第59話 王女様のお話

「シオン様は特異体質なのよ」

「特異体質、っすか?」

「そう、生まれつき普通の人間とは違う人」

「……」

「彼女は女性に対してチャームの能力が常時発動するという――特殊な体質」

「チャーム?」


 私はつい、疑問の声を上げてしまいました。

 

「そう、チャーム。人を魅了し、相手の脳に働きかける――そんな、能力」

「そ、そんな魔法があるのですか?」

「魔法ではないわ。先天的に持って生まれた特殊能力は基本的に、魔法ではなく能力――または、超能力と呼ばれ、魔法では再現できないと言われている」

「な、なるほど」

「どちらかといえば、魔法より聖遺物と同じ枠組に入るかもしれないわね。先程、シオン様が目隠れの魔眼を神からのギフトと呼んでいたでしょ? そんな呼び方、初めて聞いたけれど、あながち間違いではないのかもしれないわね」

「――ギフトとは言っても、その能力は人の生き方を縛るものになるっすけどね」

「それはどれも一緒よ。生まれた家、才能、容姿によってある程度、人は生き方を縛られる。大小――差はあれどね」

「確かに、そう――っすね。その通りっす」


 ネネ様は顔をうつ向かせ、苦笑されました。

 

「あの人の能力は、何をしても女性から好意的に受け止められる――ただ、それだけの能力だと思われていた。だけど、彼女が12歳のとき、当時国王の愛人のひとりを寝取り――さらに、王国の重要人物たちの妻や愛人達を手籠めにし、裏で国を意のままに操ろうとした――って思われたのよ。本人としては、そんなつもりなかったらしいけれど」

「な、なんなんすか、そのぶったまげた話は!」

「だから、彼女は王位を剥奪され――能力を封じ込めるため、身体に刻印を刻まれたって話よ」

「じゃあ、今はもうその能力が使えないってことっすか?」

「それが不思議なことに使えるのよ。常時発動することはないけれど、彼女が使いたいときにその能力は使用される。そのことを、上の人間は一切知らないのだけどね。だから――気をつけなさい。あの人は自分の欲に対して素直な方だから」

「や、やっぱり、さっきもオラにチャームの能力を使ってたんすね、あんのお姫様は!」

「いいえ、さっきは何も使ってなかったわよ」

「え?」


 手足をばたつかせていたネネ様の動きが止まり、お嬢様の方へゆっくりと顔を向けます。


「ま、まじっすか?」

「何? 私が嘘ついたとでも言いたいの?」


 お嬢様は、不機嫌そうにネネ様を睨みつけられました。


「い、いや、滅相もないっすよ!」

「ニーナ様、どうやらネネ様はもう――王女様にお熱のようです。ライバルが減ったようで、私は安心しました」

「……なんのライバルよ、なんの」

「メイドさん、それは誤解っすからね!」

「ネーヴェです、ネネ様」

「ね、ネーヴェさんですね、分かったっす。あと、オラのことは呼び捨てで構わないっすよ? 様を使われると、どうしても鳥肌が立つっすから」


 そう言って、ご自身の両腕を擦りました。


「了解いたしました。しかし、呼び捨てはできません。ネネさんと呼ばさせていただきます」

「それで、お願いするっす」

「では――私も、ネネさん、と呼んだほうがよろしいですか?」

「リッカさん、是非ともお願いするっす」

「分かりました、ネネさん」

「リッカ、名前で呼ぶ必要なんてないわ。目隠れで十分よ」

「いやーそれは、十分ではないっすよ?」

「しかし、私はお嬢様のように――ネネさんをあだ名で呼べるほど心を通わせておりませんので……」

「リッカ」


 お嬢様は私の名前を呼ぶと、私の肩に手を置きます。


「もしかして、嫉妬してくれているの?」


 その言葉で、顔が熱くなってしまいます。


「す、すみません」


 お嬢様の目が見れず、視線が地面に向いてしまいました。


「り、リッカ、あなたは――」

「いい加減にしなさいよね」


 ニーナ様が前に出られると、私に抱きつこうとしたお嬢様と私を引き離してくれました。


「……ニーナ」

「恨みがましそうに、私を見るな! 少しは学習しなさいよ、あんたは」

「リッカに関して、私は学習する必要性などないわ」

「これはもう、不治の病ね」


 ニーナ様はため息を吐かれますと、肩を竦められました。


「とにかく、もうお昼なんだから、さっさと食堂に向かうわよ」

「食堂より、寮よ。今すぐ戻りましょう、リッカ」

「何を言っているのよ、あんたは。時間が決まっているのだから、食事抜きになるわよ」

「全く構わないわ」

「わ、私は構いますよ、お嬢様!」


 お嬢様は私の顔を見たあと、渋い顔をなされました。


「分かったわよ、リッカ。食堂には行くから、そんな目で私を見ないで」


 え? どんな目をしてましたか? 私――。


「それより、ネーヴェ。今から食堂に向かうんだし、いい加減――私の服を掴むのは止めなさい。伸びるでしょ」

「嫌です」

「嫌ですって――あんた」

「ニーナ様が悪いかと」

「悪いって、何がよ」

「私を、心配させたニーナ様が悪いかと」

「は? あんたが私を心配するなんて百年早いわよ」

「では、そんな私に心配されたニーナ様が悪いかと」


 ニーナ様は、静かに息を吐き出します。

 

「分かった、分かったわよ。私が悪かったわよ。だから、手を離しなさい」

「嫌です」


 今度は、盛大なため息を吐かれました。


「私は昔、あんたに約束したはずよ。あんたを絶対にひとりにはしないと」


 そう言って、ニーナ様はネーヴェさんの手に触れます。


「……」


 ネーヴェさんは何も言わず、黙ってニーナ様を見つめます。


「私は約束を決して破らない。だから、あんたは私を信じて――ただ、前だけ見ていればいいのよ」


 手が――ゆっくりと、ニーナ様から離れます。


「この私を選び、この私に仕えてくれたこと――決して後悔させないわ、ネーヴェ」

「……はい。ニーナ様」


 そして、ネーヴェさんはいつもと違い、分かりやすく笑みを浮かべるのでした。

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