第46話 お嬢様による浮気調査
「リッカ――これは、浮気?」
お嬢様は再び、私に尋ねます。
「そう――これは、浮気なのね、リッカ」
私がどう答えたものかと悩んでいるうちに――お嬢様はひとり、勝手に納得してしまいました。
「ち、違いますからね、お嬢様!」
相変わらず、笑顔を私に向けております。しかし、これは――怒っているのでしょうか?
周りにいた人たちは、私たちから一斉に距離をとります。
「私は隣にいる阿婆擦れ女を――今から生まれてきたことを後悔させ、そして、リッカには1日中お仕置きをしなければならないのね」
え、笑顔で、そんな恐ろしいことは言わないでください!
「リッカ――あなたはもう、私なしでは生きられない身体にしてあげる」
な、何故でしょうか? 何故か、背筋の凍る思いであります!
「本当――いい加減にしなさいよ、アリーシャ」
ニーナ様は、お嬢様の圧にも負けず、堂々と発言されました。
お嬢様は私からニーナ様へと視線を向けられます。そして、笑顔から恐ろしい形相へと変化しました。しかし、ニーナ様は気にせず、お嬢様を睨みつけます。
「この子が何のために街まで出てきたと思ってんのよ。それは、あんたのためよ」
「私の――ため」
圧が――少しだけ、弱まります。
「そう、あんたのためよ」
ニーナ様は私の方へと視線を向けます。
「リッカ、教えて上げなさい。あんたが、ここに何をしにきたのか」
私は、意を決して――足を前に出します。包装されたプレゼントをお嬢様の方へと差し出しました。
「――これは?」
「枕です」
「枕?」
「そうです、枕です。今の枕は、お嬢様にあまり合わない感じでしたので、昔から愛用されてきた枕に近いものを探して買ったんです」
「そのために――リッカは、わざわざ街へと出てきたと言うの?」
「はい、そうです。お嬢様には、最適な睡眠を取っていただきたいですから」
「リッカ――」
お嬢様は、目を潤ませます。
「でも、街へ出た一番の理由は――私の、ただの我儘です」
「我儘?」
「そう――ただの、我儘です」
私は、自嘲気味に笑ってしまいます。
「お嬢様は必要ないと仰いましたが、どうしても――渡したかったんです」
私は、出来るかぎりの笑顔をお嬢様に向けます。
「遅くなりましたが、これが私からの――お嬢様への、誕生日プレゼントです」
お嬢様は、私のプレゼントを手に取ってくれました。
「何度だって、言わせてください。お嬢様、お誕生日――本当に、おめでとうございます」
「リッカ――」
「はい、お嬢様。何でしょうか?」
「今すぐ――キス、していいかしら?」
「だ、駄目ですからね!」
私は慌てて、距離を取りました。
「分かったわ――しばらく、我慢してあげる」
お嬢様は、少し不満そうに頬を膨らませました。
「これで、一見落着――と言うことで良いんでしょ? アリーシャ」
ニーナ様は、溜め息を吐かれます。
「リッカに下心がなかったと、あなたは言い切れるの?」
お嬢様は疑わしそうな視線を、ニーナ様へと向けます。
「あんたにとっては朗報よ、アリーシャ。私、年下は守備範囲外だから」
ん?
「私、年上にしか興味ないのよ」
そ、それは、不味いですよ、ニーナ様! それだと、年上である私も含まれてしまいますから!
「……とりあえず、納得してあげるわ」
あれ? お嬢様、今の説明で納得していただけるのですか? 私、年上ですよ?
「元々、分かっていたつもりだったけど、今回のことでよーく分かったわ。あんたが異常なぐらい、過保護だってことがね」
「別に――異常ではないわ」
「異常よ、異常。そこまで過保護だと、いつか嫌がられるわよ」
「そんなこと、ありえ――」
お嬢様は何かをいいかけたあと、口をつぐみました。そして、私の方へ視線を向けますと――じっと、眺めてきます。
その視線の意味が分からず、私は首を傾げてしまいました。
「だけどまぁ――あんたの許可なく、この子を連れ出したこと、本当に悪かったわよ。あんたは信じないかもしれないけど、私なりにこの子の安全には気を配っていたつもりよ?」
「そんなこと、いちいち言われなくても分かってる。先程まで、リッカの周りにはあなたの魔力が滞留していた。リッカを外敵から守ろうとしていたことぐらい――ちゃんと気づいていたわ」
ニーナ様は、舌打ちを鳴らします。
「冷静じゃなかったくせに、よく気づいたわね。誰にも気付かせないよう――していたつもりだったんだけどね」
大丈夫です、ニーナ様。私、全然気づいておりませんでしたから!
「……あなたは、ベルエール家の人間よ」
「そうね、だけど心配しなくても構わないわ。だって私、いずれはベルエール家の当主となる女なのだから。そしたら、本来の誇りなどすぐに取り戻すわ」
お嬢様は、唇の下に指を置き、考え込まれます。しかし、それはほんの短い時間でした。お嬢様はすぐに顔をあげ、ニーナ様に視線を戻されます。
「ニーナ」
お嬢様が、名前を呼ばれました。
「は?」
ニーナ様は、一瞬――驚かれた顔をなさりました。
「初めて――じゃない? あんたが私の名前を呼ぶの」
お嬢様は、ふいっと、顔を背けられました。
「感謝してあげる。リッカを、街に連れ出してくれたこと――そして、リッカを、守ろうとしてくれたこと」
「それぐらい、どうってことないわよ」
そう言って、ニーナ様はどこか――嬉しそうに笑いました。
「だけど、勘違いしないでよ。私はあんたと馴れ合うつもりなんてないわ。どこまでいっても、あんたと私はライバル同士よ」
腕を組まれますと、ニーナ様は不自然なほど顎を空へと向けました。それでも、目線は必死にお嬢様へと向かっております。
「ああ、それは別に、どうでもいいわ」
「どうでもよくはないかと思うけど!?」
ニーナ様の叫びは、空にまで響いたかと思います。
「けれど、ほんの少しだけ――あなたのことは認めてあげる」
お嬢様の言葉を聞き、ニーナ様は鼻を鳴らされました。
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