第28話 お師匠さまの家

 学院は明日からとなります。

 今日はお師匠様の家でご厄介になる予定なのです。私、すっごく楽しみです!

 その家は、セリーネ様の家でありながら、魔法使いの工房にもなっているようです。


 セリーネ様のお家は、細く長い路地裏を抜けた先に――ひっそりと建っていました。あまり日が当たらず、周りは石壁ばかりでツタが這い、割れた場所から雑草がいくつも生えています。あまり人が生活している気配はありません。


 レンガ造りの家は石壁に挟まれており、あまり大きくはないようです。


「リッカ、気づいているかしら?」

「……えっと、ここがもう、結界の中――ということですか?」

「そうよ。オルティス家の刻印がないものはこの中には入れないし、そもそもこの結界を認識することすらできない」

「認識できない――ですか?」

「外敵から工房を守るのに、一番適した結界とはどんなものだと、思うかしら?」

「え? それは――誰も通さず、どんな攻撃でも決して壊れることのない結界……ですかね?」

「そうね、まさにその通りだと思うわ。でもね、そんな結界は人には無理よ。あの大天才であるマリエル様が残した結界ですら、人は長年の研究で理解し、解読した」

「えーと……違う、と言うことですか?」

「そうよ」

「では――なんでしょうか?」

「認識させないこと」

「認識、ですか?」

「そう、結界を結界として認識させれば、周囲はそれを異常と捉える。だから、この先には何もない――という暗示を与えることができれば、ここへ至る道に意識が向かず、なんの問題ともならない」

「だから、認識させない――ということだったんですね」

「そうよ、リッカ」

「うー、すみません。最初から、答えはもうすでに言っていたのですね。――他の人は、あの細い路地裏の入口を入口として認識することはないんですね」

「それに気付けただけでも上出来よ、リッカ。マナの扱い方も前と比べれば随分と安定したし、わざわざ目にマナを集めなくても結界を知覚できるようになっている。上出来よ」


 お嬢様に褒められてしまいました。どうしましょう――嬉しすぎます!


「リッカ……そんな緩んだ顔はしないで」

「す、すみません」


 お、怒られてしまいました。反省であります!


 お嬢様はふいっと、私から顔を背けました。


「そんな顔されたら……キスしたくなるじゃない」


 さっき、あんなにしたのにですか!?


 家の扉がひとりでに開きました。


「ようこそおいでくださいました、アリーシャ様。もうすでに知っているかとは思いますが、セリーネは仕事でしばらく不在となっております」


 中から出てきたのは、お嬢様と同じ金髪碧眼の綺麗な人で、とても上品であり、優しそうな女性です。


「ええ、知っているわ。それよりもクラリス。久しぶりね」

「はい、心待ちにしておりました」


 クラリス様――それは、セリーネ様の奥様の名前です。それにしても、お師匠様が不在なのはとても寂しいことです。


 クラリス様が私の方に身体を向けました。


「そちらが、リッカ様ですね」

「は、初めまして、リッカです! 今日はご厄介になります!」


 私は、慌てて頭を下げます。

 

「いえ、こちらこそよろしくお願いいたします。リッカ様」


 顔を上げ、クラリス様の目を見ます。

 

「クラリス様、私に様をつける必要はないですから」

「アリーシャ様の婚約者様なのにですか?」

「そ、それはいったん忘れください」

「リッカ、私との婚約を忘れさせるの?」

「忘れたら駄目ですが、気にしないでください!」


 クラリス様は優しげに微笑まれます。


「では、私も様は必要ありません」


 私はお嬢様の方に視線を向け、頷かれるのを確認しました。

 

「分かりました、クラリスさん。これからよろしくお願いいたします」

「はい、リッカさん。こちらこそよろしくお願いいたしますね」


 私たちは頭を下げ合い、お互いに笑顔となります。


「リッカ、何を笑っているの!?」


 えっ?


「ふふふ、本当――セリーネの言っていた通りですね」


 どのように伝わっているのか、すごく気になります!

 

「それではお二方、中へどうぞ」


 そして私は、お嬢様の後に続き、どきどきしながら中へと入るのでありました!

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