第54話 アリーシャ④

 土煙が舞う。


 ゴーレムの両腕に黒い線が走ったあと、両肩まで破裂した。よろめいたが、後ずさり体制を整えると、腕が再生していく。


 もしかしたら、ミホークとは相性がいいのかもしれない。多分だが、視界に収まらないものは拘束できない――と私は推測した。


 普通なら、術者を叩くのが基本。だが――奴はそれをする気配がない。


 土煙が消えていく。


 奴は笑っていた。


 怒り狂う可能性があると身構えていたのだが、少しだけ拍子抜けした。奴にとって、あれが想定の範囲内だったというのなら、流石に気持ちも落ちる。


 絶好のチャンスを決めきれなかったのは、かなり痛い。ミホークも余裕をかましているが、これで――少しは警戒をするだろう。そうなれば、あれほどの機会が又やってくるとは思えない。


 もう、すべてが面倒くさくなってきた。あぁ、早くリッカに会いたい。リッカに早く会うためなら、奴に頭を下げても構わない。けれど――そんな私を、リッカには知られたくない。


 杖を、握る力を強めた。


 リッカのために、少しでもマシな自分となりたい。だから、こんなところで挫けている場合ではないのだ。


 ミホークに向かって、再び魔法弾が放たれる。彼は身体を翻し、それを避けた。引き続き、ゴーレムの右手が奴を押し潰そうと地面を叩きつける。しかし、それも余裕で回避した。そのタイミングで――私から視線がそれたため、すぐに木々の中へ入り、魔力を消した。


 さっきから、媒介の探知に意識を向けているが――それらしき物が全く見つからない。だから、不安となってきた。本当に、そんなものが存在するのか? 問いかけたところで、答えが返ってくるわけもない。


 私は木の幹に足をかけ、寄りかかる。


 危険だが、もう少し近寄るべきか?


 私は目を閉じ、思考を加速させる。


 ――しかし、なぜかリッカの顔が思い浮かぶ。私は自分の顔を手で押さえると、頭を振った。リッカの存在は私を幸せにする。だが、流石に今は自重しなければやばい。そう思えばそう思うほど、リッカの存在が大きくなり、私を包みこんでくれる。


 ――その瞬間、私はハッとした。


 私は目を開けると、ミホークの方へ視線を向ける。透視をし、魔力の流れを追う。


 もしや――と思った。


 私は少し思案したあと――ゴーレムを動かすたびに漏れる微小の魔力を追い、目隠れの元へと飛んで向かう。



 私は目隠れの姿を見つけると、地上へと降りた。


「目隠れ、お願いがあるわ」


 私は彼女の名前を呼ぶ。そして、悔しいが――下手にでることにした。私は、彼女にお願いをしなければならない立場だからだ。


「な、なんすか? それ――もしかしてオラのこと言ってんすか?」


 何を言っているのだろうか?


「そんな当たり前のことをいちいち聞かないで欲しいのだけれど。それは、時間の無駄にしかならないわ」

「そ、そうっすか。……で、なんすか? オラ、ゴーレムを動かすので精一杯であまり余裕がないんすけど?」

「私が合図をしたら、ゴーレムの物体化を解除せずに――ここまで引き下がらせて欲しいの。ミホークに背を向けずに」

「わ、わざわざっすか? そんなことしたら、ミホークさんがここに来ちゃうじゃないっすか!」

「あなたは魔力を隠しているつもりかもしれないけれど、あれを動かすたび――魔力が漏れてるわよ」

「ま、マジっすか」

「だから、私はあなたの魔力を追跡できた。悔しいけれど、私にできることを、奴にできないはずがない」

「じ、じゃあ、なんでミホークさんはここまで来ないんスか?」

「理由なんかどうでもいいわ。来ないという事実だけで十分。それよりも、私のお願い――聞いてくれる、ということでいいのね?」

「お願いをされている気が、全くしないんすけど!」

「無駄話は結構よ。それより、問題ない――ということでいいのね」

「あ、相変わらず、圧が強いっすね……」

「で?」

「わ、分かったすよ!」

「そう、ありがと」


 私はわざわざ感謝の言葉を吐く。


 そんな大人の対応をした私の姿を、リッカにはぜひ見せたかった。今、ここに彼女がいたならば――私に称賛の言葉を贈ってくれたことだろう。


「――それで、いつ実行すればいいんすか?」

「少し、待って」


 私は紙を生成し、そこに魔法の文字を貼りつける。そして、折り曲げると紙をとある場所へ飛ばして向かわせた。


「何をしたんすか?」

「ニーナがいるだろう、おおよその場所に飛ばしただけ」

「飛ばしてどうするんすか?」


 いちいち聞いてくることに対して、私はイラッとした。しかし、こちらはお願いをしている手前、無下にもできない。


 本当、私も大人になったものだと――つくづく思う。


「私が指定した場所で紙が開き、数分間だけその中に閉じ込めた文字が宙へ浮かぶようになっている。その紙にはわざと私の魔力を染み込ませているから――ニーナなら私の意図に気づくと思うわ。おそらくだけど」

「何かの作戦を伝える、ってことっすか?」

「別にそんな大層な話でもないわ。ただ、私がやろうとしていることを伝えるだけ」

「意外と、ニーナさんのこと信じてるんすね」

「そうでもない。私の伝達に気づこうが気づくまいが――私のやることに、なんの影響もないわ」

「おー、なんか格好いいっすね」


 その言葉を聞き、鼻で笑いたくなる。


 私は目を閉じ、集中した。


 ミホークの頭上高くに魔力の反応。


 目を、開けた。


「目隠れ、今すぐゴーレムを引き下がらせて」

「わ、分かったっす!」


 土塊が後退りながら後退していくたび、木々を薙ぎ倒していく。


 ある程度、離れたタイミングで――空から魔力の雨がミホークに降り注ぐ。


「あの雨が止んだ瞬間、ゴーレムを走らせてミホークに拳を叩きつけなさい。そして、それはなるべくあの大きい石の近くでお願いするわ」


 目隠れが頷く。


 私は後退し足を止めたゴーレムのふくらはぎに取手と足場を魔法で作り、それに飛び乗った。


 雨が止み、ゴーレムが走り出すと、ニーナが魔法で援護する。


 土塊が敵に近付くと、拳を振り下ろす。


 ミホークは再び後退して攻撃を避けた。


 それは、予想通り。


 私は自分の分身を作り出し、左側から飛び出させた。


 案の定、ミホークの魔法により拘束される。


 しかし、すぐにその正体に気づくだろう。


 たが、そのときにはもう遅い。


 私はゴーレムから飛び出し、石に手で触れた。


 ここから――リッカの魔力を微かに感じる。


 これに気づけたのは――おそらく私だけ。


 それは――私とリッカの絆。


 どんな複雑な術式でも――中から綻びがあれば、簡単に崩れてしまう。計算式など必要ない。ただ、答えを示すだけ。


 ミホークと目が合う。


 不覚にも、やばい――そう思った瞬間、ニーナが私たちの間に割り込み、壁を生成した。


 私は目を閉じ、集中する。


 石の中に手を侵入させ、媒介を破壊した。

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