第4章
第41話 私がお嬢様のためにできること
お嬢様の誕生日から、数日が過ぎます。
とても幸せな日でした。
でも、私はやはり――なにも渡せなかったことを、残念に思ってしまうのです。
* * *
時刻は、朝の11時前。
今日は休日なのですが、お嬢様はブレスレットを通じて、王女様から直々に呼び出しを受けました。
お嬢様ただおひとりにお願いしたいことがあるらしく、一人で来るようにとのお達しです。
王女様からの直々のお願いなど、流石はお嬢様だと――私は興奮のあまり、鼻息が荒くなってしまいました。
しかし、お嬢様は苦しげな顔で悩まれています。
そんなお嬢様を見て、私は自分を恥じました。
「お、お嬢様、大丈夫ですか?」
「今回の件……断るしか、ないわね」
「え? そんなに――危険なお話なのですか?」
それならば、私としても――ぜひ、断って欲しいです。いえ、違いますね。絶対に、断るべきなのであります!
「そんなこと、どうでもいいわ」
ど、どうでもは、よくないかと思いますが。
「リッカ一人を残して、私一人がここを出ていく訳にはいかないわ」
「お、お嬢様、私は大丈夫ですから!」
お嬢様は、私をじっと眺めてきます。
「いえ、駄目よ。リッカ――あなたひとりを残して、私は行けそうにない」
「い、今まで何度も、私はお嬢様をお見送りしてきたじゃないですかぁ」
「あの家にいる者たちを、私は信頼していたわ。でも、この寮にいる人間どもを――私はまだ、信用していない」
「一月以上も同じ屋根の下で暮らしてきた人たちですよ!?」
「たった一月で、相手のなにが分かると言うの? 分かるわけがないわ」
「それはお嬢様が、誰も相手にしなかったからですよ!」
ふん、とお嬢様は鼻を鳴らし、腕を組まれます。
「お嬢様、私を信じてください」
「私は誰よりも、リッカを信じているわ。そんなの、当然の話よ」
「それならば、私にお見送りをさせてください」
「でも――やはり、リッカをひとりにさせるのは不安なのよ。だから、私ひとりで来いというのなら、行くのを止めるしかないわね」
それは――私を信じていない、ということです。
「お嬢様――私は、あなたの重荷となりたくないのです」
「重荷だなんて――そんなこと、ありえないわ。リッカがいるから、私は頑張れるのよ」
「お嬢様を不安にさせている時点で、私は耐えられません。お嬢様がこれからも私のせいで、行動を制限してしまわれると言うのなら、今すぐにでも帰ります」
「帰る?」
「クレイワース家に、私は帰ろうと思います」
「り、リッカ!?」
お嬢様は、驚かれた顔をなされます。
「もう、リッカが隣にいない生活なんて――私には耐えられないわ!」
「それは私も同じですよ、お嬢様。でも、今のままでは駄目だと思います。私だけではなく、周りにもちゃんと目を向けてください。ここはお嬢様だけの世界ではないのですよ? 殻に閉じこもったままでは、なにも成すことなどできないと思います」
私は目をそらさず、お嬢様を見つめます。少しでも、私の気持ちを伝えたいからです。
「私はお嬢様のために生きたいと思っています。でも――私の存在が、お嬢様のためになっているとは、とても思えなくなりました」
沈黙。
しばらく、何の言葉もなく――私とお嬢様は目を合わせました。
均衡を破ったのは、私ではありません。
お嬢様は、静かに息を吐きます。
「……言われなくたって、ちゃんと分かっているわ。リッカに依存して、どこかおかしくなっていることぐらい、ちゃんと分かってる。分かっているけれど――止められそうにないのよ。でも、仕方ないじゃない。だって、何年も我慢していたのよ? 日々高まるこの感情を――私は抑えられそうにない」
お嬢様は組まれた腕を離されますと、服の裾をぎゅっと、掴まれました。その仕草は――最近、あまり見かけていませんでしたが、昔はよくされていました。
「お嬢様なら、できますよ。お嬢様なら、何を優先するべきか、ちゃんと分かっているはずです。そして、それをちゃんと実行できる人だと、私は知っています。だってお嬢様が、この学院でも一番となるため――今まで頑張ってきたことを、私はずっと見てきたんですから。だから、私なんかがいなくなっても、お嬢様なら大丈夫です」
そう言って、私は少しだけ背伸びをしますと――両腕を伸ばし、お嬢様の頬を両手で塞ぎました。
「リッカがいなかったら……できる、自信がないわ」
「大丈夫です。お嬢様なら、きっとできますから」
お嬢様は、少し困ったような顔をなされました。
「今日のリッカは――なんだか、厳しいわね」
私はつい、笑ってしまいました。
「それは、仕方のないことかと思いますよ」
「……何故?」
「だって、私はお姉さんですから」
だから、たまには心を鬼にして――厳しくいかねばならないのであります。
私だけではなく――お嬢様も笑みを浮かべました。
「こんなに小さいのに?」
「せ、背は関係ありませんから!」
お互い、顔を見合わせ――声を出して笑いました。
そして、暫く笑った後、お嬢様は真剣な顔つきとなり私を見つめます。
「リッカ、ごめんなさい」
そう言って、お嬢様は私の両手から離れた後、頭を下げられました。
私は驚き、反応ができません。
「今から、ひとりでシオン様のところへ行って、ひとりで頑張るわ。だからもう、帰るなんて、二度と言わないで」
私は、悩みます。
「リッカ」
そう言って、お嬢様は顔を上げ――私に近づきますと、唇を塞ぎました。
「お、お嬢様!?」
私は、慌てて距離を離します。
「リッカ、あなたは私が弱くなったと――そう、言いたいのかもしれない。確かに、その通りなのかもしれないけれど、すでにもう、遅すぎるわ。だから、少しずつでもあなたと一緒に、私は強くなりたい」
お嬢様の強いまなざしに、私はつい――目線を逸らしてしまいます。
「リッカ」
美しい音色で、私の名前を呼びます。
ここは、心を鬼にして――と思ったのですが、私は情けなくも根負けしてしまいました。
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