第74話 箱庭の中で私は夢を見る

「これは、世界のため」

「……世界?」

「そう、これは世界のため。私は――いや、我々はクレイワースという小さな箱の中ではなく世界に目を向けておるのですよ。そう――あなたとは見ている景色があまりにも違い過ぎる」

「……それで?」

「そう、我々は世界のために動き、世界を守るために今、研究をしておるのです。そのために、我々は教会とのくだらないしがらみを捨て、この世界平和のために手を取り合ったのです」

「それを、教皇様は認めていません」

「我々は、枢機卿により認められておるのですよ?」


 そう言ったあと、シスターさんとしばらく睨み合いました。けれど、彼はすぐに鼻でひと笑いいたします。


「ガーラン――教会は中立の立場。それが、どこかの国に肩入れすると言うことは、均衡が崩れかねないのよ」

「そうですね、全くもってそのとおりかと」

「それなら――」

「それだからですよ。それだからこそ、意味があるのです。この大陸では王国、そして帝国、共和国が長年睨み合い、くだらない小競り合いが続いております。その三大国家に挟まれるよう教会の聖地があり、その教会を通して三国間の繋がりが何とか維持できている状態です」

「そうよ。そして、教会だけが人々の信仰を利用し、国家間を自由に出入りしている」

「……利用しているとは、聞き捨てならない言葉ですね」


 シスターさんの頬がまん丸く膨れ上りましたが、ニーナ様は気にせず話を続けられます。

 

「だから教会を危険視する連中が多いし、疑っている奴も多い。そのため、教会は常に中立の立場を守ろうとしてきたはずよ」

「それを我々が終わらせるのです」

「は?」

「我々の力で、世界をひとつとする。我々の力により、民がひとつとなる。そうすれば、醜い争いもなくなり、無駄な死もなくなる。それは――素晴らしいことだとは思いませんかな?」

「そのために、あなた方はたくさんの子供たちを犠牲にしたのですか?」


 ? それは、きっと――私の聞き間違い、なのです。


「そんなの、ほんの少しだよ」

「少し? あれを――ほんの少しだというのですか?」

「これから救えるだろう命と比べたなら、それはあまりにも小さい。それを、何故貴様らは理解できん?」

「とんだ戯言ですね、それは」


 ノエルさんは、ニーナさまの方へと顔を向けました。


「このフラスコ内に浮かぶ人形たちは、元は少女だったものです。この中に入ることなく壊れた彼女たちは一体、どれぐらいなのか――想像すらしたくありません」

「……」

「クレイワース家の当主が変わらないままなら、この犠牲はいつまでも続きます。あなたは――その事実を、どう思いますか?」

「いつまでもとは、失礼ですな。我々は――お館様は必ずやこの研究を完成させるつもりでおるのです。それに、このまま終わらせることのほうが、彼女たちへの冒涜とはなりませんかね?」

「ニーナ=クレイワース。あなたはどう思いますか?」


 ニーナ様は、一歩前へと進みます。

 

「そう――あんたらはまだ、あんなことを続けているのね」

「それも、世界のためです。あの行いの全てに、意味があるのです」

「昔は――世界を夢見た。大きな世界に憧れた。でもね、視野を広げれば広げるほど、目の前で泣いている人にすら気づかない。だから私は、世界ではなく、あんたの言う小さい箱庭の中で――私に救える人だけを救うわ」

「だからこそ、いつまでも争いがなくならないのですよ、ニーナ様」

「そうね、確かにそうなのかもしれない。今のままでは目の前の人間しか救えない――だけどそれが人間ってものよ、ガーラン」

「何も知らない小娘が、よく言うではないか」

「知ったつもりでいることほど、愚かなことはないわね」


 そう言って、ニーナ様は再び杖を彼に向け、その先端に魔力を集約されます。


「ニーナ様、クレイワース家に楯突くつもりなのですな!」


 ガーラン様まで、杖を取り出されます。

 

「違うわ、これはただの粛清よ。――クレイワース家、当主としてのね」


 ニーナ様の杖から、魔弾が放たれました。


 しかし、それはバリアによって塞がれます。


「いい感情であり、いい気迫です。あなたのこと、認めましょう、ニーナ。あなたは、実にいい女です」


 そう言って、シスターさんはガーラン様の方へと高速で移動し、拳を叩きつけました。――が、空振りしてしまいます。そこに、相手の姿がありません。反応を追うと、離れた場所にいました。大きなフラスコの側に。あれはもう移動と言うよりは、空間転移に近いかもしれません。


 彼の後ろにいた白衣の人たちまで、一斉に杖を取り出されました。けれど、ノエルさんがすぐに移動し、彼らを殴り飛ばします。派手な音がし、飛ばされた先で眠りにつき、起き上がる気配がありません。


 私は"あわあわ"としてしまいます。


「リッカ、大丈夫だから」


 私が何かを言う前に、お嬢様は口にしました。


「で、でも――」

「大丈夫だから」


 有無を言わせない気配です。


 私は、うぅ~と思いながらも、何とか堪えました。


「リッカさん、オラも内心パニック状態っす」


 そう言って、ネネさんは私に向かって親指を上に向けてくださいます。


「だから、大丈夫っす」


 なんという、心強いお言葉でしょうか!


 仲間がいるということは、本当に素晴らしいことだと実感いたしました。


 何だか凄く嬉しくなってしまい、私までネネさんに向かって親指を突き出します。すると、ネネさんは嬉しそうに笑うのでありました。


「目隠れ――リッカを誘惑するつもりなの?」

「ち、違うっすから、誤解っすからね!」


 ネネさんはお嬢様に向かい、慌てて手を振りました。

 

「……本当、ふざけた連中だ」


 ガーラン様がこちらを見て、吐き捨てるように仰いました。

 

「それについて私も概ね賛成ですが――しかし、あなたほどではありませんね」

「ほぅ、一介のシスターのくせに言ってくれるではないか」

「この建物を囲う結界はすでに私が侵食しています。だから貴方はもう、ここから逃げることはできません」

「逃げる? この私が? そんなことはありえんよ。逃げられないのは――貴様らの方だ」


 そう言ったあと、杖を大きなフラスコの方へと向けました。


 その中にも、人形さんが浮かんでおります。


 しかし、他のフラスコと違い1体しかおりません。


『解放』


 その言葉とともに、彼の隣にある大きなフラスコが割れ、緑色の液体が勢いよく飛び散りました。

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幼い頃からお世話をさせていただくお嬢様は天使のような方なのですが、なぜかメイドの私を押し倒してきました……今から私は昇天されてしまいますか? tataku @nogika

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