第31話 浮気は、絶対に駄目なのであります!

 薬指にはまる指輪を見ると、にまにましてしまいます。なんだか恥ずかしく、この指輪を誰にも見せたくはありません。そのはずなのに、私はみんなに見てほしいと――そう思ってしまうのです。

 


 お嬢様は寝間着に着替えられたあと、客室のベットの端に座りました。

 ダブルベットとのことで、二人でも問題なく寝ることのできる広さです。しかし、お嬢様の部屋にあるベットと比べるとすごく狭く感じました。そのためか、なんだか――緊張してしまいます。


「リッカ、早くきて」


 そう言って、お嬢様はご自分の隣を軽く叩いて私を急かしてきます。


 私がお嬢様の隣に座りますと、左手に触れてきました。そして、愛おしそうに指輪を眺められます。


「リッカ――これからは毎日、この指輪を見せて欲しいの」

「はい、お嬢様」

「だってこれは――私とリッカの、愛の証だから」


 そう言って、お嬢様は私の左手に口元を近づけ、指輪に口づけをしました。




 朝がきます。


 いつも通りの朝が。


 だけど、いつもと違う気がします。


 それは、見慣れない部屋だからなのか――それとも、私の薬指から見える指輪のおかげなのか、私には分かりません。


 お嬢様は目を覚ますと、私に口づけをします。


 それはもうすでに、いつもの風景となっています。


「リッカ――私は今だに、夢の中にいる気分よ」


 そう言って、お嬢様は私の左手を取り――指輪に口づけをします。


 今日から――いつもと違う朝が始まると、私はそう感じました。


 


 クラリスさんに見送られ、私たちは外へ出ます。


 いっぱい手を振って、お別れをしました。


 すごく悲しく、寂しいですが――きっとすぐ、また会えることを私は信じています。


「クラリスさん、すごく優しい方でしたね」

「まぁ、何ごともなければね」

「え? どういう意味ですか?」

「セリーネ様の浮気にクラリスが気づいたとき、すごかったわよ」

「そ、そうだったんですか。でも、クラリスさんが怒っているところとか……想像できないです」

「心配しなくても、いずれ見られると思うわ」

「え? 何でですか?」

「だって、浮気を絶対しないセリーネ様なんて想像ができないし、クラリスがそれに気づかないとも思えないから」

「そ、そうなんですね」


 そのような事態にならないことを祈るばかりです。


「それにしても、何故――セリーネ様は浮気をなさるのですか?」

「さぁ、まったく理解ができないわね。だからきっと、あれはもう病気なのでしょうね」


 な、なるほど。病気だというのなら、仕方がないのですかね? よく分かりませんが。


 私はふと、疑問に思いました。


「何をしたら、浮気となるんですか?」

「そうね、人によって違うとは思うけど――」

「クラリスさんの場合はどうなんですかね?」

「クラリス? クラリスは確か――キスをした時点でと、言ってたわね」

「なるほど、それは確かに駄目ですね!」

「そうね、ありえないわ」

「お嬢様もそうなんですか?」

「私?」

「はい」

「故意に相手の体に触れた時点で、それはもう浮気だと思うわ」


 え? 冗談、ですよね?


 私は少し考えたあと、それは冗談だと結論づけました。


 ここは、笑うところだったのかもしれません。しかし、それに気づくのがあまりに遅すぎました。今更、笑ったところで変な空気となってしまいそうです。


「お嬢様」

「何? リッカ」

「もしもですけど、私が浮気したら――お嬢様はどうしますか?」


 軽い質問だったのですが、ものすごい顔をされました。あまりの豹変ぶりに、私の身体はビクッと動きます。


「想像したくもないわね。想像したくもないけれど――そのような事態になった場合、相手には生まれてきたことを後悔させ、リッカは地下室で監禁することになるわ」


 じょ、冗談ですよね? お嬢様……。


「だからリッカ、絶対に浮気はしたら駄目よ」

「は、はい」


 私は素直に頷きました。


 あ! もしかして、ここも笑うべきポイントだったのでしょうか?


