第56話 償いは身体でお返しします!

 水晶に触れ、お嬢様の魔力を感じた瞬間――不思議な感覚に襲われました。


 ――気が付いたときには、暗い闇の中、たったひとりで突っ立っていました。


 しかし、足元にはたくさんの光の玉が浮いており、怖い――というよりは、美しいと感じました。


「※ ※ ※ ※」


 声がして、後ろへ振り返りました。


 そこには、人の形をした誰かがいます。


 しかし、身体全体が光を帯びているため――どんな人なのかが分かりません。


 声を出そうとしても、音とならないため――びっくりしてしまいました。


「※ ※ ※ ※」


 聞き馴染みのない言葉のため、何を言っているのかが分かりません。私自身、何かを伝えようとしますが――私の口からはなんの音もでてきません。


 目の前の誰かは、喋るのを止め――じっと私を眺めます。表情が見えないため、多分ですが。


 その人は私の方に向かって歩き出し、近くで足を止めます。手を伸ばし、私の頬に触れる――そう認識した瞬間、元の場所へと戻っていました。

 

 水晶に触れている私へと、意識が戻ります。


 一体、どれほどの時間だったのでしょうか? その問いかけに気を取られていると、音がしました。それは水晶の方からです。目を向けると、ひびが入っていました。


 え?


 水晶は、さらに亀裂が走ります。私は慌てて手を離しました。しかし、崩壊は止まらず――水晶が粉々に砕け散り、気体となって消えてしまいます。


 私はあまりの出来事を前にして、頭が空っぽとなり、再び――放心してしまいました。


 音。


 何か、音がしました。


 周囲が、ざわつきます。


「リッカ」


 この声は――。


 私はしゃがんでいたため、立ち上がり――顔を上げました。


 目の前に、皆さんがいます。


 お嬢様が、私に向かって――手を広げていました。


 私は我慢できずに駆け寄り、強く――強く、抱きしめます。


 そして、お嬢様の胸に沈んでいた顔を上げた瞬間、唇を塞がれびっくりとしてしまいました。


 私は慌てて距離を離します。


 不満そうな、お嬢様の顔。


「全然、足りないわ。リッカ」


 不覚にも、同じ考えを持ってしまいそうな自分を律します。


「こ、この場では――抑えてください」

「ここ以外なら、いいってことなのかしら?」


 お嬢様の言葉を、何故か否定できませんでした。そんな私を見て、お嬢様は何故か満足げに微笑まれます。


 ――後ろのほうでは、ニーナ様がネーヴェさんを叱りつけていました。一体、何があったのでしょうか?


「リッカさん」


 名前を呼ばれ、後ろへと振り返ります。


 王女様が私を見て、微笑んでおりました。


「水晶――壊れてしまいましたね」

「あ! その――すみません。私が――壊したん、ですよね?」


 王女様は、笑顔で頷かれました。


「そ、そうですよね。ミホーク様に謝らないと――」

「いいえ、リッカさん。あの水晶は私のですよ」

「え? そうだったんですか?」

「はい、その通りです」

「そ、そうだったんですか、すみません」


 私は頭を下げました。


「……その、やっぱり――お高いんですよね?」


 私は、おそるおそる尋ねました。


「それはもう、国宝ですから」

「え!?」

「リッカさんでは、おそらく一生働いても返せないぐらいの額かと思いますね」


 あ、足がガクブルとしてしまいます!


「ですが、大丈夫です。お金ではなく――身体で返していただければ、何も問題はありません」


 そう言って、王女様は何故か舌舐めずりをしました。もしかしたら、唇が乾燥していたのかもしれません。


「わ、分かりました。私でできることなら、ぜひ。ちゃんとお役に立てられるかは分かりませんが!」


 私は握り拳を作り、自分を奮い立たせます。

 

「安心してください。リッカさんは、私に身を任せていただくだけでよいのです」

「よく分かりませんが、頑張ります!」


 そう言った瞬間、何故かお嬢様から頭を叩かれました。


「い、痛いのですが」


 私はじんじんと痛む頭を優しく撫でます。


「自業自得だから」


 え? そうなんですか? それならば、仕方がありません。


「リッカ、水晶のことを言っているのなら、大丈夫よ。あれは絶対に壊れることなどありえないから」

「で、ですが。私の目の前で壊れてしまいましたよ? そして、消えてしまいました」

「あれは壊しても、すぐにまた元通りよ。だから、深く考える必要もない。今頃、元通りとなり、本来の持ち主のところへ戻っているはずだから」

「そ、そうなんですか?」


 私は王女様の方へ視線を向けると、返事はない代わりに笑顔を返されました。


 ど、どういう意味でしょうか?


「姫様、これでもういいだろ? これであの件は不問ってことでいいんだよな?」


 ミホーク様がいつの間にか私の隣にいました。


「はい? 何を言っているのですか?」

「いやだから、今回の件を手伝ったら――」

「これは、全てあなたの独断です。そうですよね? ミホーク」


 王女様の微笑みを見て、ミホーク様は何故か顔を引き攣らせたあと、ため息を吐かれます。


「分かりましたよ。――今回の件、全ては俺の独断です」


 そう言って、ミホーク様は肩を竦めます。


 その姿を見て、王女様は満足そうに頷かれました。


「じゃあもう、行っていいですかねぇ?」

「はい。もう、さっさと行ってください」


 王女さまの言葉に、ミホーク様は何とも言えない顔をなさりました。


「とにかく、アリーシャ。分かってんだろうが、今回――俺は手を抜いていた。だから勘違いして、勝った気になんじゃねぇぞ?」

「分かっています、ミホーク様。だからどうかご安心を」


 お嬢様の言葉を聞き、ミホーク様は鼻を鳴らされます。そして、指を鳴らし結界を解除された後、ご自身の姿も消されました。

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