第19話 お嬢様を守るのは私の役目ですよ?

 体調も完全に戻り、いつも通り仕事を開始します。やはり、仕事ができるということは素晴らしいことなのです!


 それにしても、セリーネ様のお世話は誰がされたのでしょうか? できれば私がご奉仕したかったのですが、仕方がありません。


 お嬢様の部屋の扉を叩いて中に入ります。挨拶をするのですが、珍しく反応がありません。疲れており、熟睡しているのでしょうか?


 窓のカーテンを開け、お日様の光を部屋に充満させたあと、少しだけ外の空気を入れます。


 そして、私は再びお嬢様にお声をかけたのですが反応がありません。私は少しばかり不安になりました。お嬢様は物凄く寝起きがいいため本来ならすぐに起きてこられるのですが……。


 私はベットの前に立ち、ことわりを入れてから天蓋のカーテンを開けます。


「お嬢様、朝ですよー」


 反応がありません。


 お嬢様は広いベットの真ん中で横になっているため、ここからでは手が届きません。しかも背を向けているため、顔がまったく見えないのです。


「お嬢様?」


 やはり、反応がありません。


 流石に、本気で心配になってきました。


「お嬢様、ベッドに入りますよ?」


 少し様子を見てから靴を脱ぎ、膝で歩きながらお嬢様の元へと向かいます。肩をゆすろうと手を伸ばしたところ、お嬢様はこちらへ振り向かれました。そして、宙でさまよっていた私の手首を掴みます。私は情けなくも驚いてしまい、小さな悲鳴を上げてしまいました。ほ、本当に恥ずかしい失態です!


 お嬢様は無言で、私の体全体へと視線を動かします。


「リッカ、もう大丈夫そうね」


 そう言って、お嬢様は天使のように微笑まれます。


「はい、お嬢様。昨日は大変、ご迷惑をおかけしました。でも、私は今すごく元気ですから、いつも以上にお仕事を頑張りますね!」

「ええ、すごくいい心掛けよ」


 ほ、褒められてしまいました!


 気分が高揚とします。


 何もできなかった昨日の分を巻き返そうと、私のやる気に火が入ってしまいました。


「それでは、セリーネ様のお世話も私がしますね!」


 私の提案を聞き、もっと褒めていただけるかと思ったのですが、お嬢様は急激に不機嫌な顔となってしまいました!


 あわわわわ。


 私は片手で口を押さえ、震えてしまいます。


 な、なにがいけなかったのでしょうか!?


「今の状況で、別の女の話題を出すなんてありえないわ、リッカ」

「そ、そうでしょうか?」

「そうよ、しかも他の女のお世話もしたい――とか、浮気以外のなにものでもないわ」

「そ、そんなつもりはありませんよ?」

「だから――お仕置きが必要ね」

「え?」


 手を引っ張られます。


 ――そして、気がついたら私は仰向けに倒れており、お嬢様は私を見下ろしています。


「お、お嬢様、朝から何を?」

「分からない?」


 そう言って、お嬢様は私の頬に触れます。


「わ、分かりません」

「そう――」


 お嬢様は私の耳元に顔を近づけられます。


「それじゃー、今から分からせてあげる」


 はい、分からされました!




 ***




 庭園を抜けた先にある広場で、セリーネ様のありがたい授業が再び始まります。


「感覚派は自分の身体に魔力を流しマナと繋がるのが基本であり、理論派は外へ魔力を飛ばしマナを利用するのが一般的となっているわ。感覚派は近距離主体であり、理論派は遠距離が得意な傾向となっているわね」

「なるほど」


 私は重々しく頷いたあと、手を上げます。


「すみません、お師匠さま。よく分かりません!」


 セリーネ様は、ふむ、と言った感じで下顎に手を置いて考え込まれます。何だかそのお姿は絵になっており、格好いいです!


「リッカ、あなたから不穏な気配を感じたのだけど……私の勘違いかしら?」

「勘違いです!」


 私は必死に否定します。だって、お嬢様から恐ろしい気配がしましたから!


「そうね――漠然とした言い方になるけど、感覚派は自分の肉体がある意味、術式になっていると言えるわね。自分自身を強化して身体能力を底上げしたり、自分の治癒力を高めたりするのが一般的、といった感じかしら」

「理論派の人はできないんですか?」

「できないわけではないけど、あまりしないわね」

「何故ですか?」

「感覚派でいえば、魔力10に対して出力10の強化を自分の肉体にできたとしても、私たちは魔力10に対して出力1の強化しかできない」

「つまり?」

「無駄が多いと言うことよ」

「なるほど」


 分かったようで、分かりません。


「まぁ、難しく考えず――まずは自分の体内でマナと魔力を自由自在にコントロールできることを目指しなさい」

「分かりました!」

「そうよ、リッカは難しく考える必要なんてないわ。感覚派の連中は皆、脳筋ばかりなんだから」

「なんだかよく分かりませんが、格好いい響きですね!」

「そ、それより、リッカちゃんは魔物にあったことはあるかしら?」

「魔物……ですか?」

「そう――普段の生活で遭遇することはない。だけど、外にでるとなれば出会う可能性も出てくる。いくら自分に自信があろうとも、出会ったなら逃げることだけを考えなさい。勝てるかも知れないとか、そんな無駄な思考は捨てて、さっさと逃げだしなさい。例え、誰かが襲われていたとしてもね」

「でも、それは――」

「私があなたに魔法を教える理由は、誰かと戦い、誰かを救うための力を与えたいからではなく、自分自身を守る術を身につけさせたいからよ」


 それは私のためです。


 すごく嬉しいです。


 すごく嬉しいのですが――恐れ多くも、納得できない気持ちがあります。


 もしも、助けられる可能性があるのなら、私は――助けたいと思います。

 

 それは、傲慢でしょうか?


「魔物退治は、アリーシャに任せればいいのよ。それなりに経験させてるし、引き際も理解しているわ」

「そ、それは、いけません。お嬢様をお守りするのはメイドの役目ですよ!」


 そう言った瞬間、お嬢様に小突かれてしまいました。割と、強めに。

 

「い、痛いですよぉ、お嬢様」


 私は痛む場所を手で押さえます。


「それはあなたが馬鹿なことを言うからよ、リッカ。魔物と戦ったら、その程度の痛みではすまないわよ」

「でも、それはお嬢様も一緒ですよね?」

「あなたと私では実力が違う。それに、役目が違うわ。護るのはリッカではなく、この私よ」

「でも――」

「納得できないと言うのなら、今すぐ私の部屋へ行き――ベットの上で分からせるまでよ」

「な、納得しました!」

「……そこで納得されるのは、なんだか腹が立つわね」


 お嬢様はため息を吐かれたあと、私の目線に合わせます。


「いい、リッカ。これは、お願いよ。私にあなたを護らせて欲しい」

「私を――ですか?」

「そうよ、あなたを護らせて欲しい。そしてリッカは、何よりも自分の安全を優先してほしい。あなたが傷つくことは、私を傷つけることと同義よ」

「私が傷つくことは――お嬢様を傷つけることになるのですか?」

「そうよ。だから、あなたを護らせて欲しい。そして、リッカは自分自身を守ってちょうだい」

「私自身を守る――」

「そうよ。あなた自身を守ってほしい。リッカ、私のお願いを聞いてくれるかしら? 私のために」

「は、はい」


 私は頷きます。こんなの――頷かないわけにはまいりません。


 お嬢様は笑みを浮かべ、私を抱きしめます。


 そして、私の耳元で囁かれます。


「愛しているわ――リッカ」


 私はつい、身震いしてしまいました。

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