第53話 アリーシャ③

 ミホークの魔法は何度も見たことがある。拘束魔法を得意とし、捕らえた敵の魔力を吸い出すエナジードレインは少々やっかいだ。一時的とはいえ、奴の魔力が跳ね上がるから。

 

 魔物より、対人戦に特化し、汚れ仕事を好んで引き受ける。私はあの男のことがが大っきらいだ。とはいえ、実力は認めざるをえない。しかし、人を見下し、本気を出さない自分に酔いしれる変態であり、かなり油断は多い。そのため、多少は勝利の可能性があると私は考えている。


 私は知っている限りの情報を二人に伝え、作戦を立てることにした。


 


 それぞれが魔力を消すと、私は結界を解除する。風の魔法で体を浮かし、木の幹まで飛んだあと足をその上に置いた。


 目隠れはまだ、飛ぶ魔法を習得していないらしい。

 

 反対側の木の幹にニーナが足を付けたのを確認し、目隠れに視線を向けた。彼女は頷き、走り出すと、直進でミホークのところまで向かう。


 私とニーナはそれぞれ別ルートで迂回し、あの男のところへ目指すこととなっている。


 ミホークは拘束魔法のスペシャリスト。基本、拘束魔法の範囲は1m圏内であり、単体に対して使用するもの。戦闘時に相手を捉えるのは至難の技であり――かなり癖のある魔法だ。しかし、あの男はそれを自由自在に使いこなす。単体魔法という常識を覆し、複数相手だろうと同時に拘束する。セリーネ様は、その範囲を5m圏内だと推測していた。私もそのような認識を持っている。もしかしたら、それはそう見せかけていただけ――という可能性もあるが、もしそうだった場合、見下した相手に隠していた事実をわざわざ披露するとは考えにくい。


 色々考えた結果、2人にはミホークと対峙するときは10m以上の距離を意識するように伝えた。それぐらいないと、すぐに距離を縮められる可能性がある。


 拘束された時点で私たちに成すすべはなくなるため、10m以上なら大丈夫などと――安易に考えるわけにはいかないが、それを想定して動く他になく、ある程度は腹を括るしかない話だ。


 私たちが決行する作戦は、作戦と呼べるような代物ではない。――三手に分かれ、15m付近でそれぞれ待機。頃合いを見計らって、私が攻撃したのを合図に、三方から遠距離で魔法を放つ。ミホークの出方を伺い、距離をつめながら、それぞれが媒介を探索し、破壊する――ただそれだけの話。


 


 ミホークから15mほど離れた幹の上に足を置いた。ここからだと、木々が上手いこと壁となり、視界を遮ってくれる。魔力を消しているだけでは心許ない。私は気配遮断の結界を少し大きめに展開し、透視の魔法を発動した。


 そこは、少し拓けた場所。大きな石の上に座っているミホークの姿が見えた。相変わらず、余裕そうだ。あの男は私たちを探知しようとする気配すら感じられない。


 私は、精神統一するため瞼を閉じる。


 身体に流れる魔力の循環を速めた。


 頃合いだと思い、私は目を開けると――杖を生成し、構えた。結界内に閉じ込めたマナの全てを杖の先端に集め、私の魔力で圧縮する。


 透視の魔法で相手を見据え、狙いを定めると――私は直径30mmの魔法弾を放った。しかし、ミホークの手前で拡散する。その瞬間、奴は私の方へ振り向き――笑った。


 寒気がし、距離を取ろうとしたとき――高魔力の反応で足を止めた。すぐに防御魔法を展開する。予想通り、結界は簡単に割れ、魔法の盾に衝撃が走った。割れはしなかったが、私の体は弾き飛ばされる。空中で何とか押しとどまったが、息つく暇もなく再び魔力の反応がした。今回は――範囲が広すぎる。私は杖の先端に六角形の板を生成し、自分の身体を覆えるだけ――いくつも連結した。


 今回はそれほどの衝撃はない。範囲が広ければ広いほど威力は分散する。


 煙が風に流されていく。


 新たな魔力反応もないため、私はバリアを解除し、ミホークに視線を向けた。目と目が重なる。私の前に生い茂っていた木々は綺麗になくなっていた。


 私は身構えるが、ミホークは石の上から動く気配がない。奴はニーナや、目隠れの攻撃に目を向けることなく対応し、特に気にした風はない。ただ私を見てにやにやしている。挑発しているつもりなのかもしれない。それにしても意外だ。戦闘となれば、獣のようにじっとしていられないはずなのに、あまりにも大人しすぎる。


 もしかすると、発動者は――媒介から一定の範囲内でしか行動できない制約があるのかもしれない。そうなると、本来は発動者ひとりで使うのには適していない聖遺物となる。


 私が距離を縮めようとしたとき、ミホークの前にある地面が急に盛り上がり、波打った。そして勢いよく土が空高く噴き出すと、それはゴーレムとして形作られた。高さは10m以上。あの物体から、目隠れの魔力が漏れ出していた。


 ゴーレムが大きな両腕を上げる。その拳に炎が立ち昇り風で補強された。そこにニーナの魔力が込められている。


 なるほど、と思った。


 私もさらに補助魔法をかけ、炎の勢いを増幅させる。

 

 それを見て、ミホークはなぜか拘束魔法を使わず、石の上から距離を取った。そして、短剣を生成する。儀式用で使用するような煌びやかな短剣。それが彼の杖だ。


 ゴーレムは向きを変える。


 ミホークが土塊に短剣を向けた瞬間、私は5mほど距離を縮め、魔法を放ったが、防御魔法で塞がれた。奴は何事もなかったかのように、魔法弾をゴーレムに対して放ち、土塊の胴体に穴を空けた。


 私の予想に反して、ゴーレムの動きに変化はなく、空いた穴が蠢き、すぐに修復される。


 そして――大きな両腕を、ミホーク目掛けて振り下ろした。


 奴は防御魔法を展開する。他の攻撃を警戒してか、六角形のバリアを球体で構成した。


 正直、舐められたものだと思う。


 私は高速でバリアをサーチした。魔法弾を10発同時に展開し、直径15mmまで圧縮する。さらに加速の魔法を重ねがけした。


 六角形で完璧な球体などできない。


 必ず弱い場所ができる。


 セリーネ様レベルとなると、上手く隠し通されるが、ミホークはそこまで器用ではない。


 私の魔法弾がそれぞれ円を描くかのようにある一点に集約し、着弾した瞬間――ミホークの防御魔法はガラスのように割れ、崩れた。


 彼は驚いた顔を、私に向ける。


 ――いい、気味。


 ミホーク、知らなかったでしょう?


 私――攻撃とサーチ速度だけは、セリーネ様以上だと自負している。

 

 ――ゴーレムの拳が、奴に直撃した。

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