第68話 旅人になった気分です

 早朝。


 学院前で待機していた馬車に乗り、旅が始まりました。


 学園の依頼と言うことで、皆さんはいつも通りの制服姿であり、ネーヴェさんと私も、いつも通りのメイド姿。


 ただ、私はいつもと違うのであります! それは、私の胸元には、六芒星のペンダントがあることです。皆さんとは違い、私は魔力を完全に消すことができません。それを補ってくれるのがこの魔道具となります。昨日、わざわざ街へ出て――お嬢様が私のために買ってくれた物。


 昨日、そして目覚めたときにも、私は何度もお嬢様に感謝の言葉を伝えました。


 でも――何度伝えたって、足りない気がします。


 ペンダントに触れているだけで――私は、勇気を貰えます。


 お嬢様、本当にありがとうございます!


 


 * * *

 

 


 昼と夜、それぞれ近くにある街で止まり、少しだけ見慣れぬ風景の中を歩きました。


 目的地へ到着したのは、次の日の朝方。


 到着した後、前の街で買ったサンドイッチを皆で食べました。凄く美味しかったです!


 馬車を降りると、山脈地帯を歩き、次の目的の場所へと目指します。


 目立たない服装と言うことで、全員がフード付のマントを羽織ることとなりました。逆に目立つ気がするのですが、それは私の気のせいでしょうか?


 目的の研究施設は奥地にあるらしく、かなりの距離を歩くことになりそうです。


 平地と違い、山道は起伏が大きいのであります。急な斜面が多く、歩くのが大変だと感じました。しかし、足腰が鍛えられるので、凄くいいと思いますね!

 

 長く太い樹木に囲われ、根っこがあちらこちらで波打ち、足場があまりよろしくありません。けれど、先頭を突き進むニーナ様とネーヴェさんは慣れているのか、スムーズに道を切り拓いていきます。


 始めの方はお嬢様が文句を仰い、そのたびにニーナ様が怒り、私の胃を痛めておりました。けれど、数時間後、会話はほとんどなくなり、時間と体力だけが摩耗していきます。


 


 空が暗くなり、辺りが見えなくなってきますと、しばらくは光の魔法で道を照らしながら先へと向かいました。


 急に、先頭を歩くニーナ様が足を止められます。


「今日は、ここまでね」


 その言葉を聞くと、お嬢様とネネ様はその場に倒れ込んでしまいました。


「あんた達は本当に情けないわね。体力なさ過ぎなんじゃないの?」


 お二人共、言い返す気力もないのか――項垂れたままです。膝をつかれたお嬢様の背中を擦りました。息が荒く、心配となってしまいます。あ、ネネ様が仰向けに倒れ込んでしまいました。だ、大丈夫でしょうか?


「リッカ、そんな役立たずども――ほっときなさい」


 そう言って、ニーナ様は四角い結界を大きめに展開した後、杖を地面に向けますと、そこに薪が現れ炎が巻き起こりました。


 かなり肌寒くなってきましたので、凄く助かります。


 お嬢様が膝をついたまま、炎の側に近寄りました。


 ネネ様も、のそのそと起き上がりますと、よちよち動作で火の近くまで寄ってこられます。そのお姿は、とっても可愛らしく、キュンとしてしまいました。


「暖かいわね、リッカ」

「はい、そうですね。お嬢様」

「それでも、リッカほどではないけれど」


 お嬢様は私を見て、何故かドヤ顔となります。

 

「何を馬鹿なことを言ってんのよ」


 腰に手を置きますと、ニーナ様はため息を吐かれました。


「ニーナ様、近くに川があり、魚の気配がします」

「頼めるかしら?」

「当然です」


 そう言ったあと、ネーヴェさんは素早く何処かへと向かわれました。


「ネーヴェさん、山道になれてるんですね」

「そうね、昔は山の中で暮らしてたみたいだし」

「銀髪銀目は珍しいっすよね? 見たのはネーヴェさんが初めてっす。もしかして、国外の人っすか?」

「……さぁね」


 あまり、答えたくないみたいです。それを察したのか、ネネさんは口を閉ざされました。


 

 暫くして、ネーヴェさんが戻ってきました。


 長めの串を10本ほど持っており、それぞれに魚が刺さっています。ネーヴェさんは、それらを火の周りの地面に突き刺しました。


「こんなに魚を獲られるなんて、凄いですね」

「特に、そうでもありません。普段、何の役にも立たない特技ですので」

「今、役に立ったんだから――それでいいじゃない」

「ニーナ様、役に立ちましたか?」

「……同じことを、二度も言うつもりはないわよ」

「そうですか、それは残念です」


 言葉とは裏腹に、それほど残念そうには聞こえませんでした。


「私、魚は骨があるから苦手なのだけど」

「……あんたは本当、場の空気が読めない女ね」

「は? 意味が分からないわ」

「分からなくていいから、黙って食べなさい」

「お、お嬢様、好き嫌い駄目ですからね」

「リッカ、その言い方だと子供扱いされているみたいで、何だか嫌だわ。別に好き嫌いの話をしていたわけではなく、苦手だと文句を言っただけだわ」

「同じ意味でしょ」

「何を言っているのかしら? 全く違うわ。馬鹿なの?」

「お、同じ意味かと思います」

「リッカ……あなたは又、ニーナの味方をするの?」


 お嬢様が、ショックを受けた顔をなさいました!


「ち、違いますからね、お嬢様!」

「そ……そう? なら、いいのだけれど」


 お嬢様は、ほっとした顔をなさったため、私も安心いたしました。


 立ち昇る煙を見て、ふと疑問に思いました。


「――煙がでていますが、研究施設の人には気づかれないですかね?」


 辺りが暗ければ、気づかれないものなのかもしれませんが――少し、不安です。

 

「まだ、半日以上の距離があるし大丈夫よ」


 ま、まだ、あと半日以上も歩くとは――お嬢様とネネさんは大丈夫でしょうか?


 お嬢様も、ネネさんも口元を引きつらせております。


「それに、この結界を抜けた後は煙が拡散して、外からでは分からないようになっているから何も問題ないわよ」

「そうなのですか? それは凄いですね!」

「リッカ、そんなの私だってできるわ」

「流石は、お嬢様です!」


 お嬢様は髪をかきあげ――優雅に笑われました。

 

 


「ありがとうございます」

 

 ネーヴェさんから焼けた魚を受け取り、感謝の言葉を伝えます。


 そして、私は心の中で祈りました。


 いただいた命を、無駄にしないことを私は誓います。


 祈りを終え、私は焼魚を口にしました。


「あ、凄く美味しいです! ですよね、お嬢様!」


 先に受け取り、口にしていたお嬢様へ今の感動を伝えます。


「そうね、意外と悪くないけれど――やっぱり、骨が邪魔だわ」

「そ、それは、仕方ないかと……」

「捕れたての魚は、すぐに焼いて食べるのが一番美味しいのよ。それに、ネーヴェはこう見えて料理は得意だしね。やっぱり、火加減は大事だと思うわよ」

「今日のニーナ様は、かなり私を褒めていただけるのですね」

「別に、褒めてるつもりなんてないわよ。本当のことをありのままに言っているだけ」

「ニーナ様……私の身体は、いつでもあなたを受け入れる準備ができています」

「だから、なんでいつもそうなるのよ!」


 ニーナ様は怒られましたが、ネーヴェさんは相変わらずあまり表情が変わりません。しかし、どこか嬉しそうな顔となっておりました。

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