 でも――とても、笑える雰囲気ではなかったのです……。



 

 ***



 

 この王都では、ひときわ目立つ建物があります。


 白く長く高い建物。屋根は空よりも青く美しいのです。そして、さらにひときわ高い塔がいくつも空へと伸びています。


「お嬢様、あれがお城なんですか?」


 昨日から気になっていた建物を、私は指さしました。


「そう、あれが――王族の住むお城。高台の上に建ち、この広い王都のど真ん中にある。リッカ、魔法学院はどの辺にあると思う?」

「えっと……すみません、分かりません」


 お嬢様はお城より左側を指さします。


「ここからでは見えないけれど、城より少し西側へ行った先にあるわ」

「意外と遠いんですね」

「そうよ、だからこの先にある馬車で学院の傍までいくつもり」

「今の私なら、お嬢様を抱えて走れますよ?」

「そんなことをしたら、目立つわよ」

「た、確かにそうですね」


 お嬢様を抱えて走る私――想像しただけで恥ずかしくなってきました。


「だけど――悪くないかもしれないわね」

「すみませんお嬢様、すごく悪いと思います!」

 

 私の言葉を聞き、お嬢様は面白くなさそうな顔をなされました。




 ***



 

 馬車に揺られ、学院へ向かいます。


 街の中を移動するため馬車に乗る――というのはとても新鮮な体験だなぁーと思いました。


 窓の外に、シスターさんが歩いているのが見えました。


「リッカ、あいつらに声をかけられても無視するのよ」


 お嬢様は不愉快そうに鼻を鳴らされました。


「どうしてですか?」

「私たちとは相いれないからよ」

「そうなんですか?」

「教会へ入る条件――それが何か分かるかしら?」

「い、いえ」

「体に魔力を持つこと――ただし、理論派は許されず、感覚派だけね。だから、魔法協会にはほとんど感覚派が存在しない」

「それはどうしてですか?」

「教会の連中にとってマナは祝福の証だからよ。だから――そのマナを体に纏う感覚派は神に愛された人間と言うことになる」

「な、なるほど」

「リッカは他の人よりもマナを纏う量が多い」

「え? そうなんですか?」

「だから、ニームベルクの街でも教会の連中がリッカを狙っていた。それを私が追い払っていたから、リッカは助かっていたのよ」

「そうだったんですか? お嬢様、有難うございます」


 私がお礼を言うと、お嬢様は腕を組み、嬉しそうな顔をなさりました。


 キュンとしてしまいます。


 なんだか可愛らしいです、お嬢様!

 

「気にしなくていいわ、リッカ。あなたの主人として、当然のことをしたまでよ」

「流石です、お嬢様!」


 ふふふ、とお嬢様は笑い出します。


「まぁ、これからも私がリッカを守るから、安心しなさい」

「はい、お嬢様。でも何故、理論派は駄目なんですか?」

「考え方の違いであり、昔からそうだったとしか言えないわね。奴らは魔力を神力と呼び、刻印を聖印と呼ぶ。そして、魔法は聖法だと言う。正直、言葉が違うだけで同じ意味よ。教会はこの地を創造した女神を信仰しており、大昔、魔法とはすなわち信仰だった。その力を使えたのは奴らだけであり、理論派は存在していなかった。だから、奴らは歴史の浅い理論派を馬鹿にしているし、見下している。奴らは感覚派を――信仰することにより神の力を借り奇跡をおこなう者と呼び、理論派は魔法を学び神の力を自ら操る者だと定義している。だから奴らは理論派を決して認めない。私からすれば、進歩のない頭でっかちの連中にしか見えないわね」

「えーと……理論派が魔法使いで、感覚派が教会の枠組みに入るってことですか?」

「まぁ、世間一般的にもその考えね。だからほとんどの感覚派は教会所属となっている」

「でも、感覚派も魔法協会には存在しているんですよね?」

「彼らからすると、許せることではないのでしょうね、だからしつこく勧誘してくる。おそらく、リッカにもね」

「わ、分かりました。気をつけます」


 私は"ふんふんふん"と鼻を鳴らし、気合を入れ直します。そんな私を見て、お嬢様は何故かキスをしてきました。


「お、お嬢様、何故――キスを?」

「だって、可愛かったから」


 え? 気合を入れていたのにですか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る