第3章
第25話 初めての王都
王都までの道のりは遠く、数日も掛かるような、とんでもない長旅だそうです。馬車は中々に振動が大きく、座っているだけでも疲れてしまいそうです。お嬢様は大丈夫かと心配してしまいましたが、なんの問題もないとおっしゃりました。
流石は、お嬢様です!
「リッカこそ大丈夫?」
「私は大丈夫ですよ。体力と頑丈さだけが取り柄ですから!」
「退屈とかはしてない?」
「窓に映る景色はまったく見慣れていないので、ぜんぜん退屈じゃないですよ?」
「そう? それなら、いいのだけど」
「それに、お嬢様が側にいてくれるんです。問題なんてありませんよ」
お嬢様は急に口元を手で隠されました。
「リッカ……もしかして私を誘ってるの?」
「違いますからね!?」
時間が流れます。ゆったりとした時間。それは、とても幸せな時間だと思います。
私とお嬢様の手は繋がっており、特に会話はありませんが――同じ景色を一緒に眺めます。
何もなくていい。何もないのが、一番の幸福だと思っております。
***
時間は昼前。
王都の前で、馬車が止まります。
私は驚愕しながら、馬車から降りました。
高いです。
ものすごく高いです!
街を覆う壁がものすごく高く、ものすごく横に広がっております!
しかも、王都に入る門の前には見たこともないぐらいの人で埋め尽くされております!
「しまったわ」
お嬢様がため息を吐かれます!
「ど、どうしたんですか?」
「セリーネ様がいれば待たずに中へ入れたかと思うと――なんだか悔しくて」
「別にいいじゃないですか」
「この様子だと、2時間は間違いなく待たされるわ」
「お嬢様と一緒なら、それだけで私はぜんぜん平気ですよ?」
急に抱きしめられ、私の身体は固まってしまいます。
「リッカ……お願いだから、こんな人が大勢の場所で私を誘惑するようなことを言うのは止めて」
私、何か変なこと言ってしまいましたか!?
私たちは列に並びます。
周りの人達はたくさんの荷物を抱えていますが、私たちは手ぶらです。それは何故かと言うと、お嬢様が魔法で荷物を収納しているからなのです。流石は、お嬢様! 私では、正直その魔法は扱えそうにありません。
時間とともに、順番がやってきます。門での手続きが終わり、私たちは王都へと入ります。
「いくらリッカが隣にいようとも、人が密集した中をただ待たされるのは苦痛以外のなにものでもないわね」
お嬢様は不満そうに呟かれます。
私としては、ただ待つだけで叶う先程の状況は――とても恵まれていると思ってしまうのですが。
王都の中を歩きます。
私は物珍しさのため、辺りをキョロキョロと見回してしまいました。
お嬢様ははぐれないよう、私の手を繋いでくれています。
本当に、お嬢様はお優しい方であります!
お姉さんである私としては、子ども扱いされているようで――少し複雑なものを感じてしまいますが、お嬢様の優しさには感謝しかありません。
それにしても――石畳や石壁、建物や飾り付けなど、私の知っている街とはぜんぜん違います。語彙が少なく、上手く表現できないのですが、とにかく立派で華やかであります!
何より、人の数がぜんぜん違いますし、賑やかさがまったく違います。馬車がひっきりなしに通るのも、この都が広いからだそうです。
色んなお店があり、色んな屋体があり、美味しそうな匂いで充満しております。これはきっと、私を誘惑するつもりですね! しかし、私はクレイワース公爵家のメイドなのであります。そのような誘惑には負けませんよ!
気合を入れすぎたせいか――お腹が鳴ります。
「リッカ、お腹が空いたの?」
「い、いえ――そういうわけではないのですが……」
自分の顔が、熱くなっていくのが分かります。
「別に、恥ずかしがる必要なんてないわ。確かに、朝から何も食べていないのだから」
お嬢様は私を見て微笑みます。それは、子どもに向ける眼差しのような気がして――恥ずかしいのであります!
「リッカは何が食べたいの?」
周りにはたくさんの屋台があります。
「い、いえ、私は別に。お嬢様の方こそ、何か食べたいものはないのですか?」
「リッカ、私はあなたに聞いているのよ? 私のことは気にする必要なんかないわ」
「し、しかし――」
「リッカ?」
「す、すみません」
「で、何が食べたいの?」
これは――何か選ばないといけない雰囲気です。
私は何かを選ぶのがあまり得意ではありません。
私は屋体を見回します。
そして、ひとつの場所に――とある食べ物が目に留まります。
りんご飴。
飴で赤い果物をコーティングしたものを、手で持つための棒が刺さったもの。
「あれが、食べたいの?」
「え? えっと、はい……」
「じゃあ、買いに行きましょうか」
そう言って、お嬢様は私の手を引っ張ります。
私は、ふたつのりんご飴を頼みました。
そして、お金を払おうと財布をポケットからだそうとしたとき――
「あ――」
と、お嬢様は小さく声を上げました。
「ど、どうされましたか?」
「わ、私が払うわ」
そう言って、お嬢様は財布を取り出し、お金を払いました。そしてふたつのりんご飴を受け取ると、ひとつを私の手に渡してくれました。
「あ、ありがとうございます」
お嬢様の初めての行動に、私は驚いてしまいました。
「それよりも、向こうにベンチがあったと思うから、そこで食べましょうか」
「は、はい!」
ベンチに座ります。
「リッカ」
「はい、なんでしょうか? お嬢様」
「セリーネ様より、私のほうがかっこよくエスコートできたわよね?」
「はい、すごく格好良かったですよ、お嬢様」
「そ、そう? 別に、張り合うつもりなんてないのだけどね」
お嬢様は優雅に、髪をかきあげます。
「それでは、食べましょうか」
「はい、お嬢様」
私は自分の手にある――りんご飴を眺めます。
ニームベルクの街にはありませんでした。だから、この王都にあって、すごく驚いてしまったのです。
妹が――好きだった食べ物。
よく、ふたりで食べた味。
もう二度と食べられない――そんな気がしていました。
「じっと見てないで、食べていいのよ?」
「あ、はい」
私は飴を舐め、小さく齧りました。
それは思い出の味とは――少し、違いました。
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