第24話 私が愛した場所
「リッカ、君はもうアリーシャの婚約者なのだから、メイドを辞め、相応しい立場を与えたいと思うのだが、どうだろうか?」
私が落ち着いたタイミングで、旦那さまはそうおっしゃいました。
「す、すみません。お嬢様が当主となり――私を迎えてくれるまでは、今のままでいたいと思います。婚約者のリッカとしてよりも、メイドのリッカとして、これからも皆様に仕えたいと考えております。お嬢様にも、そうお願いしております」
「そうか――君がそう望むのなら、そのようにしよう」
「でもリッカ、これからは私たちのことをお母様、お父様と呼んでくれるのでしょう?」
奥様は笑顔でそうおっしゃいました。
「そ、それもまだ――待っていただけると」
「まぁ、そうなの?」
奥様が悲しそうな顔をなさりました!
「そうなんです、お母様。私も、名前で呼んでとお願いしたんですが、頑なに断られていますから」
お嬢様は不満そうに頬を膨らませます。
「お、お嬢様〜、その件はあのとき納得してくださったじゃないですかぁ」
私の言葉に、お嬢様は鼻を鳴らされます。
「あれは私が大人だからあの場は引いて上げただけ。本当は全然、納得なんてしていないんだから」
これはやばいです。お嬢様はぷんぷん状態であります!
急に――旦那さまが珍しく声を出して笑いだします。
「いいじゃないか、リッカらしくて。アリーシャが夢を叶えるまでのお楽しみだ」
顔を見合わせ、皆が笑い出しました。
今日は本当に素晴らしい日です。
このあと、お嬢様がベットの上でいつも以上に私をいじめなければ、本日は本当に最高の日でした!
***
数ヶ月が、あっという間に過ぎてしまいました。
そして、とうとう――本日はこの土地を離れる日です。
旦那さまと奥様はわざわざこの日に合わせて再び帰ってきてくださいました。
街の外に繋がる門の前に、旦那さまと奥様――そして、屋敷にいる全員が集まっています。
「リッカ……」
いつも冷静沈着で、あまり表情を変えないミオさんが今すぐにも泣き出してしまいそうです。いつも一緒にいて、いつも私を助けてくれた人。
「ミオさん、いっぱいお手紙書きますね」
そう言って、私は彼女の手を握ります。
「――そう、楽しみにしている。リッカ、無理はしたら駄目だから」
「わかってます。絶対に無理はしませんよ」
「本当?」
「本当ですよ。だって、向こうにはミオさんがいませんから」
私の言葉に、ミオさんは首を傾げます。
「私が無理をできたのは、いつも私の近くにミオさんがいてくれたからです。私をいつも見守ってくれるミオさんがいたから、私は安心して無理ができたんです」
「本当……おかしなことを言う」
そう言って、ミオさんは私を抱きしめてくれます。ミオさんは背が高いため、私の顔は彼女の大きな胸の中に収まります。
「ミオさん……ミオさんは、私のお姉さんです」
「あなたは……私の妹よ、リッカ」
「はい、そうですよ。私は、ミオさんの妹です」
それにしても、ミオさんの胸の中はとても気持ちがいいです。昔、私がよくひとり泣きしたとき、ミオさんはよくこうやって抱きしめてくれました。それを思い出しますと――なんだか、泣けてきます。
「名残惜しいけど、ここまで」
そう言って、ミオさんは私から体を離します。
「何故ですか?」
ミオさんは目元を手で拭ったあと、私に笑みを向けてくれます。
「――だって、リッカの後ろにいるお嬢様が、とんでもない顔してこちらを睨んでいるから」
その言葉に、私は背筋の凍る思いがしました!
私はおそるおそる、振り返ります。
予想以上に、激おこのようであります!
「リッカ」
ミオさんの呼びかけに、私は再び彼女の顔を眺めます。
「元気でね」
私はミオさんの優しさに、心が一杯となります。
「はい、ミオさんもお元気で!」
私は不機嫌なお嬢様の近くまで走ったあと、もう一度、ミオさんと――みんなに向かって、大きく手を振りました。みんなが私の想いに応えてくれます。
「まったく」
お嬢様は腰に手を置き、ため息を吐かれます。
「あとで覚えておきなさいよ、リッカ」
私、何もしてないですけど!?
最後に旦那さまと奥様に挨拶をして、馬車の中に入ります。中は煌びやかで、4人用らしいですが6人でも余裕そうです。向かい合わせの座席となっており、お嬢様は後ろの奥側に座ります。私は向かい側に座ろうとしましたが、手を引っ張られてお嬢様の隣に座ることとなりました。
馬車が動き出します。
私は後ろの窓をのぞき込みます。みんな、手を振ってくれています。私は手を振り返しました。
「リッカ、外からは中が見えない仕様になっているのよ」
「分かってます」
それでも、私は――みんなが見えなくなるまで手を振り続けます。ほどなくして、視界が歪みだしました。ずっと――我慢できていたのに、最後の最後で駄目だったみたいです。
「リッカ」
お嬢様が私の名前を呼びます。
こんな情けない顔は見られたくなくて――振り向けません。唇が震えており、口を開くことが来ません。
私の頭にお嬢様の頭が優しく当たります。
「私が絶対、その涙を無駄にはさせない。私はいつでもあなたの側にいて、リッカを守るわ」
街が離れていきます。
私の大好きな人たちの暮らす場所。
少しずつ――遠ざかっていきます。
それは、すごく寂しいことです。
でも――お嬢様はいつでも、私の側にいてくれるのですね。
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