第43話 私とニーナ様の時間

「ここ、いいかしら?」


 ニーナ様は、私の前の席を指さされました。

 

「え、あ、はい。当然です」

「そう、ありがとう」


 そう言って、お盆を机の上に置かれますと、私の向かい側の席へと座りました。


「ひとりなんて、初めてなんじゃない?」

「あ、はい。そうですね。初めてで、すごく緊張しております」

「とても、そんな風には見えないけど」


 え? そう見えないですか?


 ニーナ様は料理を一口だけ口にしたあと、私に尋ねてきました。


「ところで、アリーシャは?」

「お嬢様ですか? お嬢様は今朝、王女様に仕事を頼まれたんです。それで、この寮を出られました」


 ニーナ様は、舌打ちを鳴らします。


「早いわね。――まだ、実技試験もしてないってのに」

「えっと――その、すみません」

「あぁ……ごめん」

 

 そう言って、ニーナ様は頬をかくと――何処かばつが悪い顔をなさりました。


「これはただの嫉妬だから、あんたは気にしなくていい」


 嫉妬?

 

「何故――お嬢様に、嫉妬されるんですか?」

「直球ね」


 ニーナ様は、困ったように笑われました。


「だってニーナ様は、私が羨むぐらいの実力を持っていて、しかも立派で素敵な方だと思います」

「何を――」

「だから、嫉妬する必要なんてないです。誰かと比べたら、そんなのすごく勿体ないですよ。ニーナ様はニーナ様らしくある時が、なによりも魅力的だと思いますから」


 一瞬、驚かれた顔をなさりました。


「変なことを恥ずかしげもなく言うのね、あんたは」

「そうですかね?」

「変よ、あんたは。そして、馬鹿ね」

「え? 私、何か馬鹿なこと言ってしまいましたか?」

「だってあんたは勘違いしている。魅力に関して、私はアリーシャに嫉妬する要素なんて皆無よ」

「え?」

「なにを、驚いた顔をしているのよ」

「す、すみません。そんなつもりはなかったのですが」

「とにかく、あんたは馬鹿よ」


 うー、二度も言われてしまいました。


 ニーナ様は笑みを浮かべますと、再び料理を口にします。


「美味しくて、幸せな気持ちとなりますよね」

「本当、食べるのが好きなのね、あんたは」

「それは、当然だと思います。美味しい食べ物をお腹一杯食べられることは、幸せなことですから」

「まぁ、そうかもね」


 どうやら、納得していただけたようです。それもこれも、ランさんの料理が美味しいからなのです!


 再び――お嬢様の魔力が私の頭に。


「すみません、ニーナ様。お嬢様から念話がかかってこられたので、しばらく失礼いたします」


 私は目を閉じ、耳を塞ぎます。


 そして、暫くお嬢様とお話をしました。


 私がひとりで食堂へ向かうことを不安がっていたように、お嬢様も不安――ではなく、心配してくれていたようです。


 心配してくださったことに対して、不覚にも嬉しいと思ってしまいました。


 しかし、私はそんな自分を律します。


 心配されことを喜ぶなど――あってはいけないことなのです!


 私は自分を抑え、念話を終えました。


 しかし、お嬢様はまだ――私とお話したい雰囲気でした。その事実に、再び喜んでしまいそうな自分を、私は恥じてしまいます。


「すみません、失礼いたしました」

「アリーシャは、なんの用だったの?」

「私が、初めてひとりで食堂へ向かったため、大丈夫だったのかとわざわざ確認してくれたのです」

「……過保護ね。だけどまぁ――主人として、従者の無事を確認することは、悪いことではないし当然のことではあるけどね」

「そう――なんですか?」

「まぁ、そうだとは思うわよ」


 そう――なんですかね?


 だけど私は、お嬢様を煩わせたくないのです。


「正直な話、この程度で? とは思うけど」


 やっぱり、そうですよねぇ……。


 だけどそれは、私が弱く――情けないから、駄目なのだと思います。

 

「それで、あんたはこれからどうするの?」

「これから――ですか?」


 私は少し、悩みます。


 今までは、趣味が仕事でした。だから、暇な時は皆さんのお仕事を手伝っていたのですが、ここではそうもいきません。そうなると、自ずと答えはでてしまいます。


「修行――ですかね?」

「修行?」

「あ、はい。魔法の修行です。マナを自然に扱えるようになりたいので」

「ふーん、初歩的な修業ね」

「私はまだ、魔法を覚えたての新米なのですから、基礎から毎日しっかりと頑張らねばならないのです」

「そっか、偉いわね」


 ほ、褒められてしまいました!


「ニーナ様は、これからどうなされるんです?」

「私? 私は――昨日の夜から勉強漬けなのよ。だから、気晴らしに街でも行こうかと思ってる」

「街――ですか」


 街にでれば、遅くなりましたが――お嬢様へのプレゼントが買えます。


「何か、用事でもあるんですか?」

「別に、ただぶらぶらするだけよ」

「そう、ですか――」

「何? もしかして、一緒に行きたいの?」

「あ、はい」


 反射的に、頷いてしまいました!


「何処か、行きたい店とかあるの?」

「えっと、その――お嬢様へのプレゼントを買いにいきたいんです」

「へー、そうなんだ。いいわね。何を買いたいの?」

「枕です」

「枕?」

「はい。ここの枕は少し柔らかすぎて、お嬢様にはあまり合わないみたいなので」


 ニーナ様は笑います。


「とんだ軟弱者ね」

「そ、そんなことはないですよ。お嬢様は、とても繊細な方なんです」

「なるほど、物は言いようね」

「そ、そんなことは――ないかと、思いますよ?」

「悪かったわよ。だから、そんなむくれないでよ」


 む、むくれていましたか!?


 それは――反省であります。


 私は、自分の頬をむにむにと摘まみました。


「じゃあ、このあと一緒に街へ出るってことでいいのね?」

「いいんですか?」

「駄目な理由なんて、別にないと思うけど?」

「ありがとうございます。――でも、お嬢様に伝えず、勝手に行ってもいいんでしょうかね?」


 念話を受け取ることはできますが、発信することはできません。例えできるとしても、このようなことでいちいちお嬢様のお仕事の邪魔はしたくありません。

 

「は? なに言ってんのよ。そのお嬢様のために、あんたは街へ出かけるんでしょ? それを怒るほど、あんたのお嬢様は器が小さいの?」


 むむっ。


「そんなことありえません。お嬢様は誰よりも、器の大きい方ですから」

「それについて、私は甚だ疑問に思うんだけど。でもまぁ、あんたがそう思うんなら大丈夫なんじゃない? 器の大きいお嬢様なら、そのプレゼントを渡せば許してくれるし、きっと喜ぶわよ」


 そう――なん、ですかね? 確かに、そんな気がしてきました!

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