第18話 私の魔法が初めてこの世に産声をあげた日

 ――意識が、徐々に戻り始めます。


「リッカちゃんは、魔法省より――教会の連中が欲しがりそうな人材ね。例え、肩代わりとは言え、人を治療できる魔法なんて聞いたことがない。せいぜい、相手の治癒力を高めるのが限界だと言われている。脳筋でしかないあいつらなら、リッカちゃんを聖女にでも祭りあげるかもしれないわね」

「……恐ろしいことを言わないでください」

「まぁ、確かに」


 ……天井を眺め、ここが自分の部屋だと気づきます。


 声のする方へ首を向けると、少し離れた場所でお嬢様とセリーネ様が向かい合って話されています。お二人ともすぐに私の視線に気づき、こちらへ顔を向けます。


「リッカ!」


 お嬢様はすぐに駆けつけると、ベットの端に座り私を不安そうに見つめます。


「大丈夫なの? 辛いところはない?」

「はい、大丈夫です。ご心配をおかけしました」

「そう――本当に、良かった」


 優しげに呟かれますと、お嬢様は私の頭を撫で始めます。嬉しいのですが、少しだけ恥ずかしいです。だって、私の方がお姉さんなのですから。


「アリーシャは本当に心配性ねぇ、私が大丈夫だと言ったら大丈夫なんだから」


 セリーネ様は腰に手を置かれ、ため息を吐かれます。


「セリーネ様がどう言われようとも、リッカが実際に目覚め、実際に声を出すまでは安心なんてできませんから」

「まぁ、それは別にいいけど――リッカちゃん、自分が何をやらかしたか理解している?」


 何だか、凄く怒られている気がして、落ち込んでしまいます。


「リッカちゃんはアリーシャのダメージを肩代わりしようとした。彼女を想定して与えたものを君が代わりに受け止められるわけがない。今回はこの程度ですんだからいいものの、一歩間違えれば大怪我するところだったのよ。それ、分かってる?」

「す、すみません。必死だったもので」

「君は魔法を行使した。おそらくその魔法は、この世に初めて産声を上げた。私たち理論派が時間をかけて編み出す術式を無視して、答えを出した。流石は感覚派だと褒めて上げたいけど――リッカちゃんの魔法は、異常よ。その魔法は、単なる自己犠牲に過ぎない。そんな異常なものを誰もイメージしない。それを理解しなさい。私が推測した限り、君の魔法は――自分の死すら天秤にかけていた。だから、今回助かったのはただの偶然だと言うことを肝に銘じなさい。いいわね、リッカちゃん?」

「は、はい。分かりました」


 うー、怒られてしまいました。私は本当に、駄目なメイドです。


「リッカ」


 お嬢様の声に怒りが滲んでおり、私はおそるおそる視線を向けます。先程まで優しげな顔をされていたのに、いつの間にか超激おこであります!


「あなたが無事だと分かったら怒りがふつふつと湧いてきたわ」


 そ、そんな!


「リッカ、私からも言うわ。あの魔法は禁止よ。あの魔法で――例え私の命が助かろうとも、それでリッカが傷つくようなことでもあれば、私は私を殺すことになる」


 そう言って、お嬢様は私の目を見つめます。


「もう一度、言うわよ、リッカ――あの魔法は二度と使わないで。いい?」

「……分かりました」


 私の言葉に、お嬢様は満足そうに頷かれます。


「今回だけ、許してあげる」


 何とお優しい。流石は、お嬢様です!


「……だけど、罰は必要ね」


 え?


「今日はゆっくりと休みなさい。――そして、体調が戻ったら覚悟しておくといいわ」


 そう言って、お嬢様は私の唇を人差し指でなぞります。


「楽しみにしているわね、リッカ」


 お嬢様は笑みを浮かべられます。――なのに、私は笑えそうにありません!




 ***



 

 昨日は、あれから何もせずに一日ベットで寝ているだけでした。しかも、食事すら自分で食べることを許されません。


 お嬢様はベットの端に座り、お盆を膝の上に乗せ――恐れ多くも私に食事を与えてくださいました。お嬢様自らの手で。


「はい、リッカ」


 そう言って、スプーンを向けられるたびになんとも言えない気持ちとなりました。だって、私はお嬢様のメイドですよ?


 私が口を開けないと、お嬢様はむくれてしまいます。そして、私が口を開けるととても喜ばれます。


「美味しい? リッカ」


 私が美味しいと言うだけで、お嬢様は私に笑みを浮かべてくださいます。その笑顔は幼い頃から何も変わっていません。天使のような――そんな、微笑み。私を救ってくださったその笑顔が、私はとっても大好きです。


 後から知ったのですが、私の大好物しかなかった理由は、お嬢様がわざわざ料理長にお願いをしてくださったからなのでした!

 ミオさんからその話を聞いたとき――私は嬉しさのあまり、お嬢様の部屋へ行き、我慢できずに抱きしめてしまいました!

 そんなの、思い出すだけでも恥ずかしい失敗談です。そんなはしたない私を、お嬢様は教育という言葉を使い、ベットの上で躾けてきました。

 とても恥ずかしい思いをしましたが、私が悪いのですからきっと仕方がないですよね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る