第40話 今日は素晴らしい日

 困りました。


 すごく困ったことがあるんです。


 だって――あともう少しで、お嬢様のお誕生日ですから。


 お嬢様は常に私の側にいてくださるため、プレゼントを買いに行く暇がありません。今までなら、手作りしたものをお渡ししていたのですが、昔と違い、四六時中一緒におりますと――そのような作業をバレずにこっそりとはできません。そのため、なんとかその作業時間をつくるため――少し前に、しばらく自分の部屋で休ませて欲しいとお願いしたのです。しかし、私の言葉でお嬢様は取り乱してしまいました。あのようなことは二度とないようにと、私は心に固く誓ったのであります!

 

 手作りが無理となれば、あとはプレゼントを買いに行くしかないのですが、それを買いに行く暇もなく――又、どこへ買いに行けばいいのかも分かりません。つまり、八方塞がりなのであります!




 *** 


 


 早朝です。


 結局、なにも思いつかないまま――当日がきてしまいました。

 無駄に悩んだせいか、ほとんど眠れていません。


 私は上体を起こします。


 右手はお嬢様と繋がったまま。


 寝息が聞こえました。


 私は、お嬢様を眺めます。


 初めて会ったときと比べると、見違えるぐらい美しく――大人っぽくなりました。


 でも寝顔は昔のままで、いまだに幼さを残しております。


 そのギャップに、私は何だか――おかしくなってしまいました。


 そして、自然と笑みが溢れてしまうのです。


 先ほどまで、あんなに悩んでいたのに――今はただ、お嬢様が愛おしくて、感謝の気持ちで胸が一杯となりました。


 お嬢様は――静かに目を開くと、私に視線を向けます。そして、いつものように微笑まれ、天使のような、そんな笑顔を私に見せてくれました。


「おはよう、リッカ」

「おはようございます、お嬢様。お誕生日――本当に、おめでとうございます」

「ありがとう、リッカ」

「それはこちらの台詞です、お嬢様。生まれてきてくれて、本当にありがとうございます」


 私は、お嬢様の手を強く握ります。


 少しでも、私の気持ちが伝わることを信じて。


「リッカはいつも、おかしなことを言うのね」


 お嬢様の口から、小さな笑い声が漏れます。


 その音は美しく、天使の歌声のようで――私の心を和ませてくれました。


「そうですか? だって、幸せな気分になれるんです――だから、感謝したくなるのは、当然のことかと思います。今日はお嬢様の誕生を祝う日であり、今まで無事に生きてこられたことを、喜ぶ日なのですから」


 それは決して、当たり前のことではなくて――だから、嬉しくなるんです。だって、目の前には――お嬢様がいてくださるのですから。

 

「思い返せば――今日が、9年目の誕生日となるわ」

「9年目、ですか?」

「そう――私がリッカに恋をして、9年目の誕生日を迎える。あのときはまだ、その自覚はなかったけれど、間違いなくあの日――リッカは私にとって、特別な人となった」


 お嬢様はじっと、私を眺めます。


 つい――顔を背けてしまいました。


 再び、小さな笑い声。


 お嬢様が身体を起こす気配がしました。


「リッカ、こっちを見て」


 私は少し――悩みましたが、お嬢様の方へ身体を戻します。


「顔が赤いわね、リッカ」


 そう言って、お嬢様の右手は私の左頬に触れました。


 恥ずかしさが、増していきます。


「言わないでください……そのようなこと」

「それは、なぜ?」

「だって――恥ずかしくなってしまいますから……」

「それは無理よ、リッカ。私は言い続けたいの。これから先も、ずっと――あなたの隣で、恥ずかしがるあなたを見ていたい」


 私は何だか、おかしくなります。


「私だけではなく、お嬢様も十分、おかしなことを言っているかと思いますよ」

「そう? もしそうなら、それ以上の幸せなどない。だって私が――あなたに似てきた証拠となるのだから」

「そうなるんですか?」

「そうなるのよ」


 それはやはり、おかしな話かと思います。


「リッカ、私は幸せよ。これ以上の誕生日などありえない」

「でも――今回は申し訳ないです。だって、私は何のプレゼントも、用意できていませんから」

「馬鹿ね」


 そう言って、お嬢様は笑います。


「目を覚ましたときにも、私の隣にはあなたがいる――それ以上の幸せが、この世のどこにあるって言うの?」


 分かりません。私には、分からない話です。


「そんなもの、どこを探したって絶対にない。だから、リッカ――ありがとう。今、私の隣にいてくれて」


 私は――


「本当に、リッカは泣き虫ね」


 はい。


 私はきっと、泣き虫です。


 でも、それはきっと――お嬢様のせいなんですよ。


「リッカ、生まれてきてくれてありがとう」


 はい。お嬢様――つらいこともありました。


 でも、生まれてきたことを、後悔する日はもう二度とないと思います。


 だって私は今、とても幸せだと、心から――そう、思うのですから。


 だから、そう思えるようになったお嬢様のために、私はこれからも、生きていきたい。

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