第72話 侵入

「それで、この先はどうするつもり?」


 ニーナ様は、ノエルさんに問いかけます。


「結界は既に把握済みです。ですから、この結界を私の聖法で塗り替え――敵を閉じ込めます」

「そして?」

「本当に物わかりが悪い人ですね。後は敵を倒し、研究所を破壊する以外の選択肢などありえません」

「いや、他にもあるとは思うけど――まぁ、いいわ。中に、大した敵はいないのよね?」

「そうですね、私一人で何も問題はありません」

「それなのに、私たちをここへ呼んだ――というわけか」

「シオン様はこの問題に私たちを巻き込むつもりなんでしょう。彼女からすれば、私たちは全くの無関係というわけではないんでしょうし」

「そして、私は見定められているというわけね。敵か、味方か」

「オラは完全に無関係かと思うんすけど?」

「……悪かったわよ」


 ニーナ様が謝られます。


「あ、いや――お、お気になさらずっす」

「今なら、まだ間に合うかもしれませんよ? しかしこれ以上先へ進むと言うのなら、あなたたちはもう元には戻れないかもしれません」

「私は進むわよ。元々、あの男の罪を裁き、当主の座を奪うつもりだったんだから。そのための行動が、少し早まっただけの話よ」

「ニーナ様、当然私もお供します」

「……好きにすればいい」

「はい、言われずとも好きにいたします」


 ふん、とニーナ様は鼻を鳴らされました。


「ニーナは、シオン様の企みに乗り、あの人の側につくのかしら?」

「企みって――流石に言い方が悪いけど……まぁ、中に入ってから自分の目で確かめ判断するわ。――あの男が関わっているというのなら、まともな研究じゃないとは思うけど」


 お嬢様は頷かれたあと、シスターさんの方へ視線を向けました。


「因みにだけど、この作戦は学園からの正式な依頼となり、点数に加算されるのかしら?」

「さぁ、どうでしょうか。部外者である私には分かりかねますね」


 ノエルさんの返事に、お嬢様は顎を手で掴み悩み始めます。


「お、お嬢様、私たちも参加したほうがよろしいかと思います!」


 何故かは分かりません。しかし、参加すべきだと――私は思ってしまったのです。


「分かったわ、リッカ」


 私をじっと眺められたあと、お嬢様は頷かれました。


「聞いた通り、私とリッカも参加するわ」


 皆の視線が、ネネさんの方へと集まります。


「お――オラも、参加するっすから!」


 ネネさんは、両手で頭を押さえながらそう叫ばれました。




 結界の先は急斜面となっており、壁となっております。そのため、とてもではありませんが、その先に道があるようには見えません。

 

 しかし、ノエルさんが、結界のある方へと手を伸ばします。ピンと張ったその指先に、水の波紋の様な円がいくつも広がる、と――そう認識した瞬間、目の前の空間が波打ち――震えながらも結界がその姿を現しました。そしてすぐに、別のものへと変質したのを理解しました。


 目の前の景色が変わっています。


 急斜面だった場所が、草木のない拓けた平地となっており、少し奥の方に白い一階建ての大きな――本当にとびっきり大きな建屋がありました。真ん中に堅牢な扉があるだけで、他に窓などは一切なさそうです。


「あれが研究所ってわけか。それにしても、感覚派ってのは、相変わらず力任せね。他人の結界を侵食し奪い去るとは思わなかったわよ」


 ニーナ様は、ぽつりと呟かれます。


 地面から――急激な魔力反応がし、私は身震いしました。


 あちらこちらから地面が盛り上がったかと思うと、2m近い泥人形が形をなしました。す、数十体はいるかと思います。


「何よあれ」


 ニーナ様が、ため息を吐かれます。


「ただの自己防衛機能でしょう。私ひとりで問題ありません。ですので、邪魔はしないでください」


 ノエルさんは拳を作ります。黒い手袋をしており、指の付け根部分には青い宝石? のようなものが4つほどあります。そこに、高濃度の魔力が込められると、シスターさんは驚くべき速さで泥人形さんの方へと飛び出されました。そして、手前におられる方々を豪快に跳ね除け、彼らのちょうど真ん中付近で急ブレーキをかけますと、思いっきり地面に右拳を叩きつけられました。


 音。


 まさに、爆音と呼ぶに相応しい音がしました。


 土が噴水のように立ち昇ります。


「何がただのシスターよ。あいつ、魔力が対流した土ごと破壊したわ――本当、おそれいるわね」


 ニーナ様は、再びぽつりと呟かれると、杖を取り出し結界で5人を囲いました。


 空高く舞い上がった砂たちは、重力に逆らえず雨のように落ちては、結界を激しく叩きつけます。


 砂の雨が止むと、ニーナ様は結界を解除されました。


 砂煙が、少しづつ消えていきます。


 泥人形さんは一体もいなくなっており――代わりと言っては何ですが、そこには大きな――本当に大きな穴が空いておりました。そこから、ノエルさんが飛び出し、こちらへ振り向くことなく研究施設へと走り出します。


「とんだバーサーカーね、あいつ。もしかしたら、アリーシャ以上か……」


 ニーナ様は頭に手を置きため息を吐かれますと、シスターさんの方へと走り出しました。その後を、すぐにネーヴェさんが追いかけます。


 私はお嬢様と、そしてネネさんと顔を見合わせました。すると、又々轟音が鳴り響きました。


 今度は研究所の大きな鉄の扉が破壊されています。ノエルさんは既に姿が見えず、ニーナ様とネーヴェさんが中へと入って行く姿が見えました。


「いやー、豪快な人っすねぇー」


 ハハハ、とネネさんは笑いました。


「わ、私たちもすぐに向かわないとですよ!」


 お二人は全く動く気配がないため、私は少しだけですが焦ってしまいました。


「あの人がひとりいればそれで十分な気がするっすけど?」 

「採点の仕組みは提示されていない。例え依頼が成功しようと、何もしない人間は点数がゼロどころかマイナスかもね」

「まじっすか? でもこれ、チームでの依頼っすよね?」

「そんなの、形だけよ。チームと言ったって、しょせんは個人の集まりでしかないわ」

「それはなんともまぁ、世知辛い話っすねぇ」


 ネネさんは、しみじみと呟かれました。


「オラは絶対、トップにはなりたくないっす。だけど――ある程度は評価を受けとかないと、煩い人らがいるっす。だから、頑張りたくなくても、オラは頑張らないといけないんすよ」


 ネネさんは肩を竦められたあと、杖を取り出しニーナさんが向かった先へと走って向かわれました。


「それじゃあ、リッカ。私たちも行きましょうか」


 そう言って、お嬢様は私の手を取りました。


「急ぐ必要も、焦る必要もないわ」


 お嬢様は余裕の笑みを浮かべます。


「はい、お嬢様」


 そうして、私たちは手を繋ぎながら研究施設の方へと向かうのでした。


 私たちだけ――こんなにのんびりで、本当に大丈夫なのでしょうか?


 何だか、心配であります!

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