第21話 私とお嬢様は街へ出かけることとなりました!

 タイル張りの壁に挟まれ、石畳の上を歩きます。そこを抜けると、広く――賑やかな場所に出ました。小さな噴水、たくさんのお店と、屋台があります。人が溢れ、とても楽しそうです。


 しかし、私たちの存在に気づきますと、喧騒が波のように静かになっていきます。


 点在していた人々は綺麗に別れ、私たちの前に道ができます。皆さんはなぜ、お嬢様を見て笑顔にならないのでしょうか? 私ならどれだけ我慢しても笑みが溢れてしまいます。


「もしかして、こうなるのが嫌だから街に出ないの?」

「だとしたら何です?」

「別に、可愛いところもあるのねって、言いたいだけ。普段はまったく気にしないくせにね。あ――ごめん、ちょっとここで待っていて」


 そう言って、セリーネ様は近くの屋体で何かを買われたあと、こちらに戻ってきました。


「それじゃーこれは君たちの分。まだ、食べたら駄目よ。私のお気に入りの場所で食べるんだから」


 お嬢様の手にふたつほど、謎の食べ物が渡されます。

 逆三角形の紙の中から黄色いふわふわの生地の中にフルーツと白いもこもこしたものが入っております。どんな味か分かりませんが、眺めているだけでよだれが垂れてしまいそうです!


「お嬢様、私がふたつとも持ちます」

「そう? リッカ、ありがとう」

「いえいえ」


 そう言って、私が受け取ろうとしたとき、セリーネ様がふたつとも片手で器用に持ち上げました。


「セリーネ様?」

「リッカちゃん、私に持たせてくれる?」

「え? でも――」

「私が持ちたいのよ。私レベルになると、みっつぐらい余裕だからね」

「な、なんだか、すみません」

「いいのよ、私がそうしたいだけだから」

「それなら――始めからセリーネ様が持っていればよかっただけではないですか」


 何故か不機嫌そうに、お嬢様は呟かれました。


 セリーネ様はお嬢様を見て、ため息を吐かれます。


「何ですか? そのため息は?」

「別に何でもないわよ。因みにだけどこれ、クレープっていうの。王都の方で今、流行ってるんだけど、まさかここで食べられるとわね」

「そうだったんですか、知らなかったです」

「数年前から、王都ではスイーツの進化がやばいのよ。異世界人がやってきたのかと騒がれる程度にはね」

「なるほど、それは楽しみですね!」

「その期待に応えられる自信があるわ」


 そう言って、セリーネ様は片方の目だけを閉じました。それがすごく様になっており、かっこいいなぁーと思ってしまいました。

 

「それじゃー、私の取って置きの場所で食べるわよ」

「はい!」




 この街で一番の高台へとやってきます。初めてきたので、感動してしまいました。ここから見渡す街の風景は最高です! 街は高い壁に囲われているため、平地にいては壁の外が見えません。しかし、この高台からなら目にすることができました。凄いです!


「ここからの眺め、美しいでしょ?」

「はい、最高です!」

「まぁ――リッカちゃんほど、美しくはないけどね」

「せ、セリーネ様。……そんな、冗談はやめください」

「冗談なんかじゃないわよ」

「うー」


 からかわれていると分かりながらも、照れてしまいます。な、情けないのであります!

 

「ふふふ、リッカちゃんは本当に――」

「死にたいんですか? セリーネ様」

「まだ、死にたくはないわね!?」

「では、余計なことは言わないでください」

「へいへい分かったわよー」


 セリーネ様は唇を突き出します。

 

「それよりもさー、クレープを食べてみてよ」


 そう言って、セリーネ様は私たちの手にそれぞれクレープを持たせてくれました。


 私はどきどきしながら、初のクレープを口にします。


「美味しいです! なんですかこの白いの、すごく甘くてすごく美味しいです!」


 私は口にしてから、恥ずかしくなってしまいました。だって、あまりにも内容がなさすぎます。


「喜んでくれてなによりだわ」

「はい、それだけは間違いありません!」


 セリーネ様はニッコリと笑みを浮かべられ、お嬢様の方に視線を向けます。私も釣られて顔を向けますと、びっくりしてしまいました。めちゃくちゃ睨まれています!


