第4話 挿話・王宮、謁見の間
「我がフルクトゥスの偉大なる国王陛下にご挨拶を申し上げます」
大理石の床に膝をつく青年の朗々たる声が、王宮の謁見の間に響く。
「……親子なのだ、堅苦しい挨拶はよい」
鷹揚に手を振って見せる国王テオドーロ三世に、「は」と短く答えた黒髪の青年――第二王子エドアルドは顔を上げた。
視線の先に、父親であり国王が、王位に就く前から作らせにかかっていたという黄金とベルベットでできた玉座に身を沈めていた。
老いてほぼ白金となった髪。伸ばした髭に縁どられた顔色は、長年の不摂生と病によって悪い。しかしなお獰猛な光を金の両目に湛えていた。
そしてその横に設えられた装飾華美な木製の椅子――前国王の椅子には、まばゆいばかりの金髪と黄金の瞳を持つ若き王太子、エドアルドの実兄・王太子アマデオが座っている。ただアマデオの瞳はうつろで、焦点が定まっていない。
同じ王妃から生まれながら、しかし王妃の実家の色を運悪く受け継いだ黒髪と淡い金の瞳のエドアルドは実兄に一瞬だけ軽蔑した視線を投げると、早速要件に入った。
「北部国境は維持しております。先日の追加の派兵により押し返すのも時間の問題です」
「かの地の先では旨い茸が採れる。秋までに落とせ」
「仰せの通りに」
第二王子の謁見が最後だったせいか。
今日もっとも短く、ずさんともいえるやりとりに、周囲に控える衛兵と大臣ら幾人かの表情が、満足げな表情と、無表情とに二分される。
「これで謁見の時間も終わりだな」
やれやれ、とでも言いたげな表情で国王は立ち上がる。
「陛下、恐れながら、此度の派兵は兄上より俺が――」
「……今日は何番目の女に会う予定だったか」
国王は声を上げたエドアルドを一瞥もせず、高価な布のドレープをたっぷり取った服を揺らしながらその姿を別室へと消す。それに伴って臣下もバラバラと解散する。
エドアルドは取り残されるように暫くそこに立っていたが、一向に立ち上がらない王太子の方へつかつかと歩み寄るとその襟元を掴んで引っ張り上げた。
やっと苦痛という、表情らしい表情を浮かべた兄を、エドアルドは睨み付ける。
「俺が王太子だったら、北部などもっと早くケリを付けたものを……!」
目を逸らしたアマデオがぼそりと何か呟けば、エドアルドは忌々しそうに兄を椅子へと突き飛ばした。
重い椅子はアマデオの体重に揺らぐことはなかったが、代わりに彼の背中が跳ねる。
肩を怒らせて一歩近づくエドアルドにこれ以上はまずいかと思ったか、廷臣の一人が駆け寄った。
「殿下、それ以上なりません」
「……ちっ」
舌打ちを残し、エドアルドは足音を立てながら踵を返し、両開きの扉へと去っていく。
アマデオは遠巻きにする臣下たちの視線を感じながら、生気のない顔で、ぼんやりとどこかを見ていた。
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