第69話 ニーナ様の授業なのであります

 食事が終わり、ゆったりとした時間が流れます。


「それにしても、魔物に出会わなくて良かったですね」

「そう出会うものでもないわよ。私たちが身につけているブレスレットは魔除けの効果もあるしね。だから、魔物より獣に会う可能性のほうが高いわよ」


 火を、じっと眺めながらニーナ様は答えられました。

 

「獣と魔物の違いってなんですか?」

「え?」


 ニーナ様は、驚いた顔で私を眺めたあと、隣に座っているお嬢様のほうへと視線を向けました。


「アリーシャ。なんであんたは、従者にそんなことも教えていないのよ」

「従者じゃないわ。リッカは、私の婚約者よ」


 そう言って、お嬢様は私の腰へと腕を回し――軽く引き寄せられました。お嬢様と密着しただけなのに、何だか恥ずかしくなってきます。

 

「じゃあ、なんでその婚約者にちゃんと教えていないのよ」

「私が側にいれば、必要のない知識だわ」


 ニーナ様は、大きくため息を吐かれました。


「す、すみません。少し前に、魔物の絵を見たとき、犬さんに似ていたものですから――ちょっと気になってまして」

「あんたが、謝ることじゃないでしょ?」


 肩を竦められますが、その顔は優しげに見えます。


「魔物の形にも色々あるわ。獣の形をしたものが一般的だけど――違いを簡単に言ってしまえば、構成成分にマナが含まれているかどうかね」

「マナ――ですか?」

「そう、マナ。それが獣に侵食し魔物化する例もあるし、マナそのものが物質化し、魔物となる場合もある」

「何故、そのようなことが起きるのでしょうか?」

「さぁね。それはまだ立証されていない。仮説は色々あるけど――魔物かどうかはマナを感じるかどうかで判断するといいわ。分かってはいると思うけど、マナはマナでしか対抗できない。それは、忘れないようにね」

「あ、はい。分かりました!」

「リッカ、大丈夫よ。あなたの隣には、常に私がいるのだから」

「アリーシャ、甘やかすのもほどほどにしときなさい。それで苦労するのはあんたじゃない、リッカよ。これ、何度も言ってるわよね?」

「何度言われようと、心配無用だわ。だって私、いつだってリッカを守る覚悟があるもの」


 お二人の目から、激しい火花が散ります。


 私の腰に回されていた腕が離れ、お嬢様はニーナ様の方へと身を乗り出しました。


「何かもう、この光景だんだんと見慣れてきたっす」

「流石は、ニーナ様です」

「何で、そのような見解になるんすか?」


 私は流石に我慢できなくなってきたため、お嬢様から気づかれないようゆっくりと離れ、立ち上がりました。


「あ、リッカさん。どうしたんすか?」

「え、あ、その――おトイレに、少し」


 小声で口にしたのですが、お嬢様の耳に入ってしまったのか、こちらへと振り向かれたため――どきっとしてしまいました。


「リッカ――まさか、ひとりでトイレに行くつもりだったの? この結界の外へ出て、たったひとりで?」


 お嬢様からジト目を向けられ、びくびくとしてしまいました。


「い、いえ――そのような、つもりではないのですが」

「そうなの?」

「え、と、はい。そうです」


 嘘をついてしまい、心苦しいです!


 しかし――――。


「まぁ、いいわ」


 そう言って、お嬢様は立ち上がりました。


「それじゃあ、行きましょうか――リッカ」


 お嬢様は笑顔で仰いました。


 ううっ。


「リッカ……もしかして、嫌なの?」


 お嬢様が訝しそうな顔を私に向けました。


「い、いえ、そう言うわけではないのですが……」

「そう、良かったわ」


 そう言って、お嬢様は私の手を握りますと――引っ張られます。何となく、ニーナ様の方へと視線を向けてしまいます。


 今日の昼――あのいざこざを止めていただいたのは、ニーナ様ですから。


「もう、諦めなさい。……私は、もう疲れたから」


 ニーナ様はこちらを見ることなく、手を振りました。


「そ、そんなぁ……」

「ほら、行くわよ、リッカ」


 お嬢様に手を引っ張られ、結界の外へと出ます。


『光よ』


 お嬢様は杖を取り出し詠唱を唱えますと、私たちの周りに光の玉がいくつか浮かび上がり、辺りを照らしました。


 少し奥へと行き、大きな樹木を回り込みます。お嬢様は足を止め、私の方へと振り向きます。


 そして、小さな結界を展開しました。


「さぁ、リッカ。私がいるからもう大丈夫よ。安心して、楽になればいいわ」


 お嬢様はとても優しげに微笑まれますと、頭に被せたフードを脱がれました。


「我慢、していたのよね? ずっと――」


 そう言って、お嬢様は杖を消された後――ゆっくりと私の後ろへと回り込み、私のフードまで外されました。


「な、何故――私の、フードまで……」

「だって、リッカの可愛い顔をみたいじゃないの。だから、何もおかしな話ではないわ」


 そう言って、お嬢様は私のお腹の方へと手を回してきます。


「ほら、リッカ。膝を曲げて、腰を落としなさい」


 え?


「昼間はニーナに邪魔されたけれど、ようやくね」


 お嬢様は私に笑顔を向けられます。


「さぁ、リッカがしてるところを――私に見せて頂戴。私はリッカの全てを受け止める覚悟があるのだから」


 何をですかね!?

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