時に、密かに潜在意識の中に無我は侵入してゆくのである。
REM睡眠から熟睡体勢のnon-REM睡眠に入る時に「ひらめき」が与えられることがある。
発明王のエジソンなどは眠る時に鉄球を握りながら睡眠に入り、熟睡することでその鉄球が手から床に落ち、その鉄球が床に「ゴトン」と落ちた音で目が覚めるようにして、その時にひらめいたヒントを書き留めていたと言われている。
もちろん無我もエッチな催眠術もかけてはみたいとは思うのだが、かけちゃダメである。
もしそんなことをしたら「おまわりさん」に捕まって、ネットに晒され、一生表を歩けなくなってしまうからだ。
かけたい時もあるが、そんな時は必死に我慢をする。
綾小路の催眠術は世の中が明るく平和になることを目的としていた。
ブスな人には「あなたはすっかり美人になりました」と催眠術をかけ、貧乏な人には「あなたは大金持ちになりました」と催眠術を掛けるのだ。病気の人には「あなたの病気はもう治りました。すっかり健康になりましたよ」、と過去完了の形で催眠術を掛ける。
その際、この「なった」という言葉が重要だった。
「なる」ではなく「もうなっちゃってるもんね」という言葉は魔法の言葉だからである。
つまり潜在意識に向かってそれを断言することで、「もうそれは実現した」と脳は認識するのである。脳は実に単純に出来ている。複雑にしているのは人間がどうでもいい事でクヨクヨ、ウジウジ考えているからである。
無我は以前ウサギさんに「お前は虎だ、虎になったのだ」と催眠術をうっかり掛けてしまい、綾小路はウサギさんに齧られてしまったこともあるほどだった。
かわいいウサギさんをも虎に変えてしまう綾小路の催眠術は実に凄まじいものだった。
脳はバカだからそれを信じて行動するのである。
だが綾小路は聖人君主ではないから、たまにストレスが溜ってくると、イケ好かない奴に催眠術を掛けることもあった。
2年前、綾小路が大嫌いなイケメン俳優と遭遇した時、彼は無我と目が合った瞬間、彼もそして彼のマネージャーも眠ってしまった。
無我は介抱するフリをして彼に近づき、耳元でこう囁いたのである。
「あなたは今度のバラエティ番組、『笑わせるなよ キンドンパン』に出演したらこう言うんだ。
「ホームレスや生活保護受給者にはその辺の草でも食わせておけばいい」とな?
それから「今日の女子アナ、カワイくてオッパイも大きいからお持ち帰りしちゃおう!」と言え。
いいか? わかったな?」
「はい、わかりました。スヤスヤ」
そしてその本当はチビ助のイケメン俳優は、見事にテレビの生放送でそれを言ってしまい、芸能界を追放されてしまった。
だが彼は今年、『しくじっちゃったティチャー』に出演し、自分が横暴だったことを謝罪し、今ではお笑い芸人として活躍している。
では『伝説の催眠術師』、綾小路無我の生活を覗いてみることにしよう。
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