「アリーシャ、女性を喜ばせる――とは、こういうことを言うのよ。君にはできないだろうけど」

「そんなことはありません。私は毎晩、リッカを喜ばせています」


 喜んでいるつもりはないのですが!?


「それだけでは駄目よ、アリーシャ。体の喜びだけでは人の心を繋ぐことはできない。私から見て、君はリッカちゃんを求め、リッカちゃんを欲しがっているだけのただの子どもにしか見えない。リッカちゃんに甘えているだけの、とんだお子様ね」

「……お兄様と、同じようなことを言うんですね」

「それが真実だからじゃない?」

「そ、そんなことはないと思いますよ?」

「リッカちゃんも、アリーシャを甘やかさないの」


 ちょっときつめに言われてしまいました。……そんなつもりはなかったのですが。


「アリーシャ、大人になりなさい。君が目指す場所は自分の殻に閉じ籠もったまま――やっていけるほど甘い世界ではないわよ。これからは、二人でこの土地を離れ外に出るんでしょ?」


 お嬢様は唇を噛み、黙られてしまいます。


 私はあわあわとしながらも、お二人を見守ります。


「リッカちゃんはこの街を見てどう思う?」


 いきなり話を振られ、どぎまぎとしてしまいます。


「ど、どう――とは?」

「感じたままでいいわ」

「そう、ですね。賑やでたくさんの人がいる街だなぁーと思います。流石は、クレイワース公爵家が治める土地です」

「ここは、公爵家が治めるにはあまりにも辺境の土地よ」

「え?」


 私は驚きお嬢様の方に顔を向けたのですが、視線を逸らされてしまいました。

 

「おかしいとは思わない? 公爵家の当主ともあろう御方がほとんど自分の領地にはおらず、各地を渡り歩いている」

「そ、それは、ご自分の領地だけでなくこの国のために――」

「この土地、ニームベルクを治めているのは形の上では公爵家となっているけど、実際は違う。実質この土地を治めているのはアーダン家よ」


 わ、訳がわからなくなってきました。


「公爵家は昔、王都で数々の貴族たちをまとめ上げてきた名家。しかし、今ではこの辺境の地に追いやられ、形だけ存在している。家名だけが残り、刻印は取り下げられた。権威だけは残っても、人を動かすだけの権力はない。周りからは腫れ物あつかいよ」

「で、でも、旦那さまはこの国のために働いています」

「そうね、彼は立派だと思うわよ。だけど、それだけね」


 く、悔しいと思ってしまいました。それでも、私の言葉はなんの意味もありません。


「幻滅したかしら?」

「何がですか?」

「君が仕えてきた家はハリボテでしかなかったことを」


 セリーネ様の言葉を聞いて、私は悲しくなりました。なぜ、そのようにおっしゃるのでしょうか?

 

「そんなことありません。だって私は、クレイワース家の方々が立派だということを知っています。それはきっと、私だけではありません。関わった皆がそう思うはずです。そう思わない人たちは、深く関わったことがない人たちです。そうであるのなら、これから知ってもらえばいいだけですから」

「なるほどね。君は――そのままでいいのかも知れない」


 そう言って、セリーネ様は笑います。


「アリーシャ、リッカちゃんの世界を守りなさい」

「言われなくても、私はずっと前からそのつもりです」

「そう――それなら、君はもっと強くならないといけない。私よりもね」

「当然です」


 セリーネ様は声を上げて笑います。


「本当に生意気な弟子だよ、君は」

 

 私たちはしばらく、言葉もなく街を眺めました。

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