第44話 ニーナ様とネーヴェさん

 私は、ニーナ様と二人で街へ出かけることとなりました。


「ネーヴェさんはどうされたんです?」


 ニーナ様は、鼻で笑われます。


「あいつは、しばらくお仕置きよ」

「お仕置き――ですか?」


 私は――お嬢様のお仕置きを思い出し、足がガクブルとなりました。


「ね、ネーヴェさんは、一体なにをやらかしたのですか?」

「そんなの、口にしたくもないことよ。だから、主人として流石にお灸を据えなければならないと思ったわけ」

「い、一体、どんな罰を……」


 私は、唾をゴクリと呑み込みました。


「魔法で縛り上げ、今は私の部屋で寝転ばせているわ」


 あ、あまりの恐ろしい仕打ちに、私は震えてしまいました。


「な、何という仕打ちを……」

「わ、私だって、流石にあいつが反省したらすぐに拘束を解くつもりだったわ! だけどあいつ、なんか嬉しそうに笑うから。だから、私――」

「それは一体、どれぐらい前の話なんですか?」


 私は、恐る恐る尋ねました。


「それは――食事に行く前だから、だいたい30分前くらいかしらね」

「それならもう十分、反省されているかと思いますよ?」


 ニーナ様はしばらく、目を閉じて悩まれます。


「そうね――確かに。これであいつも、流石に反省したでしょ」

「はい、絶対にそうですよ」


 ニーナ様は、優しく微笑まれます。


「それじゃあ悪いけど、街へ向かう前に私の部屋へ寄らせてもらうわよ」

「はい、ニーナ様。当然です」


 私たちは駆け足気味に、ニーナ様の部屋へと向かいました。




 扉が開きます。


 そこには、縛られたはずのネーヴェさんが――いませんでした。彼女はクローゼットの前におり、私達から背を向けております。縛られた気配はなく、普通に起き上がっていました。


 彼女は、こちらへと振り向きます。


「何をしてるのかしら? ネーヴェ」


 ニーナ様は、静かに問いかけます。


 ネーヴェさんは、白い何かで鼻を押さえておりましたが、その布切れみたいなものをゆっくりとポケットの中へ、大事そうに仕舞いました。


「昔を――懐かしんでおりました」

「……」

「私と、ニーナ様の記憶です」

「……どんな、記憶なのかしら?」

「私が、ニーナ様に救われたあの日のことです」

「意外とヘヴィな記憶が出て来たわね。私は一体、どんな顔をすればいい訳?」

「ニーナ様、笑ってください」

「笑えるか!」


 ニーナ様は杖を取り出します。


『幾重の光輪により敵を捕らえよ、バインド』


 詠唱を唱えると、ネーヴェさんの手足に光輪が巻き付き、床へと倒れました。


「今度は、そう簡単には解除できないから――じっくりと反省しなさい。私の下着は安くないのよ、ネーヴェ」

「使用済みは我慢したと言うのに……」

「そんなの、当たり前よ!」

「――それにしても、今回は強めなんですね。光の輪が体に食い込んでいます」

「当然よ、手加減していないんだから。謝るなら今のうちよ、ネーヴェ。そしたら、許してあげる」

「こ、この強さは――ニーナ様の愛を感じます」


 ネーヴェさんは上気した顔で、息が荒くなっていきます。


「で、できれば、そのお足でどうか私の顔を踏みつけてください」


 ニーナ様は口元を引き攣らせました。


「……行くわよ、リッカ」


 そう言って、ニーナ様は部屋の外へと身体を向けます。


「放置プレイ……なんですね、分かります。流石はニーナ様」

「一生、反省してろ!」


 ニーナ様は振り返らず、私の身体を押されますと、二人で部屋を出ることとなりました。




 * * *




 私とニーナ様は、今度こそ街へと出ることとなります。


「えっと……ネーヴェさんのことは、本当によろしいんですか?」

「いいのよ。あれぐらいじゃ――あいつ、絶対にへこたれないから」

「そ、そうなんですかね?」

「そうよ、そうに決まってる」


 有無を言わせない感じ――で、ありますね。


 ニーナ様を信じ、むりやり納得することにしました。


「ところでリッカ、本気で私のメイドになるつもりはない?」

「えっと、それは、ネーヴェさんの代わり――ということですか?」

「は? そんな訳ないから。ただ、あいつも、後輩ができたら多少はマシになるかと思っただけよ」


 その言葉を聞き、何だかほっとしました。


「ニーナ様は、ネーヴェさんのこと――本当に、大好きなんですね」


 ネーヴェさんのご主人様は、溜め息を吐かれました。

 

「そんなんじゃないわよ。あいつとの付き合いなんて、まだ3年もたたないけど――情が湧くには十分な時間だっただけよ。だから、あいつが何をやらかしたとしても、私は絶対にネーヴェを見捨てたりなんてしない」

「お優しいんですね、ニーナ様は」

「これは、優しさとは違う。上に立つものとして当然の覚悟よ」

「立派だと思います」

「ふん、お世辞なんていらないわよ」


 そう言って、ニーナ様は手をひらひらとさせました。

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