第30話 私とお嬢様の契約

 私とお嬢様は一階の奥にある部屋へと入りました。

 少しだけ広いお部屋の中は、周りに色んな物で溢れかえっています。しかし、真ん中には何も置かれておらず、綺麗に円上の空間となっていました。そこへ足を踏み入れ、お嬢様はすぐに足を止めます。魔法で収納していた魔法石を取り出し、杖を生成しました。


 杖の先端を床につけると――口から詠唱を鳴らし、空間が張り詰めました。


 先端から光が漏れ、床に線が走ります。それはひとりでに円を描きました。その瞬間、光量が増え広がり、光が拡散して消えます。そしてそこに、丸く大きな穴ができていました。覗き込むと、長い階段が見えます。暗くてよく見えませんが。


 お嬢様は立ち上がります。そして再び詠唱を唱えました。するとお嬢様の周りに光の玉が10体ほど現れ、宙に浮いております。ふわふわと。


「中へ入るわよ、リッカ」


 光の玉がいくつか暗い穴の中へと入って行きます。他の光はお嬢様と私の周りをゆっくりとうろつきました。動き方が、まるで生き物のようです。


 お嬢様が中に足を踏み入れたため、私も後に続きました。


 


 長い階段を降りた後、お嬢様は杖で壁を何回か叩きますと、魔法陣が壁から浮かび上がり、部屋一帯が明るくなります。その瞬間、私たちの周りを彷徨っていた光の玉が消えてしまいました。


 私は部屋を見渡します。


 天井がとても高く、おそらく5m以上はあると思いました。部屋はとても広く、たくさんの本棚に囲まれています。


「ここが、工房なのですか?」


 工房というよりは、図書室です。


「違うわ、奥に扉があるでしょ。工房はあの奥よ」


 確かに奥の方に、大きく立派な扉があります。

 

「な、なるほど」


 私は頷きます。


「それにしても、ものすごい数の蔵書ですね。全てが魔導書なのですか?」

「そうよ。しかも貴重なものばかり。私はほとんどここから本を借り、学んでいたわ。おそらく――個人でここまで魔導書を収集している人間など、他にはいないでしょうね」

「やはり、セリーネ様は凄いんですね!」


 お嬢様は、あまり面白くなさそうな顔となりました。


「……確かに、その通りではあるけれど――そんな無邪気な顔で、私以外を褒めて欲しくないわ」

「す、すみません」

「別に構わないわ。その代わり、あとでいただくもの」


 なにをですか!?

 


 

 奥にある扉の前で、お嬢様は足を止められると私の方へ振り返ります。


「リッカ、中にある物は不用意に触れないよう気をつけて」

「わ、分かりました。落として、壊してしまえばセリーネ様に顔向けできませんからね!」

「壊すだけですむのなら、私は構わない」

「か、構わないんですか?」

「下手に魔力が流れ、術式が発動してしまえば、何が起きるか私にも想像ができないわ。悔しいけれど、セリーネ様の工房を私はまだ――完全には把握できていない。何かあれば、クラリスに来てもらうしかないわね」

「な、なるほど、ですね」

「だけど、心配しなくても構わないわ。余程のことがないがぎりそんなことはありえないし――そもそも、あなたを妻に迎える私は、いずれ大魔法使いとなる女なのだから」

「分かっています。お嬢様が側にいれば、絶対に大丈夫ですから」


 私の言葉で、お嬢様は微笑まれます。そして、重々しい扉に――お嬢様が杖を近づけると、ひとりでに開きました。その瞬間、室内から生温い風が私の頬に触れ、空気が変わったのを感じます。


 お嬢様は空いた左手で私の右手を取りました。中へ入ると扉がひとりでに閉まります。私の心臓は情けなくも、びっくりしてしまいました。


「大丈夫よ、リッカ」


 その声で、すぐに安心することができました。


 隣の部屋が広すぎるせいか、狭く感じられます。とはいえ、普通の部屋の3倍は広いと思いました。天井の高さも隣とは違い、一般的な部屋より少し高い程度ですが、上から木の幹がいくつか生えてきており――普通とはかけ離れております。ツタがからみ、色んな種類の葉をつけていました。


