第52話 アリーシャ②
私の身体が別の空間に移動し、地面に足がついたと同時に結界を張った。他の二人が私のすぐ隣にいることはすぐに理解したため、四角い結界を少し大きめに展開した。そしてすぐに、ミホークの気配を追う。それを感知すると、私はゆっくりと瞼を開けた。
樹海――のような場所だ。
太く、長い樹木に囲まれた場所。
木々の葉の隙間から覗く空は、雲ひとつない碧の天井。
ニーナと、遅れて――目隠れ女も目を開けた。
「どうやらあいつ、魔力を消すつもりはないみたいね。舐められたもんだわ」
ニーナは忌々しそうに鼻を鳴らした。
「何だかオラ、とばっちりを受けた気がするんすけど?」
目隠れ女は、私の方にジト目を向けてくる。
「だったら、何?」
「これは……あれっすか、有無を言わせない感じっすね」
なぜか、目隠れはため息を吐いた。
「それにしても、ここはどこなんすかね?」
ニーナは周りを観察したあと、上を見上げた。
「……もしかして、あの水晶玉の中?」
「それは、まさかっすよ」
目隠れが笑い出す。
「おそらく、そうでしょうね」
「え?」
口を、だらしなく開けた。おそらく、驚いた顔をしているのだろう。目が隠れているから、よく分からないが。
「あれは――聖遺物でしょうね」
私はあの水晶を見たことがある。シオン様が昔、私にわざわざ見せたのだ。そうなると、あの姫様は奴にそれを渡したこととなる。あの人はいったい、何を考えているのだろうか?
聖遺物は、国宝となる代物。
各国と教会のトップ層だけが手にできる至宝。
大昔、神が人に授けたと言われ、魔法では決して再現できない力を秘めた聖なる遺物。
「あれが――聖遺物っすか」
目隠れが、少し考え込む。
「もしかして、入学式の日――アリーシャさんとニーナさんが戦ったときに姫様が使用したのも、聖遺物っすか?」
「おそらくね」
私がそう言うと、目隠れは何度か頷いた。
「それで、これからどうするんすか? ミホーク様は動く気配がなさそうっすけど」
「アリーシャ、この結界の役割は何?」
私は、ニーナの方に視線を向ける。
「悪いけど、全てを解析するには時間が足りない」
「それほど特別な機能はないわ。魔力が漏れて気配を察知されないように防ぎ、外からの視界を遮っているだけ。後はまぁ、簡単に言ってしまえば防音ね」
「そう――咄嗟によく、対応したわね」
それほど大したことはしていない。
「ミホークはこちらの魔力を探ろうともしていない。だから、あまり意味はなかったとは思うけれど」
「ここから抜け出すには、どうしたらいいんすか?」
「おそらく、方法はいくつかあるわ。ミホークが聖遺物の発動を解除するか、奴の意識を奪い強制的に発動を解除させるか――」
「それ――オラたちが気を失う未来しか想像できないっす。なんなら、オラが土下座して許しを乞うっすか?」
「何よあんた、プライドないの?」
「そんなのあるわけないっすよ、ニーナさん。オラはお貴族さまでなく、ただの平民出身っすからね」
「そんなの、関係ないわよ。貴族か平民かなど関係ない、あんた自身の問題よ」
「へー、ニーナさんはやはり、少し変わってるっすね」
「なによ、馬鹿にしてんの?」
「いやいや、滅相もないっすよ。今まで、何かあるたんびにお前は平民だからぁーと言われ続けたんすから」
「それはまぁ、そいつらが悪いわね。だけどあんたは多分、そいつらよりも魔力の質と量も優れているんじゃないの?」
「だけどあれっすよ、オラが優れていたのは魔力だけっす」
「私たち――この国の貴族にとっては、それが何よりも大事なことなんだけどね」
「そう、思えないことが、平民である証拠なのかもしれないっすね」
そう言って、目隠れは自嘲するように笑った。
「心配しなくても、どーせいつか分かるわよ。だから、胸を張って生きなさい。あんたは自分を誇っていい。試験で出たあの結果は、才能だけでどうにかなるものではないのだから」
「ニーナさん、いい人っすね。どーもっす」
「ふん」
と、ニーナは鼻を鳴らした。
「で、どうするっすか? 普通にやって勝てるとはとても思えないっすけど。相手を気絶させる他に、方法はないんすかね?」
「あとは――水晶を壊す、ぐらいね」
私は、ぽつりと呟いた。
「水晶を壊す? それは、どういう意味っすか? 今オラたちはその水晶の中にいるんすよね? オラはここを本物だと認識してるっす。とてもじゃないっすけど、その世界を壊せるというイメージなんてオラではもてないっす」
「それはそうでしょうね。この世界である水晶そのものを壊すイメージは、私も想像できない」
「じゃあ――」
「外と中を繋ぐための媒介が、この中のどこかにあると思うわ」
「その媒介である水晶を壊せば、この術式は消える――ということっすか?」
「おそらくは、そうでしょうね。ただ、それが本当に水晶の形をしているかどうかは分からないけれど」
「うーむ……。でも、ミホークさんの気配を追ったときには、それらしき反応はなかったすよ?」
「媒介は間違いなく、ミホークにより結界で隠されているんでしょうね」
「では、アリーシャさん。それは、どこらへんにあると予想するっすか?」
「媒介は動かせないはずだから――ミホークの性格上、必ず近くで待機するでしょうね。自分に絶対的な自信がある奴だから。とはいえ、攻撃が当たらないよう多少は距離を取っている可能性はあるけれど」
「では、ミホーク様と戦いながらその結界を探知し、それを解除するってことっすね。――とはいえ、なんかそれも勝ち筋が見えないっすけど、そっちの方がまだ可能性あるっすかね? でも、十賢者であるミホーク様の結界を解除できるっすかね?」
「ミホークが十賢者になれたのは単純に戦闘力が優れているからよ。他の能力に関してなら、まだ勝機はあると思うわ」
「……それなら、大丈夫っすかね?」
急に、ニーナは鼻を鳴らした。
「情けないこと言ってるんじゃないわよ。私はあいつを、倒すつもりでやるわ。だから、あんたたちは好きにすればいい」
「じゃあ、オラ――遠くで待機していてもいいっすか? 痛いのは嫌いなんすよ」
「はぁ? あんた、何を情けないことを言ってんのよ!」
「まぁ、いいと思うわよ。ミホークはそういう相手が大好きだから。私たち二人がやられた後、みっちりと可愛がってくれるでしょうね」
「じょ、冗談っすよ。オラも当然、参戦するっすから!」
目隠れは乾いた笑い声を上げた。
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