第55話 我儘

 誰一人この場から離れず、水晶の周りに人が集まり――先程おきた現象について話し合っています。人が近くにいてくれるだけで、こんなにも勇気をいただけるとは思っていませんでした。ネーヴェさんも少し、落ち着いた気がします。


 消えた4人は目の前にある水晶の中だと――ネーヴェさんや、他の皆さんがたは、そう結論いたしました。その見解に対し、頭ではありえないと思いながらも――感覚的に、それはそういうものだと認識している私がいます。自分で言っておいてあれですが、訳の分からないことを言っていると自負しております。


 皆さんがたの会話の中で、聖遺物という単語が何度か出てきました。少し前、お嬢様の口からも聞いたことがあります。


「聖遺物とは、一体なんですか?」


 私の質問に、皆さんは驚いた顔をなされました。


 どうやら、恥ずかしい質問をしてしまったみたいです。しかし――。


「聖遺物とは、神が人のために遺した聖なる至宝と呼ばれているんだよ。人では決して理解できず、人の身では決して辿り着けない領域に足を踏み入れ、奇跡をおこすことのできる――聖なる遺物」


 と、マイケルくんは丁寧に教えてくれました。


 私が感謝の気持ちを伝えると、マイケルくんははにかんだように笑います。


 ――再び、周りがざわざわとしました。


 私たちがいるグラウンドの中へ誰かが入ってきました。どうやら、この場所を覆う結界は――出ることが難しくても、入ることに対しては特に制限がない模様です。


 それよりも、私は入ってきた人物を見て驚いてしまいました。なんと、王女さまがひとりのメイドさんを連れて、こちらへと向かってきております。メイドさんは12歳ぐらいの少女で、見た目はすごく幼いのですが、表情や動きが完璧で――まるで熟練のメイドさんを見ているような錯覚となります。


 王女さまは我々の近くで、足を止められました。


「皆さま、ごきげんよう」


 優雅にスカートの裾を掴み、丁寧な挨拶を披露していただけました。後ろのメイドさんも、完璧な礼を行います。


「ご、ごきげんよう――で、あります!」


 私は慌てて頭を下げました。皆さまも、私と同じように頭を下げます。


「ええ、皆さま――ごきげんよう」


 王女さまは愛くるしい笑顔で微笑んでくれました。


「ところで皆さま、集まってどうされたのでしょうか?」


 そう言って、王女さまは首を傾げられました。


「あ、あのですね、ミホーク様が水晶をだされたかと思うと、お嬢様方がその中に入り込んでしまったのです!」


 そんな私の訳が分からない説明を聞き、王女様は不安そうに眉を寄せますと、頬に左手を添えました。


「まぁ、それはなんて恐ろしい話なのでしょうか。そのような摩訶不思議な出来事――全く想定しておりませんでした」


 そう言って、王女様はなぜか優雅に笑われました。

 

「そ、そうですよね。私も未だに信じられませんから」

「リッカさんは、アリーシャを助け出したいのですか?」

「そ、そんなの、当然です。しかし、私がお嬢様を助け出したいなどと――そのような願いごと、あまりにも傲慢――」

「リッカさんはもっと願っていいと思います。いいえ、違いますね。もっと、願うべきです。あなたには、それだけの力と――それを行使するだけの資格があります」

「私に、そのような力はありません」

「いいえ、ありますよ。あなたにはあるんです。本当のあなたは、それを理解しているはず。――そのため、あなたは自分の願いに蓋をする」


 何を――言っているのでしょうか?


「難しく考える必要はありません。ただ、願うだけでいいのです」

「願う――だけ、ですか?」

「そう、ただ願うだけ。アリーシャを助けだしたいのでしょう?」

「私は――」

「ただ、彼女を思い、その水晶に触れるだけでいいのです、リッカさん。あなたなら、それが分かるはず」

「……お言葉ですが、王女様。あの水晶に触れることは――あなた様以外、無理かと思います」

「あなたは、確かニーナさんの――」

「ネーヴェです、王女様」

「そう、ネーヴェさん。安心してください、リッカさんなら大丈夫です」


 王女様は――私の肩に手を置き、私の耳元に口を近づけます。


「リッカさん――もしかしたら、アリーシャはとんでもない目に遭っているかもしれませんよ?」


 その言葉を聞いた瞬間、頭の中が――。


 ――私は、後ろを振り返ります。


 水晶に近づき、手を伸ばしました。


 後ろから――誰かの声がしたような?


 だけど今は、それを気にする余裕などありません。


 私はただ――願うだけ。


 ――黒い光輪が蠢きますが、私の手が触れる前に拡散します。


 私は――目を閉じ、水晶に触れました。


 願います。


 私は――願ってしまいました。


 自分のために、願ったのです。


 ただ、お嬢様に早く会いたい――と。


 そう、私は――早く、お嬢様の声が聞きたい。


 早く、お嬢様の無事が知りたい。


 今は――大変なときかもしれません。


 余裕など――全くないのかもしれません。


 それでも、私は早くあなたの声を聞き――私を今すぐに安心させて欲しいのです。


 それは、なんて――――我儘。

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