 入った瞬間は薄暗く感じましたが、光の玉が部屋中にいくつも浮いており、思った以上に中がよく見えます。何種類もの色でちかちかと発光しており、綺麗だと思いました。部屋にあるたくさんの鉱石や水晶、宝石に反射し、あまりの幻想的な光景に――ここが異世界だと錯覚してしまいそうです。


 机がいくつかあり、物がかなり雑多に置かれていました。壁には棚が並んであり、見たこともない物で溢れかえっています。大きな透明の水槽に入っている液体は光っており、なんだか不気味であります!


 お嬢様は奥まで行き、足を止めました。


「これのことね」


 一言、呟かれます。


 お嬢様の視線の先にはひとつの小さな鉱石。台の上にそれだけが存在しています。見た目は普通なのに、それを見ていると――なんだか不思議な感覚となります。


 鉱石から高濃度の魔力が漏れ出ており、それを覆うように結界が張り巡らされていました。


「この鉱石は、採取された時点で空気中へ溶け出してしまうの。そのため、手にするときは必ず結界で囲わなければならない。そうしないと、すぐに消えてしまうから」

「そ、そうなんですね。でも――この鉱石をどうするんですか?」

「加工するのよ」

「加工?」

「そう、この石には力があるの。だから、魔法使いは弟子に加工したこの石を渡す風習があるわ」

「風習――ですか」

「本来なら、セリーネ様がリッカに渡すものなんだけれど、私が無理を言ってお願いしたの」

 

 お、お嬢様がわざわざ私のために!?


「どうするかを――私はもう、すでにイメージしている」


 お嬢様の杖が結界の中へと入ります。そして――杖の先端を鉱石に押し当てます。


 するとその石が急に形を変え、液体状になりました。そして、ぼこぼこと泡立ったあと、ひとつの形となります。その形状に、私の心が色めき立ちました。そんな自分を恥、心を落ち着けようとしますが、なかなか上手くいきません。期待してしまう自分の浅ましさが――つくづく嫌になってしまいます。


 お嬢様は杖を魔法石に戻されますと、それを再び魔法で収納しました。

 

「リッカ――左手を出してくれるかしら」

「は、はい」


 私はお嬢様に、左手を差し出します。


「この石には私の想いと――魔力が込められている。ある意味、これは私そのものよ」


 お嬢様は加工した石を右手で掴み、左手で私の手を取ります。


「これは契約よ、リッカ。これはあなたが私のものだという証」


 そう言って、お嬢様は私の薬指に――美しい銀色の指輪をはめました。


 私はしばらく、その指輪から目が離せなくなってしまいました。


「リッカ」


 名前を呼んだあと、お嬢様は両手で私の頬をやさしく包みます。そして――ご自分の額と私の額を重ねます。


「リッカ……目を閉じて」


 言われた通り、私は目を閉じました。


 その瞬間、なにかが繋がった――そんな、感覚。


『リッカ、聞こえるかしら? 聞こえたら、私の魔力とリッカの魔力を繋ぎ合わせ、頭の中で言葉を組み合わせて』


 声が頭の中で響きました。今まで感じられなかったお嬢様の魔力をはっきりと感じられます。しかし、すぐに遠ざかる気配がしたため、私は慌てて魔力を練り込み、お嬢様の魔力と繋ぎ合わせました。


『繋がったわ。私たち、繋がったのよ? リッカ、その感覚が分かるかしら?』

『分かります。分かりますよ、お嬢様。聞こえますか? 私の声がちゃんと届いていますか?』

『聞こえるわ、リッカ。ちゃんと私の心へと届いている。これで、私たちは――いつでも繋がることができるわ。いつも一緒であり、いつまでも一緒よ、リッカ』

『はい、お嬢様。私たちはいつでも一緒です』


 私の中で――お嬢様と繋がります。


 これが、念話なのだと――私は理解いたしました。

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