第15話 セリーネ様のありがたい授業であります!
木々と花々の壁となった庭園を抜けると、広い平地が目につきます。お嬢様はよくここで魔法の練習を行います。
野原をしばらく歩いたあと、先頭にいるセリーネ様が足を止められました。続いてお嬢様も歩みを止めたため、私も後に続きます。
「いつまで、こちらに滞在するつもりなんですか?」
お嬢様の言葉に、セリーネ様は振り向かれます。
「1週間ほどかしらね」
「……何故、リッカのためにわざわざ動いたんです? 決して、暇なわけではないかと思いますが」
「君にはまだ、分からないかも知れないけど――魔法使いってのはね、身内を大事にするものなのよ」
「あなたにとって――リッカは、身内だと?」
「そうね、だって君にとっては、何よりも大切な人でしょ? アリーシャにとって大事な人なら、私にとってもそうなのだから」
「なるほど、そういうことですか。それなら安心しました」
「今のは、照れるところだと思うんだけど?」
「照れる要素がありません」
「本当、可愛げがないわねぇ」
「弟子に可愛げを求められても困りますが」
「師匠としては、少しぐらいは求めたくもなるんだけど――まぁ、いいわ。さっそく、始めましょうか」
そう言って、セリーネ様は私の方に体を向けられます。私は緊張で、唾をごくりと呑み込みました。
「リッカちゃんは魔法について、どこまで把握しているのかしら?」
「す、すみません。全く分かっておりません。不思議な力、と言う認識しかありません」
説明しながら、何となく恥ずかしくなってきまして――つい、俯いてしまいます。
「別に恥ずかしがる必要などないわ。リッカちゃんは理論派ではなく感覚派なのだから」
「感覚派?」
「まぁ、言葉通りではあるんだけど――魔法使いには、大きく分けると2種類存在する。ひとつは、理論派。魔法の仕組みを頭の中で組立、それを発現する人。感覚派は、魔法を体感的に理解し、現象を引き起こす人よ」
「はぁ……なるほど」
分かったようで、分かりません!
「魔法協会に、感覚派は凄く少ないのよ。殆どの魔法使いは理論派ね。私や、アリーシャもそう」
お嬢様と同じが良かったのですが……。
「因みに、私の妻であるクラリスも感覚派よ」
「妻?」
「そうよ、この世界で一番の美人なんだから! しかも――」
「師匠、その話は長くなるので――また今度でお願いします」
お嬢様の言葉で、セリーネ様は明らかに不満そうな顔をされましたが、我慢していただけるようです。
流石です、セリーネ様!
「それにしても、十賢者ともなれば女性でも妻を持つことが許されるんですね」
「そうね、十賢者となることで家名をもらえる。そのため、当主と同じ権威を与えられるわ。ただし、一世一代だけの特殊な家名だけどね。だけどまぁ、私としては妻を娶ることができるだけで十分。アリーシャはどう? 十賢者を目指す気はないの?」
「嫌ですよ。危険ですし――何より、家を空けることがあまりにも多すぎます。それでは、リッカとの時間が減ってしまいますから」
「ずっと家にいるのも、息苦しいと思うんだけど」
「セリーネ様としてはそうなんでしょうね。何せ、外に出られれば、浮気し放題ですから」
「それはただの噂よ!」
「昔、クレイワース家のメイドに手を出したのをお忘れで?」
「あ、あれは――若気の至りって奴だから」
「今はしていないと?」
「そ、そうね。していないわ」
「そう――ですか。……まぁ、リッカに手を出さないのであれば、私としては特に構いませんが」
「と、とにかく、話を戻すわよ」
セリーネ様は咳払いをしたあと、キリッとした顔を私に向けます。
「魔法は想造を現実とする力よ。体内にある魔力と空気中に漂うマナと繋がり、小さな世界を創り出す。そして、自分の頭でイメージした現象をこの世に発現させる。そのためには確固たる理論が必要となる。なぜなら、それは正しいと自分を疑わないことが、魔法を使う第一歩となるのだから」
「疑わないことが――第一歩……ですか?」
「術式を唱えるのも、ある意味では自己暗示よ。自分すらごまかせないものに、世界は何も答えてくれない。そのため、魔法使いは術式を編み出し空想を現実としてきた。そうでもしなければ、私たちは世界を理解できず、認識できない。だけどそれはあくまで理論派だけの話。私たちは物を通して世界を感じ、マナと繋がる。だけど君たち、感覚派は違う。体で世界を感じ、自分の肉体を通して世界と繋がる。理論による道筋など必要なく、感覚的に答えを理解し、魔法を発現させる。しかし、欠点としては応用が効かないことね。だって、なぜそのような答えになるのかが分からないのだから」
「は、はぁ。私はその――感覚派、なんですか?」
「そうよ」
「なぜ、分かるのですか?」
「だって、君の周りにはマナが集まっている」
「そうなんですか? よく分かりませんが」
「その無意識を、感覚で捉えたとき、リッカちゃんの前に世界の扉が開かれる」
「扉――ですか?」
「そう――それは、世界と繋がるための扉よ」
セリーネ様はご自分の手を私に向けます。
「アリーシャ、今からリッカちゃんに魔術刻印を刻む。そのため、少しだけ体に触れるわよ」
その言葉を聞き、お嬢様は苦い顔をしました。
「はい? 躊躇する場面じゃないと思うんだけど」
「分かっています――分かってはいるんですが……」
「だからって、君じゃできないでしょ」
「え? お嬢様ではできないのですか?」
「リッカ、それは語弊があるわ。できないわけじゃない――今はまだできない、と言うだけの話よ」
? どう言う意味でしょうか?
「刻印は家名とともに当主へと与えられるもの。そのため今はまだ、アリーシャには無理と言う話よ」
「な、なるほど」
私は頷きました。それを見て、お嬢様は満足げに頷かれます。
「因みに、刻印とはなんですか?」
「人が世界と繋がるために必要な証だと思えばいい。それがなければ、いくら体内に魔力があろうとも、魔法をつかうことなどできないわ。その刻印によって、派閥が作られる。これから、君はアリーシャと同じく、私の派閥に入ることとなるわ」
お嬢様と一緒、それは凄く嬉しい話です!
「アリーシャ、納得してくれたと思えばいいのかしら?」
お嬢様は再び、渋い顔になりますが、ゆっくりと頷かれます。
「仕方がありません。嫌ですが、納得します。その代わり、後でリッカは徹底的に洗浄します」
「私は、ばい菌かい」
セリーネ様はため息を吐かれたあと、私に視線を向けます。
「リッカちゃん、少し痛いかもしれないけど――我慢してね」
そう言って、セリーネ様の指が私の額に――触れました。
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