第29話 クラリスさんは本当にお優しい方なのです!

 家の中へと入ります。


 一階は台所や食堂に物置、お風呂やトイレなどがあります。

 二階は寝室と客間が何部屋かありました。


「ですが、本当に二人一部屋でいいのですか? 余っている部屋はまだまだありますが」


 え?

 

「一部屋で十分よ。クラリスたちも二人なのに使用している部屋はひとつだけでしょ?」

「うふふ、確かにそうですね。本当、お二人は仲がよろしいのですね。部屋の扉に防音の術式が刻まれていますから、魔力を流すだけで簡単に発動できます。激しくされても大丈夫ですよ、リッカさん」


 え!?


「そうよ、リッカ。心配しなくても大丈夫。我慢する必要なんてないわ」


 何をですか!?


「それでは、部屋で寛いでいてください。私は食事の準備をしますので」

「あ、手伝うことありますか?」

「駄目ですよ、リッカさん」

「え?」

「リッカさんは、セリーネが招いたお客様なのですから。そんなあなたを持て成すのは私の役目であり、喜びなのです。ですから、私のことは気にせずゆっくりとお休みください」

「で、ですが――」

「リッカ」


 お嬢様から、咎められてしまいます。


「す、すみません。出過ぎた真似をいたしました」


 私は頭を下げます。私がクラリスさんの立場なら、困惑するかもしれません。招いたお客様からお手伝いをしたいと言われても、申し訳ない気持ちになるだけです。私が、そのお客様として相応しいのかは分かりませんが……。


「リッカさんのお気持ち、すごく嬉しかったですよ。ですが、今日は私におもてなしをさせてください。ものすごく、やる気になっていますから」

「は、はい。頑張ってください!」


 お気持ち、分かりますよ。お嬢様へおもてなしができるということは――何よりもの幸福なのですから!


 頑張ってください、クラリス様。


 私は陰ながら、応援しておりますよ!


「ですが、次のときはぜひともリッカさんに手伝って欲しいです。だって、誰かと料理することはとても楽しいことですから」

「わ、分かりますよ、クラリスさん! 私もよく、料理のお手伝いをするんですが、誰かと料理を作るのは本当に楽しいですよね!」

「うふふ、本当にそうだと思います。私、リッカさんとはとても仲良くなれると、今すごく確信いたしました」

「わ、私もですよ! 私も、クラリスさんとすごく仲良くなれると思いました!」

「あらあらまあまあ。これで両思いとなってしまいましたね」


 クラリスさんは、上品に口元を手で隠されました。しかし、優しげに微笑まれた目元は隠せていませんよ!


「本当に、あらあらまあまあよ、リッカ」


 お嬢様がふらっと、こちらへ近付いてきます。

 

「ど、どういう意味ですか?」

「分からない?」

「あ、はい」

「あらあらまあまあよ、リッカ」


 もう一度同じ言葉を繰り返し、ずいっと顔を近づけてきます。


 な、なんだか怖いです、お嬢様!


「うふふ、本当に仲がよろしいんですね。とても羨ましい」

「そんなの、当然だわ。私とリッカ以上に、お互いを想い合っている人間など見たことがないもの。だけどね、あなたとセリーネ様もすごく仲が良いと思うわ。私たちほどではないだけで」


 お嬢様は鼻を鳴らされたあと、腕を組まれます。話しているうちに、口元が穏やかとなります。機嫌を直されたようで、ホッとしました。

 

「そうですね。私とセリーネもいずれはお二人のように仲睦まじくなりたいと思っています」

「いい心掛けだと思うわ。頑張りなさい」

「ええ、感謝いたします」


 そう言ったあと、クラリスさんは私を見ると、何故かウィンクをしてきます。そしてすぐにお嬢様のほうへと視線を戻されました。


 私は首を傾げてしまいます。


 一体、どういう意味だったのでしょうか?


 


 ***




 クラリスさんの作った料理は本当に美味しかったです!


「これだけの料理を作れる美しく優しい奥様がいて、セリーネ様は本当に幸せ者ですね!」


 私の言葉で、クラリスさんは嬉しそうにしていただけました。


 しかし、お嬢様からは無言で腕をつねられました。しかも捻りまで入れてくるので、かなり痛かったです。


 どうやら、今回も私は何かをやらかしてしまったようです!




 食事が終わり、お嬢様は席から立ち上がります。


「クラリス、セリーネ様から話は聞いていると思うけれど――今から工房の方へ行くわ」

「はい、存じております。私も同席した方がよろしいでしょうか?」

「いいえ、リッカと二人で行くつもりよ」

「え? 私も行っていいんですか?」


 お嬢様もお屋敷の中にご自分の工房を持っているのですが、危険だからという理由で私は入ったことがありません。


「それは――リッカを連れていくことに意味があるのだから」

「わ、分かりました。邪魔にならないよう気をつけますね!」


 私は拳を作り、自分に気合を入れます。


「リッカ、冗談でもそんなこと言わないで」


 そう言って、お嬢様は軽く抱きしめてきます。


「冗談――ですか?」

「だって、リッカが邪魔だなんて――そんなの、ありえないわ」

「お、お嬢様……」


 そんなことを言われてしまえば、心臓が高鳴ってしまいますよ!


 身体を離すと、お嬢様は私を見つめてきます。


 恥ずかしくて、つい――目線をそらしてしまいました。


「リッカ――今日の夜は、いつも以上に期待していいのかしら?」


 何故ですかね!?

 

 お嬢様はクラリスさんの方へ顔を向けました。


「――何事もないとは思うけれど、何かあったら念話を飛ばすから」


 念話……。

 同じ刻印を刻まれたものは、ある程度の距離があろうとも念話で意思の疎通ができるようになるとのことです。残念ながらまだ私には扱えません。

 

「分かりました。何かあれば転移いたします」

「頼むわ」

 

 そう言って、お嬢様は私の方へ視線を向けます。


「それでは、行くわよ。リッカ」

「はい、お嬢様!